1874.01.09(Fri)

 散歩からの帰りに私は、自分で独り言に、おまえは外の若い婦人のようにまじめでもなければ、慎み深くもないのね、と言った。どうすれば皆あんなにまじめになれるのだろう? どうすれば皆子どもからすぐ娘になれるのだろう? 私にはわからない。私は自分に問うた、どうしてあんなになれるのだろう? いつとなしにか、それとも一日でか? 人を発達させ、成熟させ、改善させるものは、不幸か、でなければ恋愛である。もし私がbel esprit(ベル エスプリ/才人)だとすれば、二つのものは同義語だと言える。けれども私はそうは言わない。なぜならば、私は恋愛は世界で一番美しいものだと思っているから。私は自分を下は凍って表面だけ動揺している水に例える。なぜと言うに、私の心の底は、私を楽しませたり慰めたりするものは何一つなくなっているから。
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# by bashkirtseff | 2004-11-14 21:15 | 1874(15歳)

1874.01.04(Sun)

 自然と目が覚めるのは、何という良い気持ちだろう! 私は起こされないで、ひとりでに目を覚ました。例えば船に乗っていて、目が覚めると目的地に達していたときのように。
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# by bashkirtseff | 2004-11-14 20:52 | 1874(15歳)

1873.11.30(Sun)

 あの人は早く結婚すればよいと思う。私はいつでもそうであるが、何でも嫌なことが避けられなくなると、早くそれを通り越してしまいたくなる。パリをたつときも出発を急いだ。どうせその丸薬を丸のみにしなければならぬと思ったからであった。それと同じに私はニースにも早く着けばよいと待ち焦がれた。少しでも待ち焦がれなくて済むように。なぜと言うに、不愉快なことを待つのは、不愉快なことそれ自身よりも嫌なものであるから。
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# by bashkirtseff | 2004-11-14 20:46 | 1873(14歳)

1873.11.29(Sat)

 私はしばらくも心の休まるときがない。遠い遠い人のいないところへでも身を隠したく思う! そうしたら、また元の私になれるかも知れない。
 私は嫉妬、愛、せん望、幻滅、傷つけられた自愛、といったような世界中のあらゆる忌むべき心持ちを味わった! ……その上、私はあの人を失ったと思っている! 私はあの人を愛している! なぜ私は自分の心の中にあるものを皆移してしまうことが出来ないのだろう! けれどももし私が自分の中を通っているものがわかったならば、私は恐ろしくもだえているということがわかるはずであり、また、私にかみついて息の根を止めようとしているものもわかるはずである。しかし今私の言っていることは私の感じていることの100分の1にも過ぎないのである。
 私は片手で顔を隠し、片手で外とうを持って、その外とうで頭まで包み、それで真っ暗にして、散らかっていた私の考えをまとめようとしている。かわいそうな頭!
 とりわけ私を悩ますものが一つある。それは2、3年たつうちに私はそれを笑うようになり忘れてしまうだろうと思われることである。(1875年付記。──もう2年たつが、私はそれを笑いはしない。また忘れてもいない。)──こんな苦しみはすべて甚だしく子どもらしくまた虚飾に見えるようになるだろう。けれども、私はあなたに頼んでおきます、忘れてはいけません! あなたがこの文を読むときに振り返って見なさい。あなたはそのとき13だと思って見なさい。そうしてニースにいるのだと考えて見なさい。過ぎたことを今にして考えて見なさい! そのときに感じていたことを思い出して見なさい! ……そうすれば理解するはずです! ……そうすれば幸福になれるはずです!
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# by bashkirtseff | 2004-11-14 20:43 | 1873(14歳)

日付なし

 今私は母様をよその人のように思って眺めていると、彼女はいろいろな心労やら病気やらで弱り果ててはいるけれども、それでも昼のように美しく、魅力に満ちている。その話すときの声は気取らないでも柔らかみがあって、力強くかつ優しく、その挙動は自然で単純でありながらも、懐かしみがある。
 私はこれまで私の母ほど自分を低く思う人を見たことがなかった。彼女は自然そのもののごとく自然である。もし彼女が少しでも服装のことに注意を払うと、皆が彼女を褒め立てた。けれども、どうしたわけか、彼女はいつもつまらないものばかり身にまとっている。今日は彼女がきれいな服装をしている。本当にほれぼれするようである。
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# by bashkirtseff | 2004-11-09 21:25 | 1873(14歳)

1873.11.08(Sat)

