カテゴリ:1874(15歳)( 27 )

日付なし

 私は絵画を、彫刻を、つまり美術を、どこでもそれの見いだされるところで尊敬する。私は毎日終日でも画廊で暮らすことが出来る。けれども叔母がまだ本当に良くなっていないので、私と一緒に見て歩くことができないから、私は自分を犠牲にする。その上、人生はまだ私の前にある。私は後になってからでも見るときはいくらもあるだろう。
 パラッツォ・ピチでは模写するような特殊の服装は一つも見いださなかった。けれども何という美しさだろう! 何という色彩だろう! ……
 こう言わねばならないだろうか? いや、私はそうは言わない。……人は皆叫ぶだろう、御用だ! 御用だ! と。──さあ、内証にですよ。実はラファエル(1483-1520)の「いすにかけたる処女(聖母)」は私を喜ばさない。処女の顔が青ざめて、その着色が不自然で、キリストの母なる神聖な処女の顔と言うよりはむしろ女中に似ている。……おお! ……けれどもティツィアーノ(1477-1567/(底本:「チチアン」))の「マドレエヌ(マグダラ)」は私を魅した。しかし──いつもしかしが出てくるが──その手首が太く、手が膨らんでいて50女のような手をしている。それからルーベンス(1577-1640/(底本:「ルウベンス」)やヴァン・ダイク(1599-1641)の美しい絵がある。サルヴァトