日付なし

 私は馬が飼えることになった! これまで私みたいな小娘で、競馬馬を持ったのを見た者があっただろうか! 私は熱心になれるだろう。……騎手にはどんな色がよかろうか? 鼠と虹色か? 否、緑とうすいばら色である。私に、馬が一つできた! 私はなんて幸福だろう! 私は何という人間なのだろう! なぜあふれ出ている自分の盃から、何物をも持っていない貧しい人へ、何か与えないのだろう? 母様は私にお金を下さった。私はその半分を貧しい人たちへあげよう。
 私は部屋の模様を替えた。中央にテーブルのない方が、部屋がずっときれいに見える。私はその中にいろいろながらくた物……インキつぼとか、ペンとか、不要の物を入れてある箱の中に長い間しまい込まれてあった二つの古い旅行用の燭台(しょくだい)とかを入れた。
 社交界は、つまり私の生活である。それを私は呼び、私を待つ。私はその方へ掛けだしたく思う。けれども私はまだ社交界に入るほど大きくなってはいない。早く私は大きくなればよいと思う。それは結婚するためではない。母様と叔母様が、その懶惰(らんだ)を振り落とすのを見たいためである。──ニースの社交界ではなく、ペテルブルグか、ロンドンか、パリの社交界である。私が自由に呼吸の出来るのはそこである。なぜならば、社交界の窮屈は私にはかえって楽だから。
 ポオルはいまだに趣味がない。彼は婦人の美についてなんにもわかっていない。私は彼がこういうのを聞いた。美人だって、あんなみっともない人が! ……私は彼の行儀と彼の趣味を作り上げてやらねばならぬ。実際、それほど私は彼に大した感化を及ぼさなかったのである。けれども私はいつかはそうしたいと思う。現在でも私は、いろいろなことについて、それとなく私自身の意見を彼に伝えようとしている。私は冗談の仮装の下に、もっとも厳粛な道徳の感情を彼に伝えている。それは楽しみでもあれば、良いことでもある。もし彼が結婚したら、彼は妻を愛さなければならぬ。そうして彼の妻だけを愛さなければならぬ。実際神と一致して、彼に正しい見解を与えたいと思う。
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# by bashkirtseff | 2004-10-26 23:25 | 1873(14歳)

日付なし

 夕方、ポオルとヂナと私と三人で一緒に駆けていたが、やがて二人とも去って私一人になった。月が部屋の中へ差し込んでいるので、私はろうそくをつけなかった。私がテラスに出ると、遠くでバイオリンとギターとフルートの音が聞こえた。私は急いで部屋に帰って窓の近くに腰掛けて、楽にして聞いていた。それは面白いtrio(トリオ/三部合奏)であった。私がこれほどの興味を持って音楽を聴いたのは久しぶりであった。演奏会では注意が音楽よりも聴衆の方に取られるものである。けれども今夜は月光の中にただ一人きりであったから私はこのsérénade(セレナード/夜間戸外で奏する音楽)をほしいままにむさぼり楽しむことが出来た。それは全くセレナードであったから。ニースの青年たちが私たちに聴かせようとするセレナードであったから。実にこの上もない心尽くしであった。不幸にして社会の青年はこんな楽しみを好まない。彼らはcafes chantants(カフェ シャンタン/音楽を聴かせるカフェ)に行きたがる。けれども音楽ということから考えてみると……例えば昔イスパニア(底本:「イスパニヤ」/#現在のスペイン)で行われていたようなセレナードほど高尚なものがあるだろうか? 私が男だとすれば、私は馬に次いでは、私の愛する女の窓の下に立って、それから女の足元に座って過ごすほど楽しいことはあるまいと思う。
 私は本当に馬がほしくてならぬ! 母様は私に一匹買って下さると約束したし、叔母様も約束した。私は母様の部屋へ行って熱心にお願いした。母様は買って下さると約束した。今夜は楽しく眠れるだろう。皆が私をきれいだと言う。けれども私は本当に自分ではそうは思っていない。私のペンが書くことを拒むが、私は優しいところがあるだけである。──そうして時々はきれいなこともある。私は幸福である! ……
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# by bashkirtseff | 2004-10-26 23:13 | 1873(14歳)

