日付なし

 マダム・サヴェリエフは昨夜死んだ。私と母様とは彼女の家に行った。大勢の婦人たちが来ていた。その光景を私はなんと言ったらよかろう? 右を見ても悲しみ、天井を仰いでも悲しみ、床を伏しても悲しみ、ろうそくの一つ一つの炎の中にも悲しみ、空気そのものの中にも悲しみ。彼女の娘のマダム・パトンは発作が起こっていた。誰も彼も皆泣いていた。私は彼女の両手に接吻(せっぷん)して、私のそばに来て腰掛けてもらった。彼女に対して何か慰めの言葉を言いたいと思ったけれども、出来なかった。そうしてどんな慰めがあるだろう! ただ時のみだ! そうして私の思い付いたような慰めはことごとく愚かな、平凡なものばかりに思われた。私は一番気の毒な人は老人だと思う。老人は一人っきりになったのだ! 一人っきりに!! 一人っきりに!!! ああ! 私の神様、どうなるのでございましょう? 私はすべてのものが結末に到着すると思う。これは私の議論である。けれども、もし私たちのうちの誰かが死んだとしても、それは私にはあまり重大なことではないであろう。
 今日私は絵の先生のムッシュ・ビンサと議論をした。私はまじめに勉強したいから、初めからやり直して下さい、今しているようなことは時間をつぶすだけで、何にもならないから、この次の月曜からやり直して下さい、と言った。私がまじめに勉強しなかったとしても、それは先生のとがではなかった。先生は私がこれまで絵のけいこをして、目とか、口とか、そういったようなものを描く習慣が出来ていると考えていたのであった。ところで今先生に見せた絵が、実は私の生涯で最初の、自分の手で描いたものであった。
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# by bashkirtseff | 2004-10-14 22:41 | 1873(14歳)

日付なし

 ああ! 人間は考えてみると、実にあわれである! 動物ならば、いつでも好きな通りの顔がしていられる。泣きたいときに笑う必要はない。仲間のもとに会いたくないときには、会わないでもすむ。けれども人間はあらゆるものと、あらゆる人の奴隷である! そうして私は、私自身に対しても同じことが言える。私は人に会いに行くのが好きである。人から会いに来てもらうのも好きである。
 これは私が自分の心に背いてすることの最初であるが、私な泣きたいと思いながら幾たび笑わねばならなかったであろう。けれども私がこの生活を、この世間的な生活を選んだのは全く私自らの心からである! ああ! でも私は大きくなったらば、こういう種類のことには、わずらわされなくなるだろう。あの人(公爵H…)が私と一緒にいてくれれば、私はいつでも快活にしていられるだろう。
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# by bashkirtseff | 2004-10-13 23:09 | 1873(14歳)

日付なし

 マダム・サヴェリエフは死にそうである。私たちはこれから見舞いに行く。彼女はもう2日間意識を失ってものを言うことが出来なくなっている。年取ったマダム・パトンがそばについていた。始め私は寝台に寝ている病人を探したけれども、何にも目につかなかった。やがてその頭が見えた。けれども彼女は丈夫な婦人であったのが、やせ衰えた人になっていた。口は広く開いたままで、目はかすんでおり、息は苦しそうであった。みんな声を殺して話した。彼女は相づちをしなかった。医者たちはもう何にも感じないと言う。しかし私には、彼女は自分の周囲で話されていることはいちいち聞こえて理解しているけれども、叫ぶこともものを言うことも出来ないのだろうと思われる。母様がさわると、彼女はうめき声のようなものを発した。年取ったサヴァリエフ(婦人の夫)ははしご段で私たちと出会った。彼は泣き出して、母様の手を握って、すすり上げながら言った。「あなたもご病気なのだから、お気をつけなさらないといけませんよ。本当にご用心なさいよ!」そのとき私は黙って彼を抱擁した。彼の娘がその次に入ってきた。彼女は寝台の上に体を投げかけて母の名を呼んだ! 彼女はもう5日間こういう状態だということであった。一日一日と母親に死なれていく人を見るのは耐えられなかった! 私は老人(サヴァリエフ)と一緒に次の部屋に行った。この2、3日の間になんという年とったことだろう! 誰にも多少の慰めはある。彼の娘にはその子供たちがある。けれどもこの人だけは一人きりである。この人は30年間妻と暮らしてきた。そうしてそれは一通りなことではない! 彼は妻と豊かに暮らしたか、それとも豊かではなかったか? いずれにもせよ、習慣は多くを値するものである。私は何度も病人の所へ行ってみた。女中頭はいつもそのそばにつききっている。召し使いがその主人にこれほどの愛情を持っているのを見るのはうれしいことである。老人はほとんど子供のようになっている。
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# by bashkirtseff | 2004-10-13 23:04 | 1873(14歳)

