<   2010年 08月 ( 24 )   > この月の画像一覧

1883.08.29(Wed)

 私はこの暑さにも関わらず始終咳をしている。そうして今日の午後は、モデルの休みの間、長いすの上で半ば眠りかけると、私は自分が寝ていて、自分のそばに大ろうそくが灯っているのを見た
 これはこうしたすべての凶事の結末であるのかもしれない。
 死ぬ? 私はそれが非常に怖い。
 だから私は死にたくない。それは恐ろしいことであろう。私は幸福な人たちはどうしているのか知らない。しかし私は神に何物も期待しなくなってから、かなりにかわいそうなものになっている。そのすぐれた隠れ家がなくなった上は、もう死ぬよりほかに仕方はない。神なしには、詩も、愛情も、天才も、恋も、野心もあり得ない。
 情熱は私たちを不安の中に、希望の中に、欲望の中に、思想の激烈さの中に投げ込む。人ははるか彼方にあるものを求める。感激と祈りをもって近づき得る神を求める。何事でも願えれば、何事でも語り得られる神を求める。私はあらゆる著名の人たちが、恋したり、非常に野心を燃やしたり、あるいは非常に不幸だったりした場合に、神に救いを求めたかどうかを告白してもらいたく思う。
 普通の生まれつきの者だったら、たとい利口であっても、学問があっても、神なしに平気でいられる。しかしひらめきを持っている者であったら、たとい彼らは、あらゆる学問に通謀していようとも、また、たとい彼らが理性からは疑っていようとも、彼らは情熱から信じることがあるはずである。少なくとも時折は。
 私には学問があるというわけではない。しかし私のあらゆる省察はこうした方面に向かっている。──すなわち、私たちが信じよう教えられている神は一つの創作である。ある宗派の、また他の宗派の神、そうした神について言うことはない。
 しかし天才ある人々の神、哲学者たちの神、私たちみたいにただ単に聡明な人間の神、その神が、もし私たちの言うことを聞いてくれないとするならば不公平である。もしまたその神が意地悪だとするならば、私にはその神のなすべきことが何であるか分からない。
 しかしもし神が存在しないとするならば、あらゆる国民の間に、またあらゆる時代において、至る所に神を崇拝しようとする必要はなぜあるだろうか? あらゆる人々の天性となっているこうした熱望に対して、また、私たちをして崇高な存在を、偉大なる主を、神を、探し求めるに至らしめるこの本能に対して、何一つ適応するものがないということが可能であろうか?
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:57 | 1883(24歳)

1883.08.27(Mon)

 私は「釣りを垂れる漁夫」をイスキアの福引きに出した。福引きの品物はセーズ街のプチ(小展覧会)に陳列される。漁夫もよく、水もよい。私はこれほど良く出来ていようとは思わなかった。ああ! 心境! ああ! 環境! 私たちは全く愚かである。芸術が何の役に立とう。群衆はそんなものはちっとも理解しない。それにあなたは群衆を愛しているのですか、あなたは? そうです。それは、更により以上の嘆賞を得るため、万人から理解されるような高名を欲しているからです。
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:53 | 1883(24歳)

1883.08.21(Tue)

 否、私は40になるまでは死なないだろう、マドモアゼル・コリニョンみたいに。35ぐらいになると、私は病身になる。36か7くらいになると、ひと冬床について、亡くなってしまう。私の遺言は! それはサン・マルソーとジュール・バスティアン・ルパージュとから、一つの塑像と一つの絵とを乞うだけにとどまる。──花で囲まれた、目立つ場所にある、パリのどこかの礼拝堂に置くように。そうして、毎日の忌日には、そこでヴェルヂ(当時有名なイタリアの作曲家)とベルゴレエズ(18世紀のイタリアの作曲家)のミサが歌われたり、その他の音楽が奏されたりする。年忌ごとに、永久に、もっとも有名な歌手たちによって歌われるのである。
 そのほか、私は芸術家に、──男たると女たるとを問わず、賞金を残すことにしよう。
 そんなことに心を労する代わりに、私は生きていたい。でも私には天才がないから、そうして死んでしまったほうがましだ。
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:51 | 1883(24歳)

1883.08.20(Mon)

