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日付なし

 パリの騒がしさ、町のような大きなこのオテルの、いつも人が歩いたり、話したり、読んだり、たばこを吹かしたり、眺めたりしている混雑が、私を困惑させる。私はパリが好きで、胸がどきどきする。私は早く世間に出たい。早く、早く出たい。……(「これほど世間に出たがる人を見たことがない」とD…が私を見て言った。)本当にそうだ。私は自分がこれほど熱烈に世の中に出たがる心持ちは短命の前兆ではあるまいかというような気がする。誰にわかるものか! でもまた憂うつになってきた。……いや、私は憂うつなどは相手にしないつもりだ……
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by bashkirtseff | 2004-11-28 19:16 | 1874(15歳)

1874.08.24(Tue)──パリ

 私は社交界に入りたい。私は声を立て、両ひざをついてそれを求める。──なぜと言うに、それが私の生活であり、それが私の幸福であるから。私はこれから世の中に出るつもりである。これから偉くなりたい夢を実現するのである。私は今でも多くの人たちに知られている。私は鏡をのぞいて、自分でも美しいと思う。私は美しい。これ以上何の望むものがあるだろうか? これさえあれば、どんなことでも私に出来ないことがあろうか? 私の神様、あなたは私にこの少しばかりの美しさ(私は謙遜から少しばかりと言う)を与えてくださったので、あなたはすでに私に十分なことをしてくださいました。おお、私の神様! 私は自分でも美しいと思っております。私はどんなことを企てても成功するだろうと思います。何もかも私の方へ微笑している。私は幸福で、幸福で、幸福である!
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by bashkirtseff | 2004-11-28 19:13 | 1874(15歳)

1874.08.18(Sat)

 皆が私を褒めながら一日を過ごした。母様も私を褒めてくださった。公爵夫人S…も私を褒めてくださった。彼女は私が母様に似ていて、いかにも母様の娘らしいと言って、いつも私を褒める。それは彼女が私に与えうる最大の賛辞である。人は誰でも自分のことより他人を良くは思わない。
 実際私はきれいである。ベニスのパラッツォ・ドゥカーレ(底本:「パラツォ・ヂュカル」)の大広間には、パオロ・ヴェロネーゼ(文芸復興期の画家、1528-1588/(底本:「ポオル・ベロネエズ」)の描いた天井絵があって、ヴィーナス(底本:「ヴェニュス」)を背の高い、ブロンドの新鮮な女に描いている。私がその絵に似ている。私の写真はどれも私には似ていない。写真には色がない。私の皮膚の比較なき新鮮と白さが、私の主要な魅力である。けれども私の機嫌を悪くさせてみなさい。あるいは何事かで私を疲れさせてみなさい。そうしたならば、私の美は去ってしまう! なぜと言うに、私ほどか弱い人間はほかにないから。私はただ幸福で平静なときだけ美しい。疲れて悩まされると、私は美しくない。それどころか、かえって醜くなる。私は日当たりの花のように幸福に開いている。私は多くの人に見られるであろう。まだたくさんの月日があるから。神様に感謝します! 私は20歳になったときのことが思いやられるような女に、今やっとなりかけている。
 私は広野のハガル(アブラムの妻の侍女、アブラムの妻に子どもがいなかったから、神が彼女によってイシュマエルを生ませた。彼女ははらんでいるとき広野で神の使いに出会った。──創世記16章/(底本:「アガル」)のように一つの精霊を待ち望んでいた。
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by bashkirtseff | 2004-11-28 19:07 | 1874(15歳)

1874.08.17(Fri)

 昨夜私はフロンド(ルイ14世の幼時、時の首相マザランに反抗して起こった政治的党派、1648-53)の夢を見た。私はちょうどドートリッシュ(底本:「オオトリシュ」)のアンヌ(イスパニアのフィリペ3世(底本:「フィリポ」)の長女、1601-66、15歳の時フランスのルイ13世の王妃となり、1643年に王が死んで彼女は政治を見るようになり、マザランを引き上げて首相とした)に仕えたばかりのところであった。彼女は私の忠節を疑った。私は彼女を Vive la Reine ! (女王万歳)と叫んでいるその反抗者たちの真ん中に導いた。反抗者たちは私の後から Vive la Reine ! と叫んだ。
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by bashkirtseff | 2004-11-28 18:27 | 1874(15歳)

1874.08.02(Mon)