日付なし

 私は1時間半前から日課を始めようと思ってマドモアゼル・コリニョンを待っている。これは毎日同じことである。母様は私を非難するけれども、私がいらいらして、心の中ではどんなに怒っているかをご存じないのである。マドモアゼル・C…(コリニョン)は日課を遅らしては、いつも私に時間を空費させる。
 私は13である。こんなに時間を空費していては、これから先どうなるだろう?
 私の血は煮え立つ。色が青ざめて、血が一時に頭の方へ行く。ほほが燃え、心臓がどきどきして、もうちょっともじっとしていられなくなる。涙が心の上に重みをかけるから、それを抑えようとすれば尚と苦しくなる。これがために私の健康は損なわれ、私の気質は傷つけられ、私は性急で過酷になっていく。平和に生活をしている人たちは、それを顔で示している。それに私は刻一刻といら立たしくなっていく! 彼女が私から私の日課を盗むのは私から私の生命を盗み取るのである。
 16か17にもなったらば、もっとほかのことで気を取られるかもしれない。けれども今は勉強の時である。私は幸いにも尼寺に閉じ込められた小娘ではないから、世間に出たからと言って、気ちがいみたいになって華美の真ん中へ飛び込んで、何でも道楽者の言うようなことを信じて、数カ月後になって失望したり落胆したりするようなことはない。
 私は勉強が済むとすぐ踊りのこととか着物のこととかばかりを考えているように思われたくはない。私は日課がすむと、一生懸命に絵と音楽と歌うことをけいこする。私はこれらのものに皆才能があって、しかも非常によく出来る! ──これを書くだけでも慰めになる! 私はもうだいぶ気が静まってきた。こんなに苦しんでいると健康を損なうばかりでなく、気質や顔までも悪くしてしまう。怒ったときはほほが火のように燃え立つが、静まったときはもう新鮮でもなければ赤くもなくなる。私はいつも顔色をそういうふうに変えさせられているので、だんだんと青ざめてきた。そうしてこれはマドモアゼル・C…の罪である。私は顔がほてった後では少し頭痛がした。母様は私をしかって、英語が話せないのは私が悪いからだと言う。それがまた私には腹立たしい!
 あの人(公爵H…)がいつかこの日記を読むときがあったらば、愚かしいと思うであろう。ことに私の愛の公言を愚かしいと思うであろう。私はそれをあまりたびたび繰り返したので、それはほとんど効力を失ってしまったほどである。
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# by bashkirtseff | 2004-10-07 23:17 | 1873(14歳)

1873.05.06

 母様は起きている。マドモアゼル・コリニョンも。この人は病気だったのである。雨のあとだけに美しい日であった。樹木は日に照らされてきれいに見えたので、どうしても勉強を続けることが出来なかった。私は庭へ出て噴水のそばにいすを置いた。噴水の周りには高い樹木が並んで、天と地を限って、よい展望であった。見る限りのものは、一つの小川と、こけで覆われた岩と、いろんな種類の樹木のみで、樹木の茂みは日光に輝いていた。それから柔らかい緑色の芝地、実際私はその上を転がり回りたくなった。これらのものが集まって新鮮な柔らかい緑色の美しい一種の緑陰をなしていたが、私はそれを想像させるように試みようとしても、できない。もし別荘(ヴィラ)や庭園がいつまでも変わらないならば、よく私があの人のことばかり考えていた場所へあの人を連れて来たいと思っている。昨日の夕方、私は神様にお祈りをして、どうか公爵と知り合いにならせて下さいとお願いしていると、涙が流れ出た。これまで三度神様は私の言うことに耳を貸して下さって、私のお祈りを聞き入れて下さった。初めの時は私は一組のクロケ(#マント?)をお願いした。すると叔母がジュネーブ(底本:「ジュネエヴ」)じゃら持ってきて下さった。その次の時は英語を覚えるように助力をお願いした。私はお祈りをしてひどく泣いた。私は想像力を刺激されて、なんだか部屋の隅に処女(マリア)の姿が見えて、私の望みをかなえて下さると約束したように思われた。私は今でもその時の顔を見ることが出来る。
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# by bashkirtseff | 2004-10-07 23:16 | 1873(14歳)