 人は、いくら自分たちを愛する人にだって、あまり多く自分を見せてはならぬ。人と会ってあまり長く話してはならぬ。別れてから惜しまれるため、また幻影を残すために。こうすれば実際以上に良く美しく見えるものである。人間は過ぎ去ったものを惜しむから、またあなたに会いたがるであろう。けれどもその願いをすぐには満足させてやらないで、苦しませるがよい。ただしあまり苦しませてもいけない。あまりに多く値するものは、それを得るための困難で失われてしまう。もう少し良いものが期待されていたのであった。それからまた苦しませて、あなたを待たせるがよい。……こうしているうちにあなたは女王になれるであろう。
 私は熱病にかかったのではないかと思う。苦しいから、おしゃべりをして感情を紛らしている。誰にもわからないだろう。私は歌ったり、笑ったり、ふざけたりするが、快活に見せようとすればするほど心の中は苦しい。今日は口を開けることも出来ない。ほとんど何にも食べない。
 いくら書いても私の感じることは書けそうもない。私は愚かで、間抜けで、迫害された気持ちである。例えば公爵を結婚させるのは私からあの人を奪い去るようなものだ。実際、私の物を取られたような気がする。何という嫌な心持ちだろう! 私にはどう言ってこれを説明して良いかわからない。何を持ってきても足りないように思われる。私はつまらないことに対しても一番強い表現を用いているが、まじめに話そうと思うと何にも残っていないことがわかる。例えば……。いや、もうたくさんだ! 結論をしたり比較をしたりしようとすると、どこまで行っても切りがない。考えが入り乱れて混乱してしまう。
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# by bashkirtseff | 2004-11-09 21:21 | 1873(14歳)

1873.10.28(Tue)

 かわいそうな母様はまだよくならない。医者の分からず屋たちが発疱剤(ヴェシカトアル)を用いたので、母様はひどく苦しんだ。最上の療法は冷水かお茶である。それは簡単で、自然である。
 どうしても死ぬと決まれば、世界中の医者を連れて来ても死ぬ。反対に、死ぬことが運命でないときには、誰も助ける人がなくても死ぬものではない。
 そんなわけだから、私にはそんな恐ろしい療法はしないでおいた方がいくら良く思われたか知れなかった。
 おお! 私はせめて20歳にもなっていたら! 私はただ夢想家で、未来もないくせに野心で満たされている。私はどんなに自分の憂苦を好むだろう! どんなに自分の生活を好むだろう! 私は自分の空想の中でそれを作り上げていたが、今ではそれも崩れてしまった。
 公爵は私に取っては死んだようなものであるけれども、それでも私はまだあの人のことを思っている。私は雲霧の中にある。何もかも不安になって、神に祈るべきものもなくなった。
 ポオルは何事もしようとしない。彼は勉強をしない。彼はまじめでない。彼は勉強は自分のためと言うことを理解しない。それが私を怒らせる。私の神様、彼に理解力を与えて下さい。彼に勉強しなければならぬことを分からせて下さい。彼に何者かになれるような野心を吹き込んで下さい。私の神様! 私の祈りを聞き入れて下さって、彼を悪くするような人たちに近づかないように彼を守り彼を保護して下さい! ……
 決して私は自分より階級の下の男などには目もくれたくない。平民は私に嘔吐(おうと)を催さしめ、私を不快にする。貧しい人間は自分の半分を失っている。彼は小さく、哀れに見えて、卒(#しもべ)のような顔をしている。これに反して富んだ独立した男は、いつも誇らしげに、いかにも愉快そうな様子をしている。勝利の確信を持っている。私がH…を愛するのは、あの人には自分で満足すれば良いといったような気ままな見え坊な残忍なところのあるような顔をしているからである。あの人の中にはネロ(もっとも残忍なローマ皇帝、54-68/底本「ネロン」)のようなところがどこかにある。
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# by bashkirtseff | 2004-11-09 21:13 | 1873(14歳)

1873.10.25(Sat)

 昨夜人々は私の戸をたたいて、母様が悪いからと言って私を呼び起こした。私は眠ったまま降りて行ってみると、母様はひどく悪くなって、食堂に寝ていた。皆が心配そうな顔をして周りに立っていた。私はよっぽど悪いのだと分かった。母様は死ぬ前に一度私に会いたいとおっしゃった。私は恐ろしくなった。けれどもそんな様子を見せてはならなかった。それは恐ろしい神経の発作で、いつもよりずっとひどかった。家中の人が絶望していた。ドクトル・レベルクとドクトル・マカリを呼びにやった。薬などのために召し使いが八方へ出された。その晩の恐ろしさは書き記すことがとても出来ない。私はじっと窓際の腕いすにかけていた。世話をする人はたくさんあったし、それに私は看病などは下手であった。私はこれほど苦しい思いをしたことはなかった! 本当に! 苦しみ方は違っていたが、私には10月13日と同じ苦しみであった。
 時々母様はひどく苦しんだ。私は自分を包みきれなくなった。私の最初の考えは祈ることであった。医者が絶えず出たり、入ったりした。とうとう皆で母様を居間の寝台に寝かして、その周りに集まった。母様はちっとも良くならなかった。……その晩のことを思い出すと私は震える。医者は、こういう発作は危険だと言った。しかし神の恵みによって、今ではその危険も通り越した。私たちは皆静かにして、彼女の部屋に残っている。海が暴風雨の後で穏やかになって凍ったように見えるときのように私たちはそんな激しい焦慮が済むと、今まで何事があったのか分からないほど、じっと落ち着いてかけている。
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# by bashkirtseff | 2004-11-09 20:51 | 1873(14歳)