 仕立屋や服屋を相手にしたり、買い物や、散歩や、ふざけたりすることに終日を過ごした後で、私は化粧着を着て私の善良な友達プリュタルク(#プルタルコス(46頃-127頃)著「プルターク英雄伝」? 古代ローマ・ギリシャ人の伝記)を読み始めた。
 私は巨人的な空想を抱いている。私は幾世紀も昔の優美を夢見て、それを少しも疑わない。私は女の中で一番ロマネスクな女である。何という不健全だろう!
 私は公爵に対する憧憬(しょうけい)を容易に許すことが出来る。あの人はあらゆる点から見て私に相当しているから。
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by bashkirtseff | 2004-11-28 17:45 | 1874(15歳)

1874.07.29(Thu)

 今日私たちは立つはずであった。私は出発につきもののあらゆる面倒な目を見た。私たちはいらいらしたり、駆け回ったり、物忘れしたり、思い出したり、怒鳴ったりした。私は落ち着かないでいる。今皆は土曜日まで居残っていようと話している。叔父(オンクル)エチエンヌがそれを延期したいと言っている。彼は何事に対しても気力がない。何という性格だろう! 彼は4月の始めにロシアを立つはずであった。それにやっと7月になって立ったのである。私が皆に失望している色を見せて、行きたくないと言い出すと、皆は私に譲歩した。私は気まぐれ者である。
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by bashkirtseff | 2004-11-28 16:33 | 1874(15歳)

1874.07.17(Sat)

 ロシアにはくだらない人間がたくさんいて共和制を欲しているということである。たまらないことである。何もかも小切って当分に割り当てるというのである。その忌むべき宗派は非常な大人数であるから新聞紙は死に物狂いで社会に訴えている。家々の父親たちはこの伝染を防止しようとはしないのであろうか? 彼らはすべてのものを滅ぼそうとしている。文明の終末、芸術の終末、美しい偉大なものの終末である。ただ物質的な手だてのみが残る。皆が同じように労働せねばならぬ。いくら偉大な功績を持っていても誰も隣人に超越する権利を持つことはできないのである。彼らは大学とすべての高等教育を廃止して、ロシアをラセデモオヌ(スパルタ)のカリカチュア(#風刺的な表現一般/(底本:「カリカチュル」)にしようとするのである。私は神と皇帝が彼らの計画を打ち破り得ることを望む。私はこういう野獣からロシアを保護するように神にお祈りをしよう。──D…は私の言うことに感動して私にこれほど生活に熱情のあるのを見て驚いている。私たちは、家具の話をしているが、彼は私の部屋の説明にすっかり驚いて、「まるで殿堂ですね。『千一夜』の話のようですね!」と彼は叫んだ。「でも入るのにひざまずいて入らねばならないでしょう。いや全く目覚ましい、奇抜な、驚くべき部屋ですね。」彼は私の性格を読もうと思ってマーガレット(菊の一種/(底本:「マルグリイト」)の花で占いをしてみたことがあるかと私に尋ねた。──「ええ、しょっちゅうよ、晩さんにごちそうがあるかどうかと思って。」──「でも、そんな詩的なおとぎ話みたいな部屋を持っていながら、料理番のごちそうのことをマーガレットで占ってみるなんて! いや、どうも信じられませんね!」──彼は、私が心臓を二つ持っていると言ったのを面白がった。私は、彼が私の性質の中のたくさんな矛盾について驚いて叫び声を出したのを喜んだ。私は天まで高く駆けて、それから何らの変動もなしに地上に落ちてきた。そんな風に順々に。すなわち、私は生きながら、楽しみながら、愛の可能をば疑わないような人間として、自分を表した。彼は驚いて、私のことが心配だと言った。あまりに変わっていて、不自然で、恐ろしいと! ……
 私はその人のために生きたく思うような人がない時は、むしろ孤独を望む。
 私の髪はプシュケ(神話の中でクピドに愛された少女/(底本:「プシケ」)風に編んだので常よりも褐色に見える。それに特に白い毛織りのローブがいかにも似合わしく優美に、首の周りにはさやのフィッシュ(襟飾り/(底本:「フィシュ」)をかけた。私は第一帝政時代(ナポレオン一世の時代)の肖像画でも見るような風に見える。この図面を完成するためには、手に書物を持って木の下に座らねばならぬ。白い、きゃしゃな、そうして内側の赤い自分の手に見とれながら、一人で鏡の前に座っているのが好きである。
 こんな風に自分で自分のことばかり書き立てるのは、ばかばかしくも見えるであろう。けれども物を書く人はいつも女主人公を書く。私は私自身の女主人公である。はき違えた謙遜で私が自分のことを低くおとしめたりするのはかえってこっけいに見えるだろう。話をするとき、人が自分を低めるのは、持ち上げられることがわかっているからである。けれども書くときには本当のことを言っていると思われるから、謙遜したならば、私はきれいでも利口でもないように思われるかもしれない。それは途方もないことである!
 幸か不幸か私は自分のことを並ぶ者もないほどに立派な宝物だと考えている。この立派な宝物に対して尊敬の目を向ける人は、私からほとんどれんびんにも値しないと見られる。私は自分を一つの神性と信じている。それでG…ごとき男がどうして私を喜ばそうなどと考え得るか分からない。私には国王でも私と同等だとは思えない。そうしてそれを当然だと信じている。なぜと言うに、私は男たちをば、彼らが見て喜ぶような高さから見下ろしている。というのは、自分より非常に下にいるものを軽蔑することはよくないと思われるから。私はウサギが野ネズミを見るごとくに彼らを見ている。
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by bashkirtseff | 2004-11-25 23:04 | 1874(15歳)

