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1883.12.02(Sun)

 私の心は、要するに、空虚である。すっかり、すっかり、空虚である。……しかし私は、自ら慰むための夢が必要である。……そうは言っても私は、スタンダールが恋の情熱と名付けて、真の恋について語っているほとんど一通りのことは、経験した。彼の語っているところの、そうした数千の空想上の一切の狂愚を、一切の幼稚さを。……そうして私は、とても鼻持ちのならぬような人たちをも、笑い顔をして見ることが出来るようになった。と言うのは、いつかは彼らも私の志しているところへ歩み寄って来るであろうから。
 かつ、私は、女であれ、男であれ、常に仕事をしていて専心功名を念頭に置いている者は、そうするより他に脳もない人たちのように恋をするものではないと信じている。
 もちろん、バルザックとジュール(シーザーではない)とはそう言った。エネルギーの総量は1である。もし人が右方にのみエネルギーを傾けるならば、左するためのエネルギーはもう残っていない。でなかったら、努力の結果は1の変わり2になって弱まってしまう。「ラン(ライン)に50万の兵力を送るならば、彼らはその時パリにじっとしてはいられまい。」
 それ故に、この理論から見ると、私の感情が、私から易々と滑り去るようなこともありそうに思われる。
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by bashkirtseff | 2010-11-29 23:09 | 1883(24歳)

1883.12.01(Sat)

 私はだまされる役目を演じているのではあるまいか? 私の最も美しかった年月を何人か私に返してくれるであろう……おそらくは空費してしまった美しい年月を!
 でも卑俗な私のこうした疑問に対する良い答えがある。すなわち、私は実際、より良きことをしようとしても何一つそうしたことは出来なかった。これ以外のどのような場所へか行って、そうして他の人たちみたいに暮らしたからといっても、私はあまりに苦しむことばかりしていたに相違ない。……それにそうあっては、私にある優越を付与しているこの道徳的な発達には、到達することが出来なかったかも知れない。……私にとってはそれはかなり厄介なものではあったけれども。スタンダールでも少なくとも彼を理解することの出来る一人か二人の人間は知っていた。然るに私はと言えば、その点がたまらない。すべての者が平凡である。そうして私が才知ある人たちだと思って付き合っていた人たちも、私にはばかとしか思えない。私は不可解な人間と呼ばれているような人間になってしまったというのだろうか? 否。でも、要するに……そうは言っても、私は、自分が出来もしないことを出来るように人から思われたりするとき、驚かされるのももっともであるし、また自分ではそれが不満足であるのももっともであると思う。そうしてそんな事柄は私の威厳や、私のデリカシーや、私の優美さをすら犯すかも知れないのだけれども。……
 それでは、その人の前に立ったら私は何でも言えるような、すっかり私を理解してくれるような何人があるだろう? ……何でも理解してくれて、そうしてその人の言説のうちに私の思想を認めることの出来るような? ……ああ、私の親愛なるあなた、それこそ恋かも知れませんね。
 あるいはそうでしょう。しかし、そこまでは行かずに、ただ単に理知的によく私を理解してくれて、その人とならば打ち解けて話の出来る、それだけのことでもかなりに愉快かも知れない。……ところで、私はそうした人たちを知っていない。わずかにそのただ一人がジュリアンであった。その彼もだんだんと打ち解けられなくなってきたように思われる。……芸術上の問題についてはことにそうであるが、彼が的の反れたあの間断なき意地の悪い批評を始め出すと、歯が浮いてさえ来る。彼は私がはっきりものを見ていることと、私がついには目的を達しようと欲していることをしか分かっていてくれない。彼は私が私自らにおぼれているものと思い込んでいる。……
 とは言え、……要するに、彼はそれでも私の時折の相談相手ではある。感情の絶対の対偶ということは、恋するのでない限り、あり得ない。してみると奇跡をなすものは恋である。……しかし、それとは反対に、この反対の対偶こそ恋を生ませるものではあるまいか? ──妹なる魂、──私に言わせれば、よく乱用されるこの偶像こそはすこぶる正しいと思う。それなら、そうした魂はどこにあるのだろう? 耳の端をすら見ることの出来ないような人ででもあるのかしら。……
 一語さえも、一瞥見さえも不調和であってはならないのであろう……私の……思い描いている概念と……。と言えばとて、何も私は、見いだすことの出来ないような完全さや人間らしさをちょっとも持っていないような人間を要求しているのではない。いや、私はその人の瑕瑾(かきん)が私には興味ある瑕瑾と思われ、そうして私の目にその人の値打ちを損なわせないことを求めているのである。その人は私の夢と合致する。と言っても、不可能な神性を夢見ているというような平凡な夢ではない。要するに、その人のうちにある一切のものが私の気に入ることが必要である。……そうして私はたちまちにして愚かしいとか、平凡であるとか、不十分であるとか、幼稚であるとか、意地悪であるとか、虚偽であるとか、あるいは利己的であるとか、いったような、そうした何らかの片隅を見いだすようなことがあってはならない。そうした汚点の一つと言えども決してあってはならない。もしそうした汚点のほんの小さなものでもあったら、すべてを打ち壊してしまうに足りるから。
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by bashkirtseff | 2010-11-29 22:44 | 1883(24歳)

