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1877.10.27(Sat)

 今日はたくさんの褒め言葉をもらいだした。
 ムッシュ・ロベール・フルリは私が驚くべき進歩をしつつあるということと、私が実際に異常な才能を持っているということを話して、彼の満足と驚きを私に示した。
 ──あなたぐらいわずかなけいこでこれほどうまく描ける人はたんとはありません。この絵は大層よろしい。あなたとしては大層よろしい。私はお勧めしますから、マドモアゼル、うんと勉強しなさい。あなたは勉強なされば相当によいものが出来るようになるでしょう。
 相当によいもの、というのが決まり文句である。
 私は彼が、勉強をしている人はたくさんあるけれども、これほどは出来ないと言ったことをば信じる。けれどもそれをそれほどお世辞混じりの文句で言ったようには思わない。
 私はピンチオを見失った。その気の毒な動物は自分がどうなるかということも知らないで、いつも私に連れられて行ってたアトリエへ先回りして待っていた。ピンチオは小さいローマ種のオオカミ犬で雪のように白く、耳が真っすぐに立って、目と鼻はインクのように黒い。私は小さい巻き毛の白い犬は嫌いである。ピンチオは巻き毛ではない。そうして異常にきゃしゃな、岩の間のヤギのような姿勢をしているので、彼を見て褒めない人に出会ったことがない。
 ピンチオはロザリが内気である程度に利口である。ロザリは彼女の姉の結婚式に行っていた。彼女はけさ私をアトリエまで見送ってから出掛けた。
 ──ですがね、ロザリ、母様が彼女に言った、おまえさんはマドモアゼルを一人きりアトリエに残してきたのかい?
 ──いいえ、マダム、ピンチオがマドモアゼルにはついていました。
 私はロザリが全く大まじめでそう言っただろうと思う。けれども私は小さな気違いであるから、私の保護者を見失ってしまったのである。
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by bashkirtseff | 2007-10-27 10:23 | 1877(18歳)

1877.10.24(Wed)

 今夜は若い婦人がモデルに立った。どちらかというと美しい女であった。
 ムッシュ・ロベール・フルリは昨夜アトリエに来て、私は良い学生の一人であるのに、勉強を休んだりするのは良くない、と言った。それをムッシュ・ジュリアンがややお世辞混じりの調子で私に伝えた。
 私の欠席がロベール・フルリのごとき教授に注意されるということが、すでに私にはお世辞にも感じられるのである。
 それにしても! 4年前から私は勉強を始めていれば良かった! と……いつも私はそのことばかり考えている。
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by bashkirtseff | 2007-10-27 10:20 | 1877(18歳)

1877.10.22(Mon)

 今日のモデルは醜い男であったから、みんなして描くのを拒んだ。私は Beaux Arts 〔美術院/ボオ ザアル〕に陳列してあるローマ賞を見に行こうと言い出した。半分は歩いて行った。ブレスロオと、マダム・シモニイドと、ジラアルと、私だけは馬車で出掛けた。
 展覧会は昨日閉じられてあった。私たちは河岸を少し散歩して、古本や版画を見たり、美術のことを話し合ったりした。それからほろを割ったフィアクル〔つじ馬車〕でボアへ行った。あなたにはお分かりになりませんか? 私は何にも言わなかった。言うと彼らの興味をそぐことになるだろうと思ったから。彼らはみんな快活で、作法が良く、お互いに打ち解けるようになりかけていた。
 要するに、すべてがはなはだ良くいっていた。そのとき偶然にも私の家族の人たちの乗っているランドーが私たちのフィアクルの後からついてきた。
 私は御者に先に立たないようにと合図をした。家の人たちは私を見た。そうして私はそれに気がついていた。けれども私の絵描き友達の前で彼らに声をかける気にはなれなかった。私はずきんをかぶって、髪は乱れていて、ぶざまな様子をしていた。家族の人たちは怒って、それよりも悪いことには私のために恥ずかしがっていた。
 全く当惑した。……実際、不愉快な出来事であった。
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by bashkirtseff | 2007-10-27 10:19 | 1877(18歳)

1877.10.20(Sat)

 ブレスロオはロベール・フルリから何度も褒められた。私は褒められなかった。裸体習作は良くできたが、首が悪かった。私はいつになったら本当によく描けるようになるだろうかと恐怖の心で、自分で自分に問うてみる。
 私が勉強を始めてから、もちろん2日の日曜日をば除いて、今日で15日になる。15日!
 ブレスロオはもう2年間アトリエで勉強している。そうして彼女は20歳である。私は17である。けれどもブレスロオはここに来るまでにも長い間勉強をしていた。
 それに私は! 哀れではないか?
 私はわずかに2週間きり勉強していないのである。……
 ブレスロオが良く描くのは当たり前だ!
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by bashkirtseff | 2007-10-14 21:15 | 1877(18歳)