 私は歌っている。月がアトリエの大窓から差し込んでいる。良い晩である。誰でも幸福になり得るはずである。そうだ、恋する機会さえあれば。誰を恋するのだろう?
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:49 | 1883(24歳)

1883.08.17(Fri)

 誰も私の臆病を信じていない。けれどもそれは極端な高慢によって説明される。
 私は自分から切り出すのは、怖くて、恐ろしくて、絶望である。人から言い出してもらわねばならぬ。無鉄砲な瞬間に、私は自分から切り出そうと決心する。それがかつて成功したためしがない。ほとんど常に遅すぎて、はずれてしまう。
 私は一つの絵を出品したいとか描きたいとか思っていることを言い出す前に、何度も何度も青くなったり赤くなったりする。人に笑われているようにもあり、自分は何にも知らないようにもあり、自分は差し出がましくこっけいなようにもある。
 人が(言うまでもなく芸術家であるが)私の絵を眺めているとき、私は3番目の部屋まで逃げていく。言葉をも、瞥見をも、私はそれほどまで恐れている。それでも、ロベール・フルリは、私がそれほどまで自信がないなぞとは思ってはいない。私が高慢らしく話すから、彼は、私が自ら高く持して、自ら大才を許していると信じている。従って、彼は私を励ましてくれることを必要とは思っていない。もし私が、自分の躊躇していることや自分の恐れていることを、彼に言ったとしても、彼は笑うであろう。私は彼に一度そのように言ったことがあった。彼はそれを冗談に取ってしまった。これは私が種をまいた恐るべき誤謬である。バスティアン・ルパージュは、私が彼を非常に畏敬していることを知っているようであり、また彼は自ら神なりと信じているようである。
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:48 | 1883(24歳)

1883.08.16(Thu)

「大きな不幸」と言ってはあるいは誇張になるかも知れない。しかし今起こったそれは多分、理性ある人たちによってすら、したたかに打たれた棍棒の一撃とも思われるような、まさしくそうした大きな不幸と見なされるであろう。……
 そうしてばかげている。……私のあらゆる不幸がそうであるように。
 私は最後の期限なる8月の20日に、3年ごとに開かれる展覧会に私の絵を送ろうとしてた。ところが、それは20日ではなく、今日の16日で、その期限は切れるのである。
 私は鼻に疼きを感じ、背中に痛みを感じ、両手が言うことをきかない。
 打ちのめされた後は誰でもこうであるに違いない。
 そうした後で、私は自分のあらゆる不幸を泣くため化粧部屋に身を隠す。──誰からも嫌疑をかけられない、唯一の、そうしてあまり英雄的でない場所に。
 もし私が自分の部屋に閉じこもっていたなら、そうした打撃の後にあっては、理由を察しられてしまう。私は目をつぶって、子供か野蛮人みたいに、唇をゆがめて、心から泣くために、身を隠すようなことをしたのは、これが初めてだと思う。……
 そうしてそれから? それから、私は目が平静通りになるまでアトリエにとどまる。
 私は一度母の両腕に抱かれて泣いたことがあった。そうして人と共に分ちた悲しみは、痛ましい屈辱であったから、それから幾カ月もの間、私はもう何人の前でも自分の心痛を泣いて見せることはしなくなった。怒って泣くとか、あるいはガンベッタの死を悼んで泣くのなら、何人の前でもかまわず泣ける。しかし自分の弱さを、自分の貧しさを、自分のみすぼらしさを、自分の屈辱を並べ立てるのであったら、断じて泣けない! もしそうすれば一時は慰められるとしても、他人に打ち明けたことを永久に悔いることになる。
 あなたにお話しした場所で泣き崩れながら、私は私のマドレーヌの目つきを発見した、──彼女はもう塚穴は見つめていないだろう。何にも見つめていないだろう。ちょうどさっきの私みたいに。人の泣いていたあとの、あの一杯に見開いた目。
 そうだ、そうだ、そうだ!
 神は不公平である。もし神があるならば、私は神の責任を誰に訴うべきだろう? 私が疑うと神は罰する。神は私に疑わせるようなことばかりする。そうして私が疑うと、私を打つ。そうして私がどこまでも信じたり祈ったりしようとすると、私に堪え忍ぶことを教えるように、さらに一層きつく私を打つ。
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:45 | 1883(24歳)

