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1881.05.16(Mon)

 ジュリアンのところへ行って、長い間まじめな話をした。彼は私がロシアへ行くのは愚だと言った。──医者は南へ行けと言うのに、あなたは北へ行くのですか? 彼はこんな賢明なことを私に言って、私を感動させた。そうして彼は自分の利害で言っていると思われたくないので、私にパリを去って田舎へ行って、終日暖かいところで空気と日光に包まれて仕事をしたら良いだろうと言った。そうすれば夏は人物を配した大きな風景画が描けるし、冬はアトリエの中で仕事が出来るであろうし、するから全く違った2通りの絵を送ってよこすことが出来るわけだと言った。
 そうすれば私は誰の足跡をも歩まないで済むはずである。バスティアンの足跡も、ほかの人の足跡も。(それはあなたの歩む足跡ですよ、ブレスロオ。)私は自分自らに対して忠実でなければならぬ人間の1人である。要するに、ジュリアンは私のことを良く思ってくれて、良い忠告を与えてくれて、励ましの言葉を惜しまない。けれども彼は非常にまじめであるから、私は服従している。私はほとんど隠すところなく彼に話す。彼はそれが気に入っているように私には思われる。
 しかし良い絵を描くためには自分のことを注意するのが必要である! 私はそれを知っている。この人は明白な言葉で私がロシアへ行くことは家族の希望であるかも知れないが行かない方が良いと忠告した。「家族の方だって後では後悔なさるでしょう。」──彼は母が私を迎えに来た時に、彼女の感情を害するかも知れない危険を冒してそれを言いだした。もしそれが私の心を損なうとしたらばどうするつもりであろう! ああ! 私は有り難く思っていない。……けれども私は自分のことを注意せねばならぬ。私はアルヴァルへ行って、そこに5週間滞在しているうちには、7月になるだろう。それからフォンテーヌブロー(底本:「フォンテンブロオ」)の森で1カ月を過ごそうと思う。……否、6月の15日までパリに残っていて、それから1カ月をフォンテーヌブローで送って、時々仕事を見てもらいにパリへ出て、8月の20日頃パリに帰って、衣類の用意をして、9月1日にビアリッツへ行って、そこで1カ月ほど暮らして、ここに帰って自分のことを適当に注意しながらまた仕事を続けようと思う。
 ロシアなどは悪魔の方へ行ってしまえ!
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by bashkirtseff | 2009-05-28 19:31 | 1881(22歳)

1881.05.15(Sun)

 とにかく、簡単に言うと、私は家の人たちと一緒にロシアへ行くつもりである。もし1週間待ってくれるならば。賞品授与式の席に出ることは私には耐えられないであろう。それはジュリアン以外の人には誰にも分からない私の煩もんである。それ故に私はパリを去るのである。私は incognito〔人知れず〕に名医C…のところへ診てもらいに行った。私の耳はもう治らない。右の肺胸膜がずっと以前から冒されている。咽喉も非常に悪くなっている。これは私が彼に本当のことを言わねばならぬようにして尋ねて聞き出したのである。
 私はアルヴァルへ行って手当を受ける必要がある。ロシアから帰ったら私はそうしよう。それからビアリッツへ行こうと思う。田舎へ絵を持っていって、外気で描いていたならば、体に良いであろう。──私は怒って今これを書いている。
 しかしこの家のことを考えると泣きたくなる。一方で母は旅行を嫌がっている。私は母と行くのもいやであれば、また訳の分からない叔母と2人でここにとどまらねばならぬことも同様にいやである。
 また一方では、叔母は世界中に私たちだけ、否、私だけしか持たぬ身の上であるから、私が彼女と居残るのがいやだと思って苦しんでいるのを見て、胸を裂かれるような思いをしている。
 私の力は尽きてしまった。私は終日唇を食いしばって、涙を飲んで腰掛けている。のどが詰まって、耳が鳴って、骨が肉を破って出てきはしないかと思われるような心持ちである。気の毒な叔母は私が機嫌を良くして彼女に話しかけて、彼女と一緒にここに居残ろうと言い出すのを待っている。私はさっきも言ったように、もう力が尽きてしまって、何物をも信じなければ、何物をも可能と思わない。旅行しても良ければ旅行しなくても良いと思っている。けれども家の人たちはどのみちもう長くはいないであろう。その上、……いや、私は言いたくないが、……ブレスロオが賞牌をもらうだろうと思うと私は旅行したくなるのである。ああ! 私は何事にも不幸である。多分私は惨めな死に方をするだろう。私は未来を信じ、神を祈っているけれども。……ついに、世界中で1番耐えられない不決定の後に、出発は土曜日と定められた。
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by bashkirtseff | 2009-05-28 19:27 | 1881(22歳)