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1884.01.02(Wed)

 私の父の妹なる私の叔母エレエヌが8日前に死んだ。ポオルが私たちにその知らせを電報でよこした。
 次の電報が今日また届く。私の伯父アレクサンドルが卒中で死んだ。胸が裂けるようだ。この気の毒な人は家族を熱愛していた。彼の妻をば最後まで狂気のごとく愛していた。バルザックをもまたおそらくその他の小説家をも読まなかった彼は、気の利いた文句は知らなかった。しかし私だけは彼の言ったことを心に留めておいた。それだけその死は私にとって苦痛である。ある人たちが彼に向かって、彼の妻はある隣人の敬意を受け入れていたと信じさせようとしたことがあった。その時、彼がこう言うのを私は聞いて覚えている。──なるほど! その不名誉なことが真実だとして! 私の妻は15の時に私が結婚したので、私の肉であり、私の血であり、私の魂ではないでしょうか? 私たちは1つのものでないでしょうか! もし私が罪を犯したのだったら、私は自分を許さないでしょうか? どうして私は妻を許さないわけにいきましょう。しかし、たって私が自分を罰するためには、言ってみれば、私は自分の目の玉をえぐり抜くとか、片腕を切り落とすとかしなければならないでしょう!
 それから彼は、私が最近にロシアに行っていた頃は、いつもこう言っていた。「お前には分からないよ、私のかわいいマリ。また私もどう説明して良いか分からないのだ。でもお前は利口だから私の言うことが分かってくれるだろう。……以前には、私は心配も多かったし、苦しみも多かった。例えば、私はどうしても妻に必要だと考えていたわけではないけれども、お金をもうけて金持ちになりたいと思っていた。でも今では、何もかも決まりがついて、以前のように無味乾燥な、無分別な了見はもう起こさないよ。今では幸福と妻の望みのことを考えているばかりだ。私の愛しているかわいそうなナヂイヌの望みをかなえてやりたいばかりだよ。そうだ。今では何もかも変わってしまった。話せば長いけれども、何もかも変わってしまった。……」
 彼は3人の子どもを残した。エチエンヌが17歳、ジュリが15歳で、アレクサンドルが8カ月か10カ月になる。
 そうして彼の可哀想な妻は33歳!
by bashkirtseff | 2010-12-05 12:15 | 1884(25歳)
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