1877.10.18(Thu)

 私の今日の裸体習作はジュリアンを非常に満足させて、初歩者としては驚くべき、異常な出来だと言われた。実際、それは驚くべきほどでないとしても、少なくとも構図はうまくいって、胴体も悪くなく、線は初歩者としては殊によく描けた。
 生徒たちが皆立ち上がって私の絵を見に来た。私は髪の根元まで赤くなった。
 私はどんなにうれしかっただろう!
 昨夜の裸体習作は非常にまずくて、ムッシュ・ジュリアンに描き直せと言われていた。それを良く描こうとしているうちに、今夜は描き壊してしまった。手入れをしない前の方が良かった。
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by bashkirtseff | 2007-10-14 21:11 | 1877(18歳)

1877.10.16(Tue)

 ムッシュ・ロベール・フルリが午後来て私に特別の注意を与えてくれた。
 私はいつものように午前は9時から12時半までアトリエに入っていた。朝は8時に来たいと思うけれども、私にはどうしても出来ない。
 昼食は外に食べに行って、1時20分に帰ってきて、夕方の5時までいて、夜は8時から10時までまたアトリエに来る。それで1日9時間になる。
 これだけで私は少しも疲れるということはない。もしいま少し出来るなら、私はまだ勉強の時間を増したいと思う。ある人はこれを仕事という。けれども私にはこれは遊びである。私は自慢でなしにそう言い得る。1日9時間の仕事はわずかなものである。そうしてシャンゼリゼからリュ・ヴィヴィエンヌまでは大変に遠いから、また夜私の同伴者になってくれる人がないということもあるので、それを毎日続けることが出来るだろうかとも思われる。私は10時半でないと家へ帰り着かないし、寝る前に夜が更けてしまうしするから、次の日は1時間ずつ遅れることになる。その上毎日8時から10時までと1時から5時まで出ているとすれば、8時間きり仕事は出来ないことになるであろう。
 冬になると4時には暗くなるだろう。だからどうしても夜もアトリエに通わねばならぬ。
 私たちは朝はいつもクーペ〔乗合馬車〕で出掛け、そのほかの時刻にはランドー〔4輪馬車〕で来る。
 あなたにはお分かりでしょうが、私は1年の間に3年分の仕事をせねばならぬ。私は急速の進歩をしているから、この3年分の仕事を1年ですることになれば、普通の人の6年分にはなれるはずである。
 こんなことを言っていると、ほかの人なら2年かかることを彼女は6カ月でするだろう、と言うばか者のように見えるかもしれない。けれどもそう見るのは大違いである。
 それは時間の問題ではない。もしそうだとすれば、それほどの年月をかけて出来ないことは何にもないだろう。言うまでもなく忍耐さえあれば人は誰でもある程度までは成功しうる。けれども私が1年もしくは2年の終わりに成し遂げることをば、オランダの娘は決して成し遂げないであろう。私は文章の誤謬(ごびゅう)を直しかけると、混乱して、いらいらしてくる。それはいつまでたっても私の文章を完成しうる時がないからである。
 要するに、もし私が6年前始めていたならば、1日6時間で満足していられるであろう。けれどもそんなわけであるから、9時間、10時間、ないし12時間、出来る限りの多くの時間を必要とするのである。もちろん仮に私が3年前に始めていたとしても、私は出来るだけ多くの時間をかけて勉強していたに相違ない。しかし、過ぎたことは過ぎたことである! ……
 ゴルヂジアニは毎日12時間ずつ勉強していると私に話した。
 24時間の中から睡眠に7時間を取り、着物を脱いだり、着たり、お祈りをしたり、時々手を洗ったり、髪の手入れをしたりするのに2時間を取り、食事と休息に2時間を取れば、11時間取ることになる。
 そうすると残りは13時間ある。
 けれども私のは往復に1時間と4分の1かかる。
 それで私はほとんど3時間を失っている。
 私は家で仕事をしたなら時間を失わないで済むだろう。けれども……けれども、見たいものがあったり、散歩があったり、芝居があったりしたら?
 私たちはそれを皆避けねばならぬ。それは私を悩ますのみであるから。
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by bashkirtseff | 2007-10-14 21:08 | 1877(18歳)

1877.10.15(Mon)

