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1876.11.07(Tue)

 私は姿見を壊した! 死か、あるいは大きな不幸が来るだろう。この迷信が私を凍らせる。窓から外を見ると、目に入る限りのものはさらに私を凍らせる。万物が灰真珠色の空の下に白くなっている。私は久しくこんな光景を見なかった。
 ポオルは新来の人に新奇なものを見せたいという自然の若々しい熱心から、一台の小さいそりに馬を付けて、誇らしげに私を連れ出した。このそりはそりと言えるほどのものでもなく、4、5本の木をくぎ付けにして組み合わせて、中に枯れ草を敷いて、その上をじゅうたんで覆ってあった。馬が余り近すぎたので私たちの顔に雪をけ上げ、それが袖の中へ入ったり、靴の間に入ったり、目の中へ入ったりした。氷の粉が私の頭の上の3列になったレースを覆って、ひだの間に流れ込んでそこで凍った。
 ──あなたは僕に外国へ一緒に行かないかと言いましたね? 青い人が突然そう言った。
 ──ええ。でも気まぐれで言ったのじゃなくってよ。一緒に行って下さると本当にうれしいわ。でも行かれないでしょう! あなたはまだ私のために何にもして下さらないわ、一体誰のためなら、何かしてあげようと言うんでしょう?
 ──ええ! あなたは僕が行かれない訳は良く知っていらっしゃるはずです。
 ──否。
 ──いいえ、知っていらっしゃるはずです。だって、もし僕があなたと一緒に出掛けたら、僕は絶えずあなたを見てばかりいなけりゃならないでしょう。それが僕には苦痛なのです!
 ──なぜ?
 ──だって……僕はあなたを愛してるのですもの。
 ──あなたが行って下さると本当に都合がいいんだけど!
 ──僕が役に立つと言うんでしょう!
 ──ええ。
 ──否、僕はよしましょう。……僕はあなたを遠くから見ていましょう。ただあなたに知って頂きたいのは、彼は低い、胸の張り裂けるような調子で言い続けた、ただあなたに知って頂きたいのは、僕が時々どんなに苦しんでいるかと言うことです。……誰でも僕みたいにいつも平気を装っているのにはよほどの道徳的な勇気を持たねばなりません。今に僕はあなたに会えなくなったら、……
 ──私のことはお忘れになるでしょう。
 ──決して。
 ──それじゃ、どうなの?
 私の声にはもはや嘲弄の調子は全くなくなっていた。私は感動させられていた。
 ──僕には分からない。彼が答えた。僕に分かっていることは、こんな状態はとても耐えられないということだけです。
 ──おかわいそうに! ……
 私はすぐ自分を抑えた。このれんびんの調子は迫害的なものであったから。
 自分が原因となっている人の苦しみの告白を聞くのは何故にそれほど面白いのであろうか? 人が自分を愛してそれがために苦しめば苦しむほど、自分は幸福なものであるから。
 ──私たちと一緒にいらっしゃい。私は言った。父はポオルは連れて行きはしないことよ。いらっしゃいな。
 ──僕は……
 ──いらっしゃらないと言うのでしょう。──良く分かってるわ、もうたくさん。もうお頼みしません。
 私は審問者のような、あるいは人のつまらない告白を聞きたがる人のような態度を取った。
 ──それで私はあなたの最初の愛人にして頂けたというものね? ありがたいこと! ──でもあなたはうそつきね。
 ──僕の声が変わらないから、僕が涙をこぼさないからですか! 僕には鉄の意志があります。だからです。
 ──私にはあなたにあげたかったものがあるのよ。
 ──何です?
 ──これ。
 そう言って私は白いリボンで首にかけていた処女〔マリア〕の小さい像を見せた。
 ──それを僕に下さい。
 ──あなたにはこれを持つ資格がありませんわ。
 ──ええ! ムシア、彼はため息をついて叫んだ。僕は誓って言います。それを持つ資格があります。僕はあなたに対して犬が主人に対するような感情を持っています。限りなき敬虔(けいけん)な心を持っています。
 ──こっちへいらっしゃい。あなたに私の祝福をあげるわ。
 ──あなたの祝福を?
 ──私の本当の祝福を。私があなたにこんなことを言わせるのは、恋をしている人たちの心が知りたいからなのです。私もそのうちに恋をするようなことになるかも知れませんから、それでその兆候を知っておきたいと思うのです。
 ──その像を下さい。若い青い人は、それから目を離さないで、そう言った。彼は私の立ちながら寄っ掛かっていたいすにかけて、片手でその像を受け取ろうとした。けれども私は彼を制止した。
 ──否、否、首を。
 そう言って私は彼の首の周りに、まだ私の首の暖まりの残っているリボンをかけてやった。
 ──おお! 彼は叫んだ。ありがとう、ありがとう!
 そう言って彼は初めて自分から進んで私の手に接吻した。
by bashkirtseff | 2006-03-26 21:59 | 1876(17歳)
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