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1877.09.10(Mon)

 私たちは昨日の朝出発した。
 私はシュランゲンバードが好きである。森が見事であって、空気が香気に満ちている。あなたは一人でもいたいと思えばいられます。私はあらゆる小道を知り尽くしました。もしあなたがシュランゲンバードに満足することが出来るならば、あなたは幸福になれます。
 母や叔母には私の言うことは分からない。私がローマへ行きたいと言うと、母たちはただピンチオとか、オペラとかへ行ったり、絵のけいこに通ったりすることのみだと思っている。仮に私が全生涯を費やして母たちに私の熱情を説明したなら、あるいは私の言うことが分かるようになるかも知れない。けれども……毎日の生活の小さな煩わしさのために、彼らは心を奪われ尽くしている。……そうして、皆そんなことが好きなのは、生まれつきだと言う。もしそうでなかったら、人はいかに知的であっても、いかに教養があっても、決して理解するということは出来ないはずである。しかしおろかなのはむしろ私の方ではあるまいか?
 私は運命論者(ファタリスト)でありたい。
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by bashkirtseff | 2007-06-23 14:10 | 1877(18歳)

1877.09.09(Sun)

 今日私は泣いた。私の気ままな生活の始まりは痛ましい。神は私に道を誤らせないように導いてください。私は不幸です! これまで私は幾たびも自分が運命から罰せられているように思おうとしたことがあった。そうしてそのたびにいつもその恐ろしい考えに反抗した。……
 Nunquam anathematis vincula exuenda ! 〔決して破門のいましめは解き放せない!〕
 世間には何事にも成功する人と、何事にも成功しない人がある。そうしてこの真理を否定して言わるべきことは一つもない。それがまさしく恐ろしい点である!
 過去3年間私は一生懸命に仕事をすることが出来た。けれども13の年に私は公爵H…の幻影を追っていた。痛ましいことであった。けれども私は自覚して自分の時を浪費したのではなかったから自分をとがめることはしない。私はそれを悔いているけれども、自分を非難することをばしない。もちろん私の無知から来たことではあったけれども境遇が私の自由意思と結合して、絶えず私を苦しめていた。それからまた熱情が苦しめていた。それを私は40年もかかって得た懐疑心か何ぞとはき違えていた。すべてこういったようなもののために私は人には想像もつかないほど、あちらこちらへつつき回されていた。
 他の人なら同様の境遇にいると、本質的の助力を見いだし得て、ローマとかその他の場所とかで、仕事をすることが出来たり、あるいは良い結婚をしていたかも知れない。けれども私にはそんなことは何にも生じなかった。
 私は自分だけの生き方で生きてきたことを悔いてはいない。私は忠告というものが私にとっては何らの用をなさないこと知っているから、もし悔いるとすれば、それこそおかしいのである。私はただ自分の感じていることを信じるのみである。
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by bashkirtseff | 2007-06-23 14:08 | 1877(18歳)

1877.09.06(Thu)

 パリに住もう。これが私の決心したことである。母もまたそう決心している。今日は一日母と一緒に暮らした。私たちはどちらからもけんかを仕掛けなかった。母が、ことに夕方になって、加減さえ悪くなければ、何もかもうまくいくのである。母は昨日やっと寝床を離れた。
 私はパリへ行って、そこで勉強をして、夏になったらば、休養のためにそこから海水浴場へ行きたいと思っている。私の空想は皆尽きてしまった。ロシアは私を失望させた。私はすっかり懲りている。私にはついに踏みとどまる時が来たように感じられる。私の能力を持ってすれば、2年たてばこの失われた時を取り返すことが出来るだろうと思われる。
 だから天上の父と、その子と、精霊の名において、そうあって欲しい。そうして神の守護が私に与えられるように祈る。これはこれまでの多くの決心のごとく、果敢ないものではなく、決定的なものである。

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by bashkirtseff | 2007-06-23 14:04 | 1877(18歳)

1877.09.02(Sun)

 自由な人ならばヴィイスバアデンなどでどうして一日だって過ごされよう?
 けれども私たちは、世界中で一番笑うべき人たちが、一番教養ある人たちの負けたのを喜んでいるのを見るためにそこへ行ったようなものである。
 私は眠たいから時々黒いカフェを飲んだ。
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by bashkirtseff | 2007-06-23 14:03 | 1877(18歳)

1877.09.01(Sat)

 私は教えてくれる人がないので、ほとんど一人きりで考えたり、読んだりしている。これはあるいは良いことであるかも知れない。また悪いことであるかも知れない。
 私は間違った思考で頭がいっぱいになっていると誰が言いうるものがあろうか? これは私の死んだ後でなければ決められない問題である。
 ゆるし、ゆるす。この名詞と動詞は世界で広く用いられている。キリスト教が私たちにゆるしを命ずる。
 ゆるしとは何だろう?
 それは復讐もしくは刑罰の放棄である。しかしながら私たちが復讐する意思もなく、刑罰を与える意思もない時に、ゆるすということがありうるであろうか? ありうるとも言える、またあり得ないとも言える。
 あり得ると言えるのは、私たちがゆるしたことがあるのを自らにも人にも誓いうるからである。そうして罪というものが存在しなかったかのごとくに私たちが行動しているからである。
 あり得ないと言えるのは、私たちは私たちの記憶の所有者でないからである。そうして記憶している範囲において私たちはゆるしたことがないからである。
 今日は一日家族の人たちと一緒になって、私の手でヂナのロシア革の上靴を繕ってやった。それから女中のするように大きな木製のテーブルを洗って、その上でヴァレニキ(小麦粉と水と新鮮な乾酪でこね合わせた食物)をこしらえた。内の人たちは私が両腕をまくり上げて、「ファウストのように」頭に黒いビロードのずきんをかぶって、粉をこねているのを見て喜んだ。
 それから私は白いインドゴムの色をしたロベスピエール(底本:「ロベスピエル」)型の外とうを着て、ヂナを連れてあのいかさま物ばかりを売っているチロルの女を脅かしに行った。
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by bashkirtseff | 2007-06-23 14:02 | 1877(18歳)