1883.08.12(Sun)

 バスティアン・ルパージュが来るということを考えると、私は仕事が手に付かなかったほどに、落ち着けなかった。こんなにまで動かされるとはおかしいようである。
 この法王は私たちと晩餐を共にした。……私たちは食卓で話し合った。バスティアン・ルパージュは極端に理知的である。しかしサン・マルソーほど絢爛ではない。
 私は何にも絵を見せなかった、何にも、何にも、何にも。私は、何にも言わなかった。すなわち、私は自分を発揮させなかった。バスティアン・ルパージュが興味ある会話を始めると、私は返事をするすべも知らなければ、彼の絵のように、引き締まって、磨き立てられたその言葉についていくことすら出来なかった。もしこれがジュリアンとであったら、私は返事をしたであろう。と言うのは、ジュリアンは、私には話をするに一番ふさわしい種類の相手だから。……彼は理知的で、何事をも理解し、学問さえもある。私は一種の無学を恐れていた。……
 本当に、私は自分の叡智または心情の美しい点を発揮させて答えなければならなかったも知れないような事柄を彼に言われた場合にも、彼に話させておくきりで、自分はどこまでもばかみたいになっていた。
 私は書き記すことすら出来ない。今日はこうした一日である。私はしどろもどろである。……
 一人きりでいたい、興味ありまた有益であるその印象をはっきりさせるために、たった一人きりになっていたい。彼が来て十分の後には、私は彼の影響を受けて精神的に降伏していた。
 言うべきことを私は何にも言わなかった。彼はいつも神であり、自らもそう信じている。私はこうした信条でさらに彼を築き上げた。彼は小柄で、俗人の目には醜く見えるだろう。しかし私には、また私の領分にいる人たちには、その首は魅惑に満ちている。彼は私を何と思っているだろうか? 私はぎこちなくて、笑いすぎた。……彼はサン・マルソーに嫉妬を感じると言った。……愉快な勝利!
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:40 | 1883(24歳)

1883.08.11(Sat)

 私はスタンダールの絵の歴史を読んでいる。理知的なこの人はいつも私と意見が一致する。けれども彼は余りに悪戯と創意を求めすぎるように私には思われる。
 私は、悲痛を描くには生理学を研究してかからねばならぬように言われると、痛ましい驚きを感じさせられた。
 どんな風にだろう?
 もし私が悲劇的表現を感じないなら、何の生理学が私にそれを感じさせ得るだろう? ……筋肉! ああ! 主よ!
 悲痛を生理学的に描くような画家だったら、そうして彼はそれを感じたのでもなく、理解したのでもなく、見た(ただ形の上で)のであるから、そうした画家だったら、冷たい、平凡な芸術家たるに過ぎないであろう。それはまるで、何のなにがしはある一定の規範に従って苦しんでいると言っているようなものである。
 まず第一に感じ、次いで、推理しなさい、もしそうしたいならば。解剖が印象を確証するはずはないとは言い切れない。しかしそれも純粋な好奇心からの穿鑿かも知れない。
 いかなる色で描くべきかを論理的にまた科学的に知るため、涙を分解して見るのはあなた方の自由です! 私は、私の涙の輝くのを見て自分の見た通りにそれを描く方を好む。なぜそれはこうであって、ああでないぞということを知ろうとは思わない。
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:36 | 1883(24歳)

1883.08.07(Tue)