日付なし

 私たちはこの家を立ち退こうとしている。私は惜しいような気がする。それは住み心地がよくってきれいな家だからではなく、住み慣れて古い友達のように思われるからである。私の好きな小さい書斎はもう見られなくなるのだろう。と思うと! この部屋の中で私はあの人のことを幾たび思ったであろう! 私の今寄っ掛かっているこのテーブルの上で、私は毎日毎日私の心の中で一番神聖な、一番楽しいことを書いてきた! 私はあの壁を眺めて、自分の目がそれを突き抜いて遠くの、遠くの先まで見渡すことが出来ればよいと思った! その壁紙の花模様の一つ一つに私はあの人を見た! 私はこの書斎の中でどれだけ多くの場面を想像してみたことだろう。そのどの場面でも、あの人が主要なrôle(ロール/役割)を演じていた。私はこの世の中ではもっとも単純なものからもっとも不思議なものに至るまで、この小さい部屋で私の考えなかったものは一つもないと言うような気がする。
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# by bashkirtseff | 2004-10-24 22:04 | 1873(14歳)

1873.06.09

 私は絵のけいこを始めた。私は疲れて飽きてもう働けない。ニースの夏は私を殺しつつある。誰一人ここにはいない。私は苦しくて、泣きだしそうである。一言で言えば、私は不愉快である。人間は一度きりしか生きられない。ニースで夏を過ごすのは生活の半分を失うものである。今私は泣いている。涙が一つ紙の上に落ちた。おお! 母様やそのほかの人たちが、私がここに留まっているのがどのくらいつらいものであるかを知ってくれたなら、こんな恐ろしい砂漠に私を置いておくことはしまい。私はあの人のことばかり思っている。もう長い間あの人の名前を聞かないのだもの! 死んだのではないかしら。私は霧の中に生きているようなものである。過去は呼び起こすことは出来ない。現在はいやでしょうがない! ……私はすっかり変わってしまった。声はしゃがれ、顔は醜くなった。以前には朝目が覚めると新鮮な赤い顔をしていたのに。 ……何が私をこのように苦しめるのだろう? 何が私に生じたのであろう、何が生じようとしているのだろう?
 私たちは別荘バッキを借りている。実際ここに住まうのは非常な試みである。Bourgeouis(ブルジョア/中産階級者)にとっては良いかも知れぬ。けれども、しかし私たちにとっては! ……私のことを言うと、私は貴族である。私は金持ちのブルジョアよりも、零落した紳士の方を選ぶ。私は金めの懸かった無趣味な家具よりも、黒ずんでいても、古い繻子(しゅす/#サテン)とか、メッキ物とか、古代の円柱、または装飾とかにはるかに大きな美を見いだす。真実の紳士は磨き立てた靴や、しっくりはまる手袋などを誇りにするものではないだろう。と言って服装のことなどはどうでもよいと言うのではない。決して! ……貴族の無頓着と平民の無頓着との間には非常な相違がある!
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# by bashkirtseff | 2004-10-24 21:57 | 1873(14歳)

ニース

 私はニースを追放地のように思っている。何よりも先に私は毎日の勉強の時間をいろんな先生と打ち合わせて決めねばならぬ。マドモアゼル・C…のおかげでしばらく途絶えていた勉強が月曜日からまた始まる。
 冬と共に人がこの町へ帰ってくる。そうして人と共に華美が帰ってくる。もはやニースではなくて小パリである。それから競馬である! ニースにも良い方面はある。けれども私たちがここで過ごさねばならぬ6、7カ月の月日は、私には私を導く灯台を見失わないようにして横切らねばならぬ海のように思われる。私は上陸することを望まない。否、ただ陸地を見たいと望むだけである。陸地を見るだけでまた来年まで生き延びる力が出てくるだろう。それから? それから! ……決して、それはわからぬ! ……しかし私は望む。私は神を信ずる。神の尊いみ心を信ずる。それで私は勇気も阻喪しないのである。

