<   2010年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

1883.09.26(Wed)

 不満な点の忘れられた今では、私はただ父については、良いところがあったこと、独創的なところがあったこと、才気があったことなどばかりを思い出している。彼は果断な人であった。そうして世俗の目には、軽はずみで、風変わりな人間のように思われていた。少し冷酷なところと、ずるいところもあったにはあったであろう。…… でも、どこに欠点のない人があろう、私自身とても? ……実際、私は自分を責めて、父の上を泣いている。
 もしあのとき私が出かけてさえいたら……。それも体裁からだったのかも知れないが。感情はそこにはなかったのだから……
 それはどっちにしても同じように褒むべきことであっただろうか? 私はそうは思わない。
 私はそうした感情を持たなかった。だから神はその点で私を罰するであろう。でもそれが私の過ちだろうか? それから今夜の和やかなこの心持ちも考慮に入れてもらえないだろうか?
 私たちは、良かれ悪しかれ、私たちの真実の感情に責任があるだろうか?
 自分の義務をば果たせ、と、あなたは言う。それは義務の問題ではなかった。わたしたちは今感情のことを語っているのである。そうしてあのとき私は出かけようとする必要を感じなかったのに、どうして私は神に裁かれるだろう?
 そうだ、私は今夜のような情熱をもっと早く感じなかったことを悔やむ。今や父は死んでしまって、取り返しがつかない。そうして私は死にかけている父のところへ行くべき私の義務──なぜと言うにそれは私の義務であったから──を履行することが、私にどんなに値したであろうか? 私にはそれが分からなかった。私は自分が全然罪がなくはないと感じている。私は義務を果たさなかった。それは果たさなければならなかったのである。これは永遠の悔いである。そうだ、私は良い振る舞いをしたのではなかった。だから私はそれを後悔している。そうして私はそれを自分の前に恥じている。これは非常に苦しいことである。私は弁解しようとは思わない。が、母が、あのときそのことを私に言って下さるべきだったとは考えてもらえないでしょうか? ああ! もちろんそうです! 彼女は私を疲らすのを恐れていたのです。それから、こうした理由もあった。「マリが母と一緒だとする。そうすると、2人を6カ月も彼の地にとどまらせることになるかも知れない! もしマリがこちらに居残ることになれば、母はそれよりも早く戻って来られるだろう。」
 そういう風に家族の側では推論した。ああ! 人は常に何らかの影響を被るものである、それとは知らずに。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-09-01 07:40 | 1883(24歳)

1883.09.18(Tue)

 私のことを書き立てていていたロシアの新聞は、世間の人たちにも少しは私のことを気にかけさせるようにしたらしい。そうして外の大勢の人たちにあって、大公妃カトリイヌも私のことを気にかけていてくれるらしい。母は彼女の侍従や彼女の家族とは交際があった。だから私を女官に任命しようと真面目に打ち合わせがされた。
 しかし大公妃に紹介されることが必要である。要するに、この問題に関してはそうしたことまですべて打ち合わされてあった。でも母は、自分がこちらへ帰ってしまって、すべてを成り行きに任せてしまったのだからいけなかった。
 それから……私の美しい魂は一人の妹の魂を求めている。私には決して女の友達は出来ないであろう。クレエルは、私には少女の友達は出来ないと言う。と言うのは、私は少女としての小さい秘密もまた小さい身の上話も持ってないからである。
 ──あなたは余りに善良で、隠すようなことを何にも持っていらっしゃらない。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-09-01 07:36 | 1883(24歳)

日付なし

 私は全く病気である。私は胸に大きな発疱膏を貼る。そのあとで、生きようとする私の勇気と私の欲望とを疑うならば疑いなさい。でも何人もそれを知らない、ロザリを除いては。私はアトリエの中を歩き回る。読書したり、話をしたり、そうしてほとんど美しいと言っても良い声で歌ったりしながら。私は良く日曜には何にもしないでいるので、こうしていても誰も驚かない。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-09-01 07:34 | 1883(24歳)

1883.09.15(Sat)

 今朝、私はサロンにバスティアンを見に行った。どう言ったら良いだろう? それは美しさの中の美しさである。3つ肖像があるが、それは、今夜私たちと晩餐を共にしたジュリアンの言うところによれば、及びもつかないものである。そうだ、及びもつかないものである。かつてこういうものは一度も制作されなかった。それは生命そのものであり、魂である。そうして何物にも比べることの出来ないような技巧をもって描かれてある。なぜと言うに、それは自然そのものであるから。それにならって描こうとする者は狂愚である。
「実れる小麦」と題する小さい絵がある。麦を刈っている一人の男を背中から見せている。この絵は良い。
 実物大の2つの絵がある。「乾草」と「馬鈴薯を取り入れる女たち」である。
 何という色彩だろう! 何というデッサンだろう! 何という描法だろう! それは自然そのものの中でなければ見いだされない色調を持った一つの豊かさである。そうしてその人物は皆生きている。
 その色調は神聖なる単純さをもって互いに関連を持ち、そうして視線がその変化を真実の喜悦を持って追っている。
 私はそれがそこにあるとも知らずに、その部屋に入って行った。そうしていきなり「乾草」を見て足をとどめた。それは郊野の見えるように開かれた窓の前に立ち止まる時のように。
 人々は彼を正しく取り扱わない。彼はすべての人の100も上にいる。何ものと言えども彼に比ぶべくもない。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-09-01 07:32 | 1883(24歳)

1883.09.13(Thu)

 私はスタンダールで、苦痛というものは理想化するとそれほど苦く見えないということを読んだ。最も正しい。私の苦痛をばどう理想化したものか? それは不可能である! 私の苦痛は実に苦くて実に平凡で、実にいとわしくて、この日記の中ですら、自分をひどく悩まさずには語ることも出来ない。時としては自分で聞いていてすら頭痛のするようなことをどうして言えよう? さて! 神のお旨はなされるように! この言葉は私から機械的に出たのであって、私はほとんどそう信じている。なぜと言うに、私は全く自然に、激しい苦痛もなく、自ら看取りながら、死ぬであろうから。
 私はそれを気にしない。と言うのは、私は目のことで悩まされて、この15日間というもの制作もしなければ、読書もしない。それだのに良くならない。私は動悸を感じたり、空を過ぎ行く漠としたものを感じたりしている。
 これは恐らく15日この方私が気管支炎にかかっていて、誰でも床につかないではいられそうもないのを、私は何でもない体のようにして出歩いたりしているからであろう。
 私はヂナの肖像に悲劇的な気分で働きすぎたから、髪の毛が白くなるかもしれない。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-09-01 07:30 | 1883(24歳)

1883.09.08(Sat)

 良き一日である。私はルイの肖像を仕上げた。
 私はヴェルサイユに行った。そうして夜は、元帥を訪問した後、クレエルと私とは、毎晩そうするように、客間の床に寝そべった。毎晩そうするように、芸術に関する話を交わす。しかし今夜は特別に本当の親密さがある。そうして私は何よりも私の絵のことを考えている。それは……詩趣に満ちたものになるであろう、……落ち着いた、静かな、単純な、深みのある。
 私は美しい用語の欠乏に困っているのではありません。まあ見ていましょう。
 私の新しい絵は偉大なものになるかも知れない……単純な、静かな。
[PR]
by bashkirtseff | 2010-09-01 07:26 | 1883(24歳)