日付なし

 皆は食堂にいて静かに話をしている。私は勉強していることとのみ思いながら、皆は今私の頭の中をどんなものが通り過ぎているか、私がどんなことを考えているかを知らないのである。私は公爵夫人(デュセス)ド・H…にならねばならぬ。これは私の何よりの願いである。(私がどのくらい彼を愛しているかは神様が知っていらっしゃる。)でなければ、私は舞台の上で有名にならねばならぬ。けれども、このほうは前のほうほど私の興味をひかない。もちろん舞台に立って下は最下級の人間から上は主権者に至るまで全世界の尊敬を受けることは望ましいことである。けれども、いま一つのほうは! ……そうだ、私は自分の愛する人を自分のものにしたい。それがいま一つのほうの幸福である。そうして私はそのほうを選びたい。
 貴婦人(グランダーム)、公爵夫人、私は世界の有名な人たちの仲間入りをするよりは、むしろそうなって社交界に立ちたい。何となれば、有名な人になったりすると、私は別の世界に住まねばならぬだろうから。
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# by bashkirtseff | 2004-10-07 23:16 | 1873(14歳)

日付なし

 プロムナードで、馬車の中に、背の高いやせた色の浅黒い若い男が乗っているのを見た。私は誰か見覚えのある人のように思った。驚きの叫び声が私から出た。おぅ! カロH(アッシュ)…! 皆が聞いた、どうしたの? それで私はマドモアゼル・コリニョンに足の指を踏まれたのだと答えた。
 その人(公爵の弟)は兄には少しも似ていなかったが、それでも私はその人を見てうれしかった。おお! あの人とでもよいから近づきになりたい。そうしたら、あの人を通して私は公爵を知るようになれるかもしれない! 私はあの人を姉弟かなんぞのように愛する。あの人は公爵の弟だから。食事の時ワリツキがいきなり、「H…」と言った。私は顔を赤めて、混乱して、食器棚の方へ行った。母様がそんなことをするものではありません、うんぬん、と言った。彼女は何か感づいているのだろう。なぜと言うに、誰かがH…の名前を言い出すたびにいつも私は顔を赤くして部屋を出て行くから。けれども彼女はそのことで私をしかりはしない。
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# by bashkirtseff | 2004-10-07 23:15 | 1873(14歳)

日付なし

 今日は神聖週(復活祭の前の週、3月中旬)の第1日である。私たちは宵を教会で過ごした。そうして私は祈とうを済ませた。
 白状すると私たちの宗教には私のきらいなことがたくさんある。けれどもそれを改革するのは私の仕事ではない。私は神を信じ、キリスト(底本:「クリスト」)を信じ、神聖な処女(マリア)を信じている。私は毎晩神にお祈りをする。私は真実の宗教、真実の信仰に関係のない詰まらぬことで煩わされたくない。
 私は神を信じている。神は私に親切で、私の必要以上のものを私に与えて下さる。おお! 神がもし私の熱心に欲しがっているものを与えて下さったらどんなにうれしいだろう! 善き神は私を哀れんで下さるだろう。私は自分のお願いしているものがなくても、すまされないことはないけれども、もし公爵が私のことを気にかけて下さったらば、どんなに幸福だろう。そうしたら私は神を祝福しよう。
 私はあの人の名前を書いてみなければならぬ。あの人の名前を誰にも言ってはならぬとか、書いたりしてはならぬとかならば、私は生きてはいられない。私はたまらなくなった! それを書くだけでも苦しみが薄らぐであろう。
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# by bashkirtseff | 2004-10-07 23:15 | 1873(14歳)

1873.12.30(Fri)