 「いと高き者のもとなる隠れたる所に住まう人は全能者の陰に宿らん。彼をその翼をもって汝をかばい給わん。汝その翼の下に隠れん。その真実は盾なり、手盾なり、夜も驚くべきことなく、昼も飛び来たる矢なし!」(詩編911章)

 私は神のみ心にどれだけ動かされているか、どれだけ深くそれを感じているかを言い尽くすことは出来ぬ。
 母様は寝ていられる。私たちは皆寝台のそばに集まっている。医者がバトン家から帰ってきてアブラモウィチが亡くなったと言った! 恐ろしい、不思議な、信じられないことである! ……あの人が死んだということを私は信じることができない。あんな優しい人が死ぬはずはない。私にはいつまでもあの人があの評判な外とうと格子じまを来てこの冬は帰って来そうに思われる。死は恐ろしい! 本当に私はあの人の死を非常に悲しく思う。アブラモウィチのような若い人が死んで、G…とかS…とかいうような人たちが生きているということがあり得るものだろうか! 私たちは皆あきれてしまった。ヂナでさえも無意識の叫び声を発した。私は大急ぎでエレエヌ・ホワアドに手紙を書いた。その悲しい知らせの来たときに、皆は私の部屋に集まっていた。
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# by bashkirtseff | 2004-10-19 23:03 | 1873(14歳)

パリ

 ついに私は自分でも知らずに求めていたものを求めだした。生きること、それはパリである! …パリ、それは生きることである。私は自分で何を望んでいるかを知らなかったから身を苦しめていた。今では私は自分の望んでいるものがわかっており、それを目の前に見る! ニースからパリへ来る、部屋を借りて装飾する、ニースのときのように馬を飼う、ロシアの大使の紹介で社交界のentrée(アントレ(加入権))を得る、これが、これが私の望むものである! 人は自分の望んでいるものがわかったときほど幸福なことはない! けれども私を苦しめる思いがある。それは私が醜いと信じていることだ! これは恐ろしいことだ!
 今日はリュ・ド・ロンドレ9番地の写真師ヴァレリに行って、G…の写真を見た。本当に美しい婦人である! けれども10年もたてば彼女は年取ってしまう。10年たてば私は大人になる。大きくなったら私はきれいになれるかも知れない。写真師は「うまく行ってれば今度はお気に召すのが出来ましょう」と言った。私たちはそれがどうなっているかを知らないで帰った。
 最後の散歩をしてとうとう私たちの去るときが来た。
 雷雨が頭の上で爆発して、稲妻がものすごかった。時々それは遠くの地面を打った、花火のような細い銀色の跡を空に残して。
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# by bashkirtseff | 2004-10-19 22:44 | 1873(14歳)

日付なし

 音楽の先生のマノテはけさ私のことで大層喜んでいる。私はメンデルスゾーン(底本:「メンデルスゾオン」/ドイツの作曲家、1809-1847)のE(ほ)短調コンツェルトの一部を一つも間違わないで弾いた。それから私たちはロシアの教会──三位一体教会へ行った。教会は花と葉で飾られてあった。祈りがあって、牧師が罪の許しのために一つ一つ祈った。それからひざまずいて皆祈った。彼の言ったことは私にも当てはまることであったから、私は身動きもしないで祈りに加わった。
 私が教会で本気に祈ったのはこれが二度目である。一番は新年の日であった。ミサも平凡になってしまったし、話される事柄も、人の毎日の生活、毎日の考えとは懸け離れたことである。私はミサには行くけれども祈りはしない。祈りと皆の歌う賛美歌は、私の心の中にも魂の中にも何らの感動を見いださない。これらのものは私の自由に祈りをする邪魔になるばかりであった。けれども牧師が私たちの皆のために祈ってくれる(そのとき誰も自分に当てはまる何物かを見いだす)ときのTe Deum(テ デウム(感謝の歌))は私の心を底まで動かす。
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# by bashkirtseff | 2004-10-19 22:30 | 1873(14歳)

