<   2010年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

1884.01.02(Wed)

 私の父の妹なる私の叔母エレエヌが8日前に死んだ。ポオルが私たちにその知らせを電報でよこした。
 次の電報が今日また届く。私の伯父アレクサンドルが卒中で死んだ。胸が裂けるようだ。この気の毒な人は家族を熱愛していた。彼の妻をば最後まで狂気のごとく愛していた。バルザックをもまたおそらくその他の小説家をも読まなかった彼は、気の利いた文句は知らなかった。しかし私だけは彼の言ったことを心に留めておいた。それだけその死は私にとって苦痛である。ある人たちが彼に向かって、彼の妻はある隣人の敬意を受け入れていたと信じさせようとしたことがあった。その時、彼がこう言うのを私は聞いて覚えている。──なるほど! その不名誉なことが真実だとして! 私の妻は15の時に私が結婚したので、私の肉であり、私の血であり、私の魂ではないでしょうか? 私たちは1つのものでないでしょうか! もし私が罪を犯したのだったら、私は自分を許さないでしょうか? どうして私は妻を許さないわけにいきましょう。しかし、たって私が自分を罰するためには、言ってみれば、私は自分の目の玉をえぐり抜くとか、片腕を切り落とすとかしなければならないでしょう!
 それから彼は、私が最近にロシアに行っていた頃は、いつもこう言っていた。「お前には分からないよ、私のかわいいマリ。また私もどう説明して良いか分からないのだ。でもお前は利口だから私の言うことが分かってくれるだろう。……以前には、私は心配も多かったし、苦しみも多かった。例えば、私はどうしても妻に必要だと考えていたわけではないけれども、お金をもうけて金持ちになりたいと思っていた。でも今では、何もかも決まりがついて、以前のように無味乾燥な、無分別な了見はもう起こさないよ。今では幸福と妻の望みのことを考えているばかりだ。私の愛しているかわいそうなナヂイヌの望みをかなえてやりたいばかりだよ。そうだ。今では何もかも変わってしまった。話せば長いけれども、何もかも変わってしまった。……」
 彼は3人の子どもを残した。エチエンヌが17歳、ジュリが15歳で、アレクサンドルが8カ月か10カ月になる。
 そうして彼の可哀想な妻は33歳!
[PR]
by bashkirtseff | 2010-12-05 12:15 | 1884(25歳)

1883.12.31(Mon)

 元帥夫人とクレエルは昨日公爵夫人マチルドと晩餐を共にした。そうしてクレエルはルフェエヴルが彼女にこう言ったと、私に話して聞かせる。彼は私に才能のあることは知っている。非常に確実な才能である。私はかなり異常な人物である。私は毎晩社交界へ乗り出していく。そうして、おまけに、私は有名な画家たちに監督されたり、指揮されたりしている、と(知った風に)言ったと。
 クレエルは彼をまともに見つめながら言った、──どういう有名な画家なのです、ジュリアン? ──ルフェエヴル? ──否、バスティアン・ルパージュ。──クレエルが言うには、まああなたは思い違いをなさっていらっしゃいますよ、ムッシュ。彼女は滅多に外出しないで、いつも仕事をしておいでです。バスティアン・ルパージュとおっしゃるが、彼女は彼とは自分の母の客間でお会いするきりで、彼の方でも決して彼女のアトリエへ上がっていくようなことはございません。
 本当にかわいらしい、この小さい娘は。そうして彼女は真実を言った。なぜと言うに、あなたはよくご存じのはずです、おお私の神よ、あのジュール(ジュール・バスティアン・ルパージュ)の悪魔が何の私の足しになるものでしょう。しかしルフェエヴルはそれを信じているようだ!
 2時である。もう新年だ。劇場で、正12時に、時計を手にして、私はただ一語で祝した。それは書いても話しても、美しく、響きよく、荘厳な、酔うような言葉である。すなわち、
 La gloire! 〔光栄!〕
[PR]
by bashkirtseff | 2010-12-05 12:11 | 1883(24歳)

1883.12.29(Sat)

 おお、哀れ! 何という暗い、わびしい、絶望の幾日が続くことだろう。あの口さがない悪口、それを言わせたり、信じさせたり、作らせたりするのである。……
 しかし私は何一つ不徳なことをばしなかった! それに考えると!!
 ああ! 私の友人たちよ、すべての物が消えても良いが、せめて外容だけは保存してもらいたい!
 要するに、そうした最低にみじめさが、私をいわうようなき不幸にしている。
 つまらないことを話しても正しい場合はある。けれども間違った点は甚だしい。
 苦い、軽蔑すべき、些細なことで、私に覚えのないこと、それを今では直すことも出来ない。おお、哀れ!
 わびしい、絶望的な、暗い今日この頃ではある! 皆が私のことを非難する。……
 そうして私は何もしなかった、自分に対しても、人に対しても。クレエルとヴィルヴィェイユは仕事をしている。私は書斎の隅でこれを書きながら泣いている。
 火を消されたような日もあれば、私たちが消された火のようになった日もある。私も消された明かりである。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-12-05 12:04 | 1883(24歳)

1883.12.23(Mon)