1873.10.21(Tue)

 私たちが入って行くと、皆は食事をしていた。私たちは食事前に物を食べたと言って母様に少し説教された。私たちのいつもの愉快の家族の集まりが少し色めいた。ポオルが母様にしかられる。祖父様(グランパパ)が出なくもよい所へ出て口を入れる。それがポオルの母様に対する礼儀を傷つける。ポオルは召し使いみたいにぶつぶつ言いながら出て行く。私は中に入って、祖父様に母様の権威に干渉しないで、母様の最上と思うことをおさせなさいと頼んだ。なぜと言うに、もし分別が足りないで子供を親に盾突かせるようなことになれば、それは罪悪であるから。今度は祖父様が怒鳴りだした。それが私を笑わせた。祖父様の怒りはいつも私を笑い出させる。そうして、自分では少しも悪いことは無いけれども、何にもすることがないために殉難者となってしまうような不幸な人たちを気の毒に思う心でいっぱいになる。ああ。せめて私がもう10も年をとっていたならば! 何事にも自由な心持ちでいられたならば! けれども叔母とか、祖父とか、日課とか、家庭教師とか、家族とか、そういったようなもので手足を縛り付けられているときに、何事が出来るであろう? ……混乱と喧騒(けんそう)! ……
 私の悲しみはもはや鋭くもなければ、激しくもなければ、突発的でもなく、鈍い、平静な、理性的なものになった。と言って、それがために悲しみが薄らいだわけではない。
 いや! いや! ……思い出はすべて残っている。それが無くなったときには、私は不幸になるだろう! ……
 私はこういうことを書き連ねていると、気抜けのしたようになってしまって、いろいろと思い巡らした末、自分はまだあの人と話をしたこともなかったのだとか、手近で見たのも十度か十五度くらいに過ぎなくて、大概は遠くから見たり、馬車に乗っているのを見たりしただけだ、というようなことが思い出された。それでも私はあの人の声を聞いたことがあるし、いつまでたってもそれを忘れることはないだろう! 書けば書くほど書きたいことが増えてくる。それでも私の感じていることを皆書くことは出来ない! 私は力以上の絵を仕上げようと思い付いた不幸な画家のようだ。
 私はあの人を愛している。そうしてあの人を失った。これが私の言い得るすべてである。すべて以上である。
 食後に私は歌って、騒がしい家族の人たちを喜ばせた! ……
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# by bashkirtseff | 2004-11-07 15:29 | 1873(14歳)

1873.10.18(Sat)

 私はお祈りを変えた。そうしてあの人に対するお祈りを省いた。実際、皆省いてしまった。なんだか私の胸は引き裂かれるようであった。私は愛する人のひつぎを見送るような心持ちがした。そのひつぎがまだそこにある間は、人は不幸である。けれどもどこを見ても皆空虚に感じられるときほど不幸ではない。
 私は今となると、あの人が私のお祈りの心であったことがわかる。私のお祈りは穏やかに、冷たく、理性的になったけれども、これまでは生命と熱情であふれていた!! あの人は私に取っては死んだものである。ひつぎはここから出て行った! 私の悲しみは涙を誘いがちであった。けれども今では乾いている。神様のおぼしめしが成し遂げられるのであろうか! 私はいつもあの人のために十字を切ってどの方角へも送ることにしていた。そのくせあの人がどこにいるかと言うことは知らなかったけれども。今日からはそれもしないことにした。けれども私の心臓はまだ鼓動する。
 私は不思議な人間である。誰も私が苦しむほど苦しむものはあるまい。けれども私は生きる。私は歌う。私は書く。10月13日のあの致命的な日以来、私はどんなに変わったことだろう! 苦しみが形に現れてきた。あの人の名前を聞いても、もはやうれしい心は起こらない。それは火である。非望である。嫉妬と悲しみの呼び覚ましである。女の身の上に降り掛かるものの中での最大の不幸である。私はそれを経験した! ……痛ましい嘲弄(ちょうろう)!
 私は自分の声のことをまじめに考えるようになってきた。私はよく歌えるようになりたい! でも今となっては何の役に立つだろう?
 あの人は私の心の中の明かりのようなものであった。その明かりが消えてしまったのである。どこを見ても真っ暗で、陰気で、物悲しい。私にはどちらへ回ってよいかわからない。これまでは私の小さい煩いの中にはいつも一つの支えがあって、私を導き助けていた。けれども今はそれを求めようとしてもかいはない。どこを見ても暗闇と空虚である。恐ろしい! 恐ろしい! 心の中が空虚になってしまった。……
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# by bashkirtseff | 2004-11-07 14:20 | 1873(14歳)