 今週の私たちのモデルは次のごとく決まった。
 午前は、11歳の娘の首、髪の毛が研ぎたての銅色をしていて非常に面白い首。
 午後は、ペルシキニとかいう男の裸体習作。
 夜は、──今一人の男の着物を取ったモデル。──今夜が夜の組の始まりで、これは8時から10時までである。
 ムッシュ・ジュリアンは私が夜の組に来ているのを見て全く驚いていた。夜彼は私たちと一緒に仕事をした。私は非常に面白かった。学生は政治のことなどを冗談にして話した。
 その日の出来事がすぐにも鋭い皮肉にされてしまう。けれども彼は自分の意見を述べようともしないから、私は彼のために Marseillaise 〔フランス国歌/マルセイエーズ(底本:「マルセイエズ」)〕を弾いた。
 今夜は幾人来ていたかしら? 私と、ポーランドの娘と、フィランメエと、一人のフランス娘とアメリ(エスパアニュの娘)と、一人のアメリカの娘と、そうして先生とであった。
 ヂナも来ていた。非常に面白かった。光線がうまい具合にモデルの上に落ちて、陰影が極めて単純であった!
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by bashkirtseff | 2007-10-14 20:59 | 1877(18歳)

日付なし

 私はついでに成功の話をおしまいまでしてしまおう。
 ──どうです、マドモアゼル? ジュリアンが夕方私の前に立って両手を組み合わせながら言った。
 私は何だか怖いような気持ちになって、顔を赤らめ、何のことだかを聞き返した。
 ──いや、感心ですな。あなたは土曜日も夜まで勉強なさる。ほかの人はみんな休んでいるのに。
 ──ええ、そうですわ! ムッシュ、私はほかにすることがないのですもの。何かしないではいられないのですもの。
 ──結構です。あなたはムッシュ・ロベール・フルリが大層感心していたことを知っていますか?
 ──ええ、あの方がご自分でそうおっしゃいました。
 ──気の毒なロベール・フルリ、彼はまだどうも良くないのです。
 そう言って先生は私たちの間に腰掛けて話しだした。それはめったにないことなので、……私たちはその厚意をどのくらいに値踏みすればよいかということを知っていた。
 ロベール・フルリは帰る前に私たちの善良なジュリアンと話をしていた。それで私はまだ何か聞きたいと思った。もちろん褒められたことが聞きたかったのである。
 それで私は先生のところへ行った。そのとき彼は別室でけいこを始めているある小さいブロンドの娘の絵を直して来ていた。
 ──ムッシュ・ジュリアン、……どうぞ私にムッシュ・ロベール・フルリのおっしゃったことを話してください。……私は何にも出来ないとは自分でも良く知っております。けれどもあの方は……私の始め方について批評していらしたでしょう。それでもし……
 ──もしそれを聞いたら、マドモアゼル、あなたは赤い顔をしなければなりませんよ。
 ──大丈夫ですわ、ムッシュ、どんなことをおっしゃっても私は……
 ──ロベール・フルリはあなたが利巧な描き方をすると言っていました。それで……
 ──あの方は私がこれまで描いたことがなかったと言っても、信じてくださらないのです。
 ──そうです。私と話している時でもまだそう思っていたようです。だから私はあなたが天使長(アルカンフゼロ)首を描きだした時に、2度も描き直させたのだと言ってやりました。覚えておいででしょう、あなたはまるで何にも描き方を知らない人のようでしたね。
 ──ええ、ムッシュ。
 そう言って私たちは笑った。ああ! 実に愉快である!
 驚きとか、励ましとか、不信とかと共に、そういった愉快なことも皆終わって、また仕事が始まるのである。
 マダム・D…が私たちのところで食事をした。私は静かにして、口を利かないで、ほとんど愛想良いところがなかった。私は今絵のことよりほかに何にも考えを持っていない。
 これを書きながら私は中止した。これからしようと思う仕事のことや、時間のことや、忍耐のことや、困難のことなどを考えて。……
 偉大なる画家になることは、口で言うほど容易なことではない。仮に天才があるとしても、その上にまだ無慈悲な、機械的な労力が必要である。……すると、一つの声がうちから私にささやく。お前は時間とか困難とかいう物はそれほどに感じないだろう、お前は不意に成功に達するだろう!
 私はその声を信じる。その声はこれまで私を欺いたことがなかったから。そうしてその声はいつも私に不幸を警告してくれたから、今度も私を欺くことはないだろうと思われる。私はそれを聞きながら、それを信じることが正当だと感じた。
 私は Prix de Rome 〔ローマ賞〕が取れるだろう!
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by bashkirtseff | 2007-10-14 20:57 | 1877(18歳)