 真の芸術家は幸福であり得ない。まず第一に、彼らは、彼らこそは、大多数の群集が自分たちを理解していないことを知っている。彼らは100人ほどの個人たちのために制作しているのであって、その他の者は皆その悪趣味に、あるいは「フィガロ」に追随するものであることを知っている。あらゆる階級に渡っての、芸術上の無知は恐ろしいものである。
 よく芸術を口にする人は、いわゆる鑑識家と称する人たちの言うことを読んだり聞いたりして、それを尊敬して口にする。
 さて……私には、そうしたつまらないことがあまりに純朴に感じられる時代があるように思われる。そうした時代にあっては、くだらない対話は取りわけたまらないものであって、つまらないことには悩まされ、華やかさという値打ちもなければ、世間的皮相の見解から言っての価値すらも持っていない愚鈍をお互いに2時間も取り交わしているのを聞かされると、全く頭痛を起こさせられる。
 そう言えばとて、私は、客間の無駄話や、他愛もないおしゃべりや、型にはまったお愛想や、時候の挨拶、オペラ・イタリアンの噂などを聞かされて泣き出すような選ばれ人でないことは、覚えていていただきたい。私は面白いおしゃべりを至る所に要求して歩くほどの愚か者ではない。それは、たまには愉快ではあるが、大概は面白くもおかしくもなく、社交界の月並みとも言うべきもので、一向に私を悩まさない。私が時としては、進んで、それに耐えうるというのは、1つの悪である。しかし真の退屈、真の愚鈍、何物かの欠乏。要するに、社交界の月並み、同時に叡智の欠乏である。
 これでは小さな火で死ぬようなものである。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-12-05 12:01 | 1883(24歳)

1883.12.11(Tue)

 午前、何にもしない! 午後は、5歳になる町の女の子の顔を写生する。笑っている横顔を。私は笑っている顔を5つか6つ描きたいと思っている。それは生後8カ月の子どもの顔から始まって次は今日の午後の女の子になる。その次にはアルマンヂィイヌ(ジャフェの踊り子)で、帽子をかぶり、カワウソの肩掛けをして、スミレの花束を肩にしている真向きの顔である。それから夜会服を着て杖を接吻している伊達者や、あどけない娘や、最後には年取った男や女などを。すべてそれらを一緒にして枠へはめよう。
 「笑いは人間に固有なものである。」非常に異なった様々の笑いは、きっと何かしら面白いものがあるかも知れない。で、私はそれを早く描こう。アルマンヂィイヌの時みたいに、それはちょっとした展覧会などには出せるかも知れない。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-12-05 11:59 | 1883(24歳)

1883.12.10(Mon)

 午前、彫刻。午後は、笑っている女の胴衣と花束を描く。それは半ば踊り子で、半ばモデル女の、かわいらしげなやくざ女である。そうしてよく笑う。それを仕上げる。ガス灯で、──デッサンを描く。開かれたピアノのそばで読書している女。仕上げる。もし毎日がこのようであったなら、さぞ愉快であろう。
 しかし50人の無名の画家たちは私のしているようなことをしていて、天才に窒息させられるというような不平は言わない。それと言うのも、もしあなたが天才に窒息させられるようならば、あなたは天才を持っていない証拠である。天才を持つ者は、それを担うに足りるだけの力はあるはずである。
 天才という言葉はという言葉に似ている。私もこの言葉を初めて書くときには苦痛だった。しかし一度書いて以来は、私はこの言葉を毎日、そうしてあらゆる事柄に関して使った。それはちょうど誰でも、最初は大きな、恐ろしい、近寄りがたく見えているすべての物に対すると同様である。でも一度それに接触してしまうと、今までのちゅうちょや恐怖を取り返そうとするもののごとくに、それに入り浸りになってしまう。こうした精神的な観察も、私には充分に明晰なものとは思えない。しかし私には私の液体を費やす必要がある。私は夕方の7時まで仕事をした。それでもまだ残っているので、それを私のペン先から流れ出させようとしているのである。
 私はやせてきた。どうか……神は私に寛大であっていただきたい!
[PR]
by bashkirtseff | 2010-12-02 23:23 | 1883(24歳)

1883.12.03(Mon)

 さて、私は怜悧である。才知もあれば明察も持っている。……要するに、頭脳にかけてのあらゆる長所を具備している。そうして私は正しい。ああ! これだけの条件を備えていながら、なぜ私は自分自身を判断することが出来ないのだろう? ……きっと出来るはずである。私ははっきりした目を備えているから。そうでしょう?
 私は実際芸術界における何者かであるだろうか、あるいは何物かになろうとしつつあるのだろうか? 私は自分をどう思っているのだろう
 それは恐ろしい質問である。……と言うのは、私は自分の到達しようと思っている理想に比べると自分のことをば悪く思っているから。しかし、一方、他の人たちと比較するならば……
 誰でも自分を批判することはで出来るものでない、それに……天才でもないということになって以来……私はまだ自分でさえ、自分を決定的に批判しうるようなものはなんにも描いてない。
 だから、私は自分のしているだけの仕事の前に立つと、絶望させられてしまう。私は1つの絵を描き上げるたびに、すべてをやり直したくなり、その絵をすっかり悪いと思ってしまう。と言うのは、私は常に、それをそうあらせたいと自分で思っているものと比較するからである。……しかし周囲を眺めると慰められる。もっと悪いものを描いている人たちがたくさんあって、彼らは皆賞賛されている。……では? でもそれが当世である。要するに、白状すれば、私は芸術家の自分をたいしたものとは考えていない。私はそう言いたい(誤解されたい希望から。)まず第一にもし私が自らの天才を信じていたとしたなら私は決して何事につけても自分の不平は言わないであろう。……しかし天才という言葉は、自分のことでそれを書きながら私は嘲笑しているくらい、実に嫌な言葉である。私が自分に天才のないことを言おうとする場合ですらも! ……もし私が自分に天才があると信じていたとしたら、私はばかかも知れない。
 要するに、ああ! 私は自分が天才を持っているものとは思っていない。しかし私はすべての人が私に天才のあるのを信ずるようになることをば望む。……
[PR]
by bashkirtseff | 2010-12-02 22:56 | 1883(24歳)