日付なし

 ジョイア(底本:「ジオイア」)の別荘の前を通り過ぎるとき、私の注意は右手の小さいテラスにひかれた。去年競馬に行くときあの人があの婦人と二人で駆けているのを見たのはそこであった。あの人はいつもの上品なやさしいふうで、菓子をつまみながら駆けていた。私はそんなつまらないことまでよく覚えている!
 私たちは通りすがりにあの人を見た。あの人も私たちを見た。あの人は母様のうわさに出るただ一人の人である。母様はあの人が好きでいらっしゃるのが私にはうれしい。母様は言った。「ねぇ、H…がお菓子を食べていらしたって、当たり前じゃありませんか。ここではくつろいでいらっしゃるのだもの。」私はそのときあの人を見て感じた混乱を自分でどう片づけてよいかわからなかった。今となって私はやっとそれが分かりだした。私はあの人に関するどんな小さいことでも、あの人の言ったどんな無意味な言葉でも覚えている。
 レミがバード(底本:「バアド」)の競馬場へ来て今公爵H…と話をしたと言ったときには、私は胸を躍らしていたので困った。それからジョイアが同じ競馬のとき私たちのとなりにかけてあの人の話をしたときにも、その言葉はほとんど私の耳に入らなかった。おお! どんなにしても私は今ならばその話を聞かずにはおかないだろう! それからイギリス人の店を通っていると、あの人がそこにいて、なんだかこう言いそうな様子で私を眺めた。「なんだかおかしなふうをした娘の子だな。あれで一体何を考えているのだろう?」と。しかし、その通りであった。……私が小さな絹のローブを着たところはおかしかった。──実際、こっけいであった。私はあの人の方をば見なかった。それでも私は出会うたびに、心臓がひどく打って体の害になった。私はほかにもそれと同じことを経験した人があるかどうかは知らない。けれども心臓があまり高く打つと、誰かに聞かれはしないかと心配になった。以前には私は心臓は肉の一片に過ぎないと思っていたけれども、今ではそれは心と通じているものだということが分かった。
 私は今ではどんなときに「心臓がどきつく」というのだかわかった。以前は芝居に行って誰かがそんなことを言っても私は気にも留めなかった。今では私は自分で経験してその感情を認めている。
 心臓は細い筋によって脳髄と通じている肉の一片であって、目から耳から報告を受け取って、それが元で心臓があなたにものを言わせたりする。それはなぜと言うに、その細い筋が動かされると、それは普段よりも余計に心臓を打って、あなたの顔に血を送るから。
 時は矢のように過ぎる。朝のうちに私は日課をする。ピアノを2時間。私の模写しているベルヴェデーレ(底本:「ベルヴェデエル」)のアポロン(ローマのバチカンにある有名な古彫刻、木のそばに立って弓を引いたときのアポロン)はいくらか公爵に似ている。ことに表情を調べてみると、類似が著しい。頭を立てている具合も同じであり、鼻の格好もよく似ている。
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# by bashkirtseff | 2004-10-18 22:57 | 1873(14歳)