1874.07.16(Fri)

 愛の移住のために今私の持っているすべてのものは飼い犬の一匹なるヴィクトルの上に集められている。朝飯のときに彼は私の向こうに座って、その美しい大きな頭をテーブルの上に乗せている。私たちは犬を愛しましょう、犬のみを愛しましょう! 人間と猫は卑しむべき動物である。けれども、犬とてもさもしい動物である。あなたが食べていると、物欲しそうに見ています。食べ物をもらい出すかと思ってあなたの後を付け回します。しかし私は決して自分では犬に食べ物をやらないけれども、それでも犬たちは私を愛しています。ブラアテのごときはヴィクトルに嫉妬を起こして私のところを去って母様のところへ行ってしまった! ……それに人間はどうだろう? 人間は食べ物が欲しいとは言わないか? 人間は食い意地が強くて欲張りではないか?
 私は自分の運命を避けようと思う。私はロシアへ帰るまいと思う。なぜと言うに、私は何物に代えてもミケランジェロ(文芸復興時代のイタリアの大芸術家、1474-1564/(底本:「ミケランゼロ」)の百年祭(四度目の百年祭)には欠席したくない。ロシアは来年でもまだあるだろう。けれどもこの次の百年祭を見るためには私はもう百年長生きをしなければならぬ。それは望まれないことである。その上、私がロシアへ帰らないというのも、それは神のおぼしめしである。すべての出来事は出来た通りが最上だ、とロシアのことわざにある。誰も自分の運命を逃れることは出来ぬ、ということわざもある。
 私はまた月に向かって呼びかけた。「月よ、おお、美しい月よ、私に、私の結婚すべき人を夢で見せてください。」
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by bashkirtseff | 2004-11-25 22:22 | 1874(15歳)

1874.07.15

 昨夜私はサポゲエニコフの家を出てから月に向かって言った。「月よ、おお、美しい月よ。私に、私の結婚する人を見せて下さい。」
 もし月に向かってそう言って、それっきり眠るまで一言も口を利かなかったならば、夢に出てくる人と結婚することとなると言うことわざがある。
 それはばかばかしいことである。私はSとAに夢で出会った。どちらも不可能である!
 私は今日が気持ちが悪い。何をしてみても思うように行かない。私は自分の高慢と愚かな尊大のために罰せられるであろう。善い人々よ、これを読んで学びなさい! この日記は今日まで書かれた、書かれてある、あるいはこれから書かれるだろうすべての書物のうちで一番有益で一番教訓的なものである。これはある一人の女と、彼女の思想、彼女の希望、欺まん、野卑、美、憂うつ、喜悦のすべてである。私はまだ完成された女ではない。けれどもそうなるだろう。ここで私に着いて来れば幼少から死までの跡がたどれます。なぜと言うに、人一人の生活、全き生活は、少しも偽り隠すことがなければ、常に偉大にして興味あるものでありますから。
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by bashkirtseff | 2004-11-17 22:07 | 1874(15歳)

1874.07.14

 私たちは今ラテン語の話や、学校の話や、試験の話などをしていたところである。そういう話をしていたので、私は燃えるように勉強したくなった。ブリュネが来ると、私は待ちきれないで試験のことを尋ねた。彼の話を聞くと、私は1年も勉強したらば、理科の得業試験を受けることが出来そうに思われた。このことはまだ十分に相談するつもりである。
 私は今年の2月からラテン語を勉強している。そうして今は7月である。ブリュネの話によると、私は普通の人が学校で3年かかることを5月で仕上げたそうである。それは不思議なことである! 私は去年の月日を失ったことに対して自分を許すことが出来ない。それは私を非常に悲しませる。私はいつまでも忘れることが出来ないだろう! ……
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by bashkirtseff | 2004-11-17 22:01 | 1874(15歳)