 1週間たつと、私がサロンの絵を仕上げてから5カ月になると思うと、全く赤面してしまう。5カ月の間に私は何をしたか? まだ何にも。彫刻をいくらかしたことはした。でもそれは勘定に入れない。子供の絵はまだ仕上がらない。
 私は実に不幸である、……容易ならざる。N・Nがここで晩餐をした。そうしてルーヴルの彼のカタログを私に切り売りしながらほとんど一つ一つの絵の場所を話した。私は彼の気に入ろうとしてそれを研究して来たのである。彼はそう信じ込んで、私が彼と結婚するだろうと思っている。そんなことを考えるというのも、私が困っていると思っているに相違ない。それも恐らくは、私が堕落しているなぞと彼が信じているかどうか私にはよく分からないからであろう。
 彼が帰って行った後で、私は悲しくて気絶しそうだった。私は神に何をしたれば彼は私をばいつもぶつのだろう? この近代的なピュティファル(エジプト王朝の武官で、彼の妻は家来のジョゼフに家来の義務に悖らせようとむなしく焦った)は、何を考えているのだろう? 私は決して芸術よりほかのものは愛さないだろうということが、もし彼に納得されなかったとしたら、彼は何と考えるだろう? とは言え、恋愛結婚、そんなものは発見されるはずはない!
 では何でうめき、何で焦るのか? 普通の生活がみすぼらしく思われるのは何がそうするのか? それは私の内にあるある実在の力である。それは私の貧しい文学では言い表すすべを知らないある物である。
 絵のことや塑像のことを思うと、幾晩も寝られない晩が続く。決して美しい人のことを考えたからとて、そんなことはなかった。
 私はスタンダールを読んだ結果、今日の午前ラファエロを見にルーヴルへ行った。で、私はいくら試みてみても、私の見た目では、どうしても彼が好きになることは出来ない。私は初期(ルネッサンス前期)の素朴さの方がさらにずっと好きである。
 ラファエロはすさんでいて虚偽である。
 神聖、神聖! ……神聖、彼が神聖だろうか?
 神聖の特質は私たちを恍惚たらしめて、私たちの考えを天国へ移し運ぶところにある。
 ラファエロは私を疲らせる。
 それなら誰が神聖か? 私はそうした物を知らない。なぜスタンダールは、ラファエロは魂を描いていると言うのであろう? 彼の絵のうちのどれがそうだろう?
 そこに私の労苦して研究せねばならぬ驚異がある。
 私は素朴な、驚嘆すべき初期の芸術家が好きである。それには、かの貴重なるペルジーノ(ラファエロの師/底本:ペリュガン)がある! しかし科学と正確さとに満ちたる荒唐無稽なあの大仕掛けな物や、あるいはまたルーベンス(復古を称道したランマン派の画家)の肉の堆積などが、私に何のかかわりがあろう? でも私はそれに悩まされてしまう! カナの饗宴(パオロ・ヴェロネーゼ作)やラファエロの聖母を私はどうすることが出来よう? 神聖ではない、あんなものは! あの聖母は普通の人間である。そうしてあの子供は? 実際、私はイタリアにあるのを見直さねばあるまい。私のしまってある思い出は好ましくない。……椅子の聖母(マドンナ・デラ・セジオラ)は、気の利いたイタリアの美しい小間使いの一つの型である。ミケランジェロには、もっと神聖さがある。ラファエロ・サンティ。この貴重な名前を聞いてください。
 私は胸をつくような、感動させるような、動悸打たせておくか、でなかったら夢見させておくようなものでなかったら、描きたくない。要するにカザンのあっさりした小さい画布みたいに、心に鍵をかけるような何ものかを描きたいのである。大きさはほとんど問題でない。しかしもし大きな画布でそうした効果に至れるとしたら……それこそすてきであろう。でも、カザンを解する者が果たして幾人あるだろう?
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by bashkirtseff | 2010-08-11 19:34 | 1883(24歳)

1883.08.05(Sun)

 私とCとあるロマンがあったと言われる。私が結婚しないのはそれがためだと言われる。一角の嫁資を持っていながら、私がまだ伯爵夫人にも公爵夫人にもなってないのを見ると、世間ではそうとよりほかに訳が分からないのである。
 愚かな人たち! 幸いにもあなた方、選まれたわずかな人たち、卓越した人たち、親愛なる親交者なるあなた方は、私の日記を読むから、これをどう考えて良いか、分かってくださるでしょう。しかしあなた方が私の日記を読む頃には、私の話している人たちは皆恐らく死んでいるでしょう。そうしてCは、この騎士を思う一人の若い美しい乙女に愛されたいという甘美な確信を、墓の中へ持って行ってるでしょう。……愚かな人たち! ほかの人たちもそう信ずるであろう。愚かな人たち! しかしあなた方だけはそうでないことをよく知っている。恋故に小さい侯爵たちを退けるのは詩的かもしれない。でも、ああ、私は彼らを理性から退けるのである。
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by bashkirtseff | 2010-08-11 18:38 | 1883(24歳)