1883.11.28(Wed)

 私はヂナの肖像を描いた。青白い調子で、うまくいった。
 その娘は昨日私のアルバムをめくっていたとき、私に一つの古い草案を思い出させてくれた。すなわちシーザー(底本:セザル(ケエザル))の弑逆(しぎゃく)を。それは私の胸を貫いた。私は4時頃、ある色調を写し取っておくために戸外へ出た。3日この方、極光のような光線がパリを燃え立たせるように包んでいる。……私はそれを馬車の上でするのであった。私は描きながら馬車を駆けらした。……私は色調のみを探し求めていたのである。……さて、それを描くと、私は戻ってきてスエトニウス(十二皇帝の著者なるローマの歴史家/底本:シュエトオヌ)とプルタークに飛びついた。モンテスキューはプルタークの中の弑逆の話を賞賛している。何というアカデミアンであろう! いかにも整然としていて、流暢である。しかるにスエトニウスにあっては、その話が人をして戦慄せしめる。それは背中に悪寒を覚えさせるような一種の口供書である。さても偉人という者は、幾世紀の後に至るも、彼らの生涯とその死とが私たちをして戦慄せしめたり泣かせたりするとは、何という驚くべき威力を持っていることだろう。私はガンベッタのために泣いた。歴史をひもとくたびに、私はナポレオンに泣き、アレクサンドルに泣き、シーザーに泣く。アレクサンドルも不幸な死を遂げたが、しかしシーザーは! ……
 私はその絵を自分一人で描こう、情緒の上から。また群集のために。と言うのは、それはローマ人であり、そこには解剖があり、血があるから。そうして私は女であって、女は古典の大物は何一つ描かなかったから。そうして私は構図とデッサンとに自分の技量をふるいたいから。……さらになぜなら、それは非常に美しいであろうから。
 私を嫌がらせるのは、それは戸外でなしに、元老院内で起こったことである。その方が難しさは少ない。……そうして私はそのような困難はすべて意に介しない。……私は自分が最も困難な事柄にかかっていると信じているときには、たちまちにして非常に冷静に、非常に決定的な態度になる。私は自分を引き締め、自分を集中させ、そうして自分より以下の者でも出来るような仕事よりもずっと良くできる。
 この絵を描くのにローマへ行く必要はない。だから私はすぐ取りかかろう。……そうは言っても、3月か4月の月なれば、春が戸外にあって実に美しい色調を与えている。そうして私はアルジャントゥイユにおける花の咲いた樹木を描きに行こうという意図を持っていた。……一生のうちには描いても良いものが実に多い。だのに一生は実に短い! 私はすでに自分が計画したものを仕上げる時間があるだろうかどうかすら知らない。
 「聖女たち」……──大きな浮き彫り! 「春」。「ジュリアス・シーザー」(ユリウス・カエサル)。──「アリアアヌ」(アリアドネ)。──茫然自失してしまう。そのすべてを、すぐにもしたい。……と言ってもすべては徐々にされるであろう。……おのおのその宜しきに従って、あまたの遅延と、冷静と、幻滅とを持って。……人生は論理的なもので、すべてが相関連している。そうしてブルートゥス(ブルータス)が幻影に追われて自殺するとき、私はこう叫びだして自ら驚く、──よくなすったわ、無頼漢、よくなすったわ、汚らわしい悪人!
 偉大なものでの成功! 私が来年とか、その次の年のことなぞを考えているのだと思ってはいけません……もっと先です。……私はそんなことは考えようともしていないのですが、いずれにもせよ、そうなったら実に狂喜すべきであるかも知れません。
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by bashkirtseff | 2010-11-28 22:11 | 1883(24歳)

1883.11.24(Sat)