 今日私は大洪水(ノアの大洪水)前の着物を着た。小さいはかまに、黒いビロード(底本:「びろうど」)の上着、その上からジナのチュニック(底本:「チュニク」)と袖無しのジャケットを着て、たいそうよく似合った。これは私の着こなしがうまくて、様子がよいからだと思う。(私は小さいおばあさんみたいに見えた。)私はみんなの目をひいた。なぜみんなが私を見るのか、おかしいからか、きれいだからか、それを私は知りたく思った。本当のことを言ってくれる人にはよくお礼をしようと思った。誰か(若い男の人)に私はきれいでしょうと聞いてみたくなった。私はいつもうれしいことを考えるのが好きである。そうしてそれは自分がきれいだからだと思っていた。多分それは私の思い違いかもしれない。よしまたそれが妄想だとしても、私はそう思っていたい。そう思うのが楽しいからである。だってそうじゃありませんか? この世で物事を出来るだけよく思うことは必要じゃありませんか? 人生はほんとうに美しいけれども、ほんとうに短いのですもの!
 私は弟のポールは大人になったら何をするだろう、どんな職業を選ぶだろう? と考えてみた。なぜというに、彼は多くの人のような暮らし方をしてはならないから。──すなわち初めはぶらぶらしていて、それからばくちを打つ人やcocottes(ココット/遊ぶ女)の仲間に交じったりしてはならないから。その上、彼にはそういうことをするような財産もないから。私は日曜日のたびに彼に理に合った手紙を出している。説教ではなく、否(ノン)、友達同士のような手紙を。今に私はどうしたらばよいかということがわかるであろう。そうして神様のお助けで彼にいくらかの感化を及ぼすことが出来るであろう。彼とても男でなければならぬから。
 私はうっかりしていて公爵のいなくなっていたのをほとんど忘れていた!(何という恥ずべきことだろう!)……それほど大きな入り江が私とあの人との間を引き離しているように思われる。私がいつかあの人を私のものにするというようなことがどうして考えられよう? あの人は去年の冬の雪のことと同じくらいにしか私のことなどは考えてはいない。私はあの人にとっては生きていないも同然である。もしこの冬をニースで送ることになればまだ望みもあるが、私たちがロシアへ向かって立てば、同時に私の望みは皆去ってしまうことになりはしないかと思う。私が可能だと思っていたことが皆消えていく。私は今一番悲しい時を過ごしている。私というものの全存在が変わりつつある。何という不思議なことだろう! つい一瞬間前まで私はハト打ちのことを考えていたのに、今ではこの上もない悲しい思いをしている。
 その悲しい思いで私は押しつぶされている。おお、私の神様、あの人が私を愛してくれないと思うと、私は悲しく死にたくなります! もう私には望みはありません。私は気ちがいのようになって不可能なものを求めていたのです。私はあまりに美しすぎるものを欲しがっていた! ああ! でも、否、私はこんなに気を弱くしてはならない。どうしてまあ! こんなに失望してしまったのだろう! どんなことでも可能な、私を守って下さる神様はいないのだろうか! どうして私はこんなことを考えるのだろう? 神様はどこにでもいて、いつも私たちを守って下さるのではないか? 神様にはどんなことでも出来れば、どんな力でもあり、時とか距離とかいうものの差別はない。私がペルー(底本:「ペリュ」)にいて、公爵がアフリカにいるとしても、神様が私たちを結びつけようとお思いになれば、それも出来るはずである。それにどうして私はちょっとでもあんな絶望的なことを考えたのだろう? どうして私は一秒時間でも神様の尊いお力を忘れたりすることが出来たのだろう? 神様がすぐに私の望みをかなえて下さらないからと言って、それで私は神様を拒むのか? いや、いや、神様はお情け深いから私のような罪なき者の心をそんなひどい疑いで引き裂くようなことはなさらないだおる。
 けさ私はマドモアゼル・コリニョン(私の家庭教師)に一人の石炭屋を指さしてあの人は、まあ、なんて公爵ド・H…に似ているのでしょう、と言った。彼女は笑いながら、「そんなばかなこと!」と答えた。その人の名前を言ってみるのが私には例えられないほど楽しかったのである。けれども、自分の愛している男の話をしない時はその愛がだんだんと強くなって行くが、自分の愛している男のことをいつもうわさしている時は(これは私の場合ではない)その愛は減っていくことを私は認める。たとえば瓶詰のようなもので、栓をしておくといつまでも香気は強いけれども、あけておくと香気は発散してしまう。まさしく私の愛の場合がその通りで、私は自分の愛する人のことを誰かが話しているのを聞いたこともなければ、私が話したこともなく、いつも自分ひとりでそれをしまい込んでいる。
 私は非常に悲しい思いをしている。私は自分の将来についてはっきりした考えを持っていない。すなわち、どんなものを私は持ちたいということは知っているけれども、どんなものを持つことになるだろうということは知っていない。去年の冬は私はどんなに愉快だったろう! 何もかも私の方へ微笑していた。私には希望があった。私は、いつまでたっても自分の手につかめないようなまぼろしを愛する。私は外衣(ローブ)のことで失望している。いくら泣いたか知れない。叔母と一緒に仕立屋を二軒も訪ねてみたが、どちらも駄目だった。私はパリへ手紙を出そう。ここの外衣は我慢が出来ない。
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# by bashkirtseff | 2004-10-07 23:13 | 1873(14歳)