日付なし

 昨夜私は恐ろしい夢を見た。私たちは知らぬ家にいて、私だったかあるいはほかの人だったか、それも誰だか覚えないが、急に窓の外を眺めた。見ると太陽がだんだんに大きくなって来て、天の半分を覆いそうになった。けれども熱も出さねば光も放たなかった。やがてそれが二つに分かれて、4分の1ほどの小さい方が見えなくなった。残りがまた二つに分かれて、分かれるたびに色が変わったり、光を発したりした。雲が現れて、太陽の半分を隠してしまった。「太陽が動かなくなった!」と皆が叫んだ。たとえばいつも太陽の回っているのを見ていたかなんぞのように。太陽はしばらく動かなくなって、色が薄れていたが、今度はやがて地球に変化が起こった。それも地球が震えだしたとかいうようなわけではなく、毎日の生活で考えられないことであるから説明のしようがない。私たちの理解出来ないことを言い表す言葉というものはないものである。さて太陽は二つの輪のように、一つが一つの中に入って、動き出した。すなわちまだ光っている方の太陽が時々同じように丸い雲で覆われた。皆が慌てだした。私は世界の終わりが来たのではないかと疑った。けれどもこれはすぐに止まるだろうと思われた。母様はうちにいらっしゃらなかったが、乗合馬車みたいなもので帰っていらした。けれども少しも怖がっていられなかった。何もかも変であった。その乗合馬車も常のとは違っていた。それから私は着物を始末しだした。私たちは皆品物を小さい箱の中にしまった。するとそのときまた始まりだした。いよいよ世界の終わりだ。そう思って、私は、なぜ神様は前もって私に知らせては下さらなかったのだろう、どうして私は今日まで生きていてこんな目を見なければならなかったのだろう、と疑った。皆が怖がっていた。私たちは母様と一緒に馬車に乗って、どことも知れぬ所へと帰って行った。
 この夢の意味は何であろう? 神様が何かの大事件を私に知らせて下さったのだろうか? それとも、ただの神経のせいだろう?
 マドモアゼル・C…は明日帰って行く。さすがにいくらか悲しい。一緒に住んでいれば犬と別れても悲しいものである。私たちの仲が良かったか悪かったかは別として、私の心は虫に食いばまれるように痛い。
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# by bashkirtseff | 2004-10-17 23:38 | 1873(14歳)

日付なし

 今日はいつもの単調な同じような日とはいくらか変わった日である。学課の時間に私はマドモアゼル・C…に算術の一つの説明を頼んだ。彼女は私が一人で考えださねばいけないと言った。私は彼女に向かって、私の知らないことは私に説明してくれなくてはいけない! と言った。
 ──それはいけないというようなことを言うべき問題ではありません、と彼女が言った。
 ──何にでもいけないと言うことは言われます。私が答えた。ちょっとお待ちなさい。次の問題に移らないうちに私は一番にこのむずかしい問題を考えてみますから。
 私は特別に落ち着いた声でそう言った。彼女は私の言葉の中に乱暴なところがなかったので怒っていた。彼女は私から私の時間を盗む人である。もう私の生涯のうちで4カ月も空費された。もちろん彼女が悪いと言えばそれまでである。しかしなぜ私が苦しむ人にならねばならぬのだろう? 彼女は私の時間を空費させて私の将来の幸福を損なう人である。私が何か説明して下さいと言うたびに彼女は私に失敬な返事をする。私はそんなものの言い方をされたくない。彼女は自分が悪いのでいらいらしている。それでわれながら耐えられなくなったのである。そのとき私の方は当惑して、むしろ怒っていたけれども、不思議に落ち着いてしまったのであった。私の調子が彼女をいら立たせた。彼女は私の方から怒ってかかることを期待していたのである。
 ──あなたは13ですよ。よくそんなまねが出来ますのね? ……
 ──そうです、マドモアゼル、私は13だから、そんな言い方はしてもらいたくないのです。どうか大きな声を出さないで下さい。
 彼女はあらんかぎりの恐ろしい言葉を使って爆弾のように破裂した。その暴言に対して私はどこまでも落ち着き払って答えた。それが尚と彼女を怒らせた。
 ──これっきり私は教えてあげません!
 ──おお、結構ですわ! 私は答えた。
 彼女が部屋を出て行くと、私はのどの周りに100貫目(#1貫目=約3.75kg)の重荷をくくり付けられていたのを解かれた人のような長いため息をついた! 私は喜び勇んで母様を捜しに出掛けた。マドモアゼル・C…が廊下で追いかけて来てまた始めだした。私はどこまでも私の戦術を固守して、何にも言わなかった。私たちは一緒に廊下を歩いて母様の部屋へ行った。彼女は復讐(ふくしゅう)の女神のようなふうで、私は最上の冷静な態度で。私は自分の部屋に戻った。彼女は母様に話した。……
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# by bashkirtseff | 2004-10-15 22:26 | 1873(14歳)