 ある驚くべきことが起こって、それが非常に私を愉快にしている。私がイスキアの福引きに出しておいた「釣りを垂れる漁夫」がオテル・ドルオーへ行って、種々の絵を集めたコレクションの中に入っている。小間使いたちのうちの一人の亭主がやってきて、バシュキルツェフと署名してある絵がオテルに売りに出ていて、今夜売り立てられると、驚いて話して聞かせた。母とヂナとが行って、130フランで競売されるのを見てきた。130フランという金はあなたには何でもないでしょうが、私にとっては巨額です。あれには額縁はなかった。20フランの框(バケット)の他何にもなかった。従って私の絵はオテル・ドルオーで110フランで売れたわけである。母たちは私に230フランだったと信じさせようと努めた。が私は、2と言うのは1のことであると、カタログを見て知った。ヂナは公爵夫人たちやそのほかの人たちに向かって、430フランだったと言った。おお真実! 要するに130フランが真実である。皆はそうは言わず、ヂナは、居合わせた人たちが皆自分の顔を見ているようで、母などは怖くなって顔を背けてしまったくらいだと言う。と言ったからとて、私はそうまでも信じないが、とにかく私は非常に愉快である。
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:59 | 1883(24歳)

1883.11.23(Fri)

本文なし
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:55 | 1883(24歳)

1883.11.22(Thu)

 「イリュストラシオン・ユニヴェルセル(ロシアの)」は、その第1ページに私の絵のデッサンを発表している(「ジャンとジャック」)。
 これは最も大きなロシアの絵入り雑誌であって、私はそこでは心安く自分の家にいるような心持ちである。
 そうしてそれも私の喜びの種とはならない。なぜか? それは快くはある。けれどもそれは喜びではない。 なぜ? なぜと言うに、それは私の野心に対して充分なものではないから。もし私が2年前に褒状を得たのなら、私は気が遠くなったに相違ない。もし私が去年賞牌を授与されたのなら、私はジュリアンの胴着の上で泣き出したであろう。……でも、今では……
 事件は論理的なものである、まことに! すべてのことが相関連していて、次第を追って進み、すべてのことが少しずつ準備される。来年の第3の賞牌は、私には自然としか思われない。もし何にも得なければ、私は反抗するであろう。
 事件が待ち設けられてなかったときだけ、私たちは生き生きした喜びを経験する。そうしてある程度まで驚かされる。
 第2の賞牌が来年のサロンで授与されたなら、私はかなり幸福になるかも知れない。と言うのは、私はそれを当てにしていないから。それに、当てにしているというのは賞牌ではなくして、多少ともそれに伴うところの成功である。
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:54 | 1883(24歳)

1883.11.17(Sat)

 田舎は絵の美しさを非常に生き生きと感じさせる。
 パリ人はそれを賛美することは出来ないでも、せめて彼らは、実に偉大で、実に単純で、実に美しく、実に詩的な田舎を眺めるだけの労を取ったなら。草の葉も、樹木も、大地も、通り過ぎる女たちの目も、子どもたちの態度も、年寄りたちの歩きぶりも、彼らの着物の色合いも、すべて景色と調和している田舎を。……
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:52 | 1883(24歳)

1883.11.12(Mon)

 「リベルテ」のドリュウモンが、私たちに会いに来た。
 彼は私の画風を嫌っている。しかし優麗と典雅とに囲まれている私が、どうして醜を愛することが出来うるかを驚いて私に尋ねながら、非常に愛想を言った。彼は私の子どもの絵を醜いと思っている。
 ──なぜあなたはきれいな子どもを選ばなかったのです。そうしたからといっても、やはり良い作品になったでしょうに?
 ──私は表情の強いものを選んだのです。もし強いて言葉に移して言うならば。それに、町中を駆け回っている子どもたちには、こうした美しさを求めようとしてもなかなか見られるものではありません。ぜひそうしようとなら、シャンゼリゼへ行って、リボンの飾りをつけて背中を保母に叩かれているいたいけな赤ん坊を描くべきであるかも知れません!
 どこに感激がある? どこに原始的野蛮な自由がある? どこに真実な表情がある? よく育てられた子どもには、すでにポーズがある。
 それから……要するに私は間違っていない。
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:50 | 1883(24歳)

1883.11.11(Sun)

 私は今夜ジュイで晩餐をした。私は自分が真実あの人たちを愛していると思っている。彼らは怜悧で温雅である。私は彼らに会うのをほとんど楽しみにすら思っている。あれなら他の人たちの時のようにお義理の勤めではない。
 装飾の変化を受けて、一切がにこやかに、落ち着いて、そうして美しい。私は自分の描こうと思っているものを知っている。そうして一切が進行している。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:41 | 1883(24歳)

1883.11.10(Sat)

 私は冬の風(セーヌの上の)が原因で引き起こした軽い熱に、精神上の原因をも付け加えたいような気がする。
 私は家で仕事をしている、彫刻を。
 私のかわいそうな子供よ、すべてものがあなたを駆って芸術の足下へと突進させる。さあ行きなさい。
 功名のみがあなたの欲しているところのものを与える。そうしてあなたはそこに至りうると言われている。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:40 | 1883(24歳)