1873.07.29(Thu)

 私たちはヴィエンヌに行くところである。私たちの出発は、大体から言って、愉快であった。私は例のごとく、仲間(パルチ)の中心であった。
 ミランから先は景色が面白い。どこまでも緑で、平らで、壁のようにそばだった限界を遮る山の心配もなく、凝視が空間に延びるように思われる。
 オーストリア(底本:「オオストリア」)の国境で、私が忙しく着物を着ていると、ドアが開いて、医者がいやな病気(コレラ病)の予防として、私たちに粉を振りかけた。私は11時までまた眠った。私は目を開けなかった。何という緑色だろう、何という森だろう、何という小ぎれいな家だろう、何という優しいアルマンド(ドイツ種)婦人だろう、何という耕された畑だろう! 美しく、優しく、立派なものばかりであった。私は人に言われるほど自然に冷淡な者ではない。その反対である。もちろん私は乾いた岩とか、灰黄色になった森とか、死んだ景色とかには感心しない。けれども私は木の茂った山や、ビロードのじゅうたんを敷き詰めたようなよく耕された畑で働く男や女や茅屋(ぼうおく/#かやぶきの家)の点綴(てんてい)された景色などは好きである。
 実際私は窓から外を眺めて飽かず景色に見とれていた。汽車は非常に速く、何もかも飛び去って、まことに美しい。私はこういう景色を心からしょうさんする。8時に私は座った、疲れたから。ある停車場で小さいアルマンドの娘たちが、“Frisch Wasser! Frisch Wasser!”(水、水)と呼んでいた。ヂナは頭痛がしている。
 よく私はいつも隠れながら私に向いているもの、すなわち真実と言うものを知りたく思うことがしばしばある。私の考えること、私の感じることは、皆私の外にある。世の中には何物もないように思われる。例えば、私が公爵を見るとき、私は自分があの人を嫌いなのか、好きなのか分からない。私は自分の心の中に入ってみたく思う。けれどもそれは出来ない。私がむずかしい問題を解こうと思うと、自分で出来たような気持ちになるまでは、それを考えている。けれども、私が自分の考えをまとめようとするとそれは皆消えてしまって、驚くべき遠方まで飛び去って、もうそれで何物をも作り出すことは出来ない。私の言うすべてのことは、私の内部の自己には触れない。私はただ外的に生きているのみである。来るにしても、行くにしても、あるいは持つにしても、持たないにしても、要するに私に取っては同一である。私の心配とか、楽しみとか、苦しみとかいうものは、存在してはいないのである。ただ私の母を描くとか、H…を描くとかいうことのみが愛をもって私の心を満たす。けれども後者について言えば、全然ではないが、私があの人を空想して考えているだけだという風にはどうしても思われない。私にはまるでわからない。
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by bashkirtseff | 2004-10-31 20:51 | 1873(14歳)
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