<   2010年 05月 ( 37 )   > この月の画像一覧

1882.07.30(Sun)

本文なし
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by bashkirtseff | 2010-05-08 07:45 | 1882(23歳)

1882.07.29(Sat)

 考えてみると、この絵を全然戸外で描くことは不可能であるらしい。効果は白昼の光ではない。そうしてたそがれはわずかに1時間きり続かない。だからそれを写すことは出来そうもない。例えば、普通の絵を描くときのように、またバスティアン・ルパージュが描くように。また外光派のすべての画家が描くように。ああ、私は今自分には切り抜けられそうもない大困難に逢着(ほうちゃく)している。しかし、心配しないで下さい。私は何とかしてアルゼリに行って描くつもりです。もしいよいよ何かまた始められるようになったら、どうにかして私は最初の下絵だけでも持って帰りたいと思う。
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by bashkirtseff | 2010-05-08 07:44 | 1882(23歳)

1882.07.28(Fri)

本文なし
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by bashkirtseff | 2010-05-07 08:02 | 1882(23歳)

1882.07.27(Thu)

本文なし
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by bashkirtseff | 2010-05-07 08:01 | 1882(23歳)

1882.07.25(Tue)

 気持ちの良い晩で、皆が落ち着いている。静かな楽しい対話が、荘重な音楽の中に和らいでいるように思われる。絵のことについては誰も一言も私に話しかけない。食事前にジュリアンがアトリエに来てもう一度下絵を見てくれた。それから木炭とパステルで描いた人物を見てくれた。
 それは私の気に入った絵である。去年の絵は私には見る気にならない。何らの興味もないから。
 おお! 何とかして私はうまく仕上げたい。ジュリアンのことが私の頭の中に入ってくる。私は彼がこの美しい光景の中にそんなに深く入ってこようとは思わなかった。(それは私の間違いであった。)実際そうである。人は静寂と荒涼において何か恐ろしいことをしでかす。……それはすべてのものの終局である。女は悲痛の表現以上のものである。女は完全な恐ろしい1つの無限の戯曲である。それは魂の麻酔であって、そこには何物も残されていない。……そうして女の経歴を考えてみると、身の毛もよだつほどの人間的な、興味の多い威力のあるあるものがある。
 私は果たして成功しないだろうか、成功は全く私自らを基礎としているのに? 私は自分の手で何物かを作り上げねばならぬ。けれども片意地なたわむことのない私の熱烈な意力だけでは足りない。私の感じることを他人と共に分けたいという強い希望があれば、それで十分でないだろうか? それは疑う余地もないことである。それは私の頭を満たし、心を満たし、魂を満たし、目を満たすところのもので、私は単なる物質上の困難にさえ打ち勝てないであろうか? ……私はどんなことでも出来うるような気持ちがする。ただ、気にかかることは、病気にならねば良いがということである。……私はそれを避けるように毎日神に祈ろうと思う。
 私の手は私の頭の命じることを表現する力がないのであろうか? 確かに、ない!
 ああ、神様! 私はひざまずいてその幸福をお否みにならぬようにあなたにお願い申し上げます。ある限りの謙譲において、私はあなたの前に、ちりほこりの中に身を投げ出してそのことをお願い申し上げます。──私に力を貸して下さいというのではなく、ただ多くの妨げなしに仕事を続けさせて下さいということを。
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by bashkirtseff | 2010-05-07 08:01 | 1882(23歳)

1882.07.12(Wed)