日付なし

 今日はまた公爵ド・H…を見た。誰とてもあの人のように様子の立派な人はない。あの人が馬車を駆っている所を見ると国王のようである。私はプロムナードで黒い着物を着たG…(公爵H…の愛人)を何度も見た。きれいな女ではあるが、顔形よりもむしろ髪の形できれいに見えるのである。身の回りの物は皆完全で、何一つ欠けたものがない。すべてが贅沢で、上品で、趣味の最上のものばかりである。彼女は非常に高貴な婦人と間違えられるかもしれない。──これが皆彼女の美しさを増し加えることになるのは当然である。客間や小部屋が幾つもあって、その灯が窓掛けや青葉で和らげられている(底本:「和められている」)彼女の家。髪も着物も完全に整えて、その美しさを高めるように装飾された立派な客間の真ん中に女王のごとく腰掛けている彼女自身。彼女が公爵を喜ばせ、公爵が彼女を愛するのは当然である。しかしあれだけの周囲の物を与えられたならば、私はもっとよく見えるだろうと思う。私は自分の身の回りのことをいい加減にしないつもりだから、夫と一緒にいても幸福であろう。私は初めに夫を喜ばせたいと思ったころ飾り立てた通りに、いつも飾り立てて夫を喜ばせるつもりである。それに、私に解されないことは、なぜ男と女は結婚するまでは、やさしく愛し合い、喜ばせ合いながら、結婚してしまうとお互いに顧みなくなるのだろう。……
 なぜ結婚と共に愛は無くなるものだと思ったり、なぜ冷たい打ち解けぬ友情のみが残ると思ったりするのだろう? なぜ妻を想像すると、髪巻紙(髪を縮らせるために使う紙)や化粧着を着せて鼻のあたまにコールドクリーム(底本:「冷クレエム」)をくっつけて夫に着物の金をねだっている所を表したりして、結婚を侮辱したりするのだろう? なぜ女は自分が一番よく飾らねばならぬ人の前でなりふりに構わなかったりするのだろう?
 私にはわからない、なぜ女は自分の夫をばペット(底本:「飼物」)のように扱ったり、そのくせ結婚前にはその人を一生懸命に喜ばせようとしたりしたのだろうか? なぜ女はいつも夫に対してまよわすように仕向けたり、また初めて会って喜ばせようと思う人のようには取り扱わないのか? もっとも彼女は初めて会った人に勝手なまねをされてはならぬという点では、ちがってはいるけれども。それは、夫と妻は互いに公然に愛し得るからだろうか? それは罪でないからだろうか? 結婚は神様に恵まれたものだからだろうか? また禁じられてないものは価値少なく見えるからだろうか? また秘密に楽しめるものの方が愉快だからだろうか? 決してそんなはずはない。私はそうは思わない!
 歌うのに声を出し過ぎてのどを痛めた。それでこの次の教わるときまでは歌わないことを神様にお約束をして(これまで百度も破った誓いではあるが)、その間に私の声を純粋な力強い発達した声にしておいて下さいとお祈りをした。そうして私はこの誓いを破らないために、もし声を使ったらば私の声は出なくなるようにして下さいと神様に申し上げた。これはむずかしいことである。けれども私は約束を守るためにはどんなことでもしなければならぬ。
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# by bashkirtseff | 2004-10-07 23:12 | 1873(14歳)