 私は今例の絵に着手する準備をしている。これは大変に骨が折れそうである。まず私の想像しているような景色を見つけ出さねばならぬ。それから岩の間に彫られた墓を探さねばならぬ。私はパリの近くでそれを描きたい。例えば、カプリなどで。カプリは全く東洋的である。そうしてあまり遠くない。岩はどんな岩でも良い。けれども本当の墓が必要である。アルゼリに行ったら、何かあるだろう。ゼリュザレムならばもちろん。岩の間に彫り広げられたユダヤ人の墓を見つけたい。それからモデルは! おお! そこへ行ったならば、本当の服装をした立派なモデルが見つかるであろう。ジュリアンはそんなことは空想だと言った。彼は言った。「大家がその場所へ行って描くというならば私には良く分かります。なぜと言うに、彼らは自分に足りないただ1つの物を求めに行くのですから。──地方色と本当の真実を。けれどもあなたには足りない物がまだたくさんあるでしょう!」なるほど! しかし、それが取りも直さず、私の求めに行かねばならぬものであるように私には思われる! 何となれば、私の望みうる唯一の成功は、自然に忠実であることよりほかにはないであろうから。もしそうだとすれば、ほかに何物も持っていない私が、どうして地方色を捨てる訳にいこうか! もしこの絵をサン・ゼルマンで、バチノオユのユダヤ人を使って、出来合いの服装をさせて描いたとしたならば、果たしてどんな力が現れるだろう? ……しかるにその地へ行ったならば、本物の着古された着物や、注文してはとても出来ないような効果が見いだされるであろう。けれども旅行に暇がつぶれる。行きに2週間、落ち着くのに2週間、ざっと1カ月かかる。9月15日に出発すると22日に着く。そうして10月10日には仕事にかかれるであろう。私は3カ月を費やすつもりである。……写生するのに1週間、準備に1週間。そうして10月24日には絵の具を塗り始めて、11月1日には、主な首が出来るであろう。体は11月10日までかかって、11日からその次の人物を始めて、それがまた10日かかるであろう。11月27、28、29、30日は輪郭を描くのに使い、さらに10日を背景に費やして、それで12月10日になる。ただし、これは私に出来そうに思われる時日の約2倍を計上したのである。
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by bashkirtseff | 2010-05-07 07:54 | 1882(23歳)

1882.06.30(Fri)

 私は落ち着けないで歩き回っている。何にも出来ない。何だかこだわりがある。この間、そのことをジュリアンと話した。ジュリアンは、とにかく私は1年半も何にも描かなかったと言った。もっとも1カ月だけ気まぐれに仕事をしたことはあったけれども、その後はまた何にもしなかった。
 継続もなければ、規則正しさもなければ、精力もなければ、全くそうである。私には固執するということがない。私は毎週1枚ずつ習作を描いて自分の仕事を進めていくはずであった。しかるに、そんなことはしないで、いろいろなことを50種類も追っ掛けて、何か気に入ったことがあると、そのたびに思うように出来ないと言っては失望した。私はアトリエへ帰ろうと努めた。しかし帰ることが出来なかった。私は自分1人で仕事をしていくことが出来るだろうか? 今ではどこへ行ったらよいのか、何をしたらよいのかも分からないで、当惑している。私は簡単な習作1つ作る力もない。私は日ごろあまりに多くを計画していたに相違ない。だから、それをやり通すことが出来なくて、絶望に陥ったのである。もう私は神経を使い果たしたような状態になっている。……要するに私はもう絵は描けないであろう。これまでも、決して、決して、決して良い絵は描けなかった。6年間私は絵を描いてきた。……その中の半分は空費してしまった。けれども結局同じことである。……結局私は息が切れてしまった。またやり直すのには勇気と意志がなければならぬ。それは自然に帰って来るであろう。私は後戻ろうと思っている。……いや、大波でも来なければ私は再び浮かみ上がることは出来ない。……その大波というのは辛抱強い努力の連続にほかならぬものではなかろうかと思っている。……けれどもまたそれが出来なくはなかろうかという恐ろしい心証が起こってくる。
 それでは彫刻へでも入っていこうか!
「またそうして絵に帰ってくるのでしょう。しかもなおと力弱くなって。……」
 そのときはどうしよう? そうしたら死んだ方がよい。
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by bashkirtseff | 2010-05-02 21:29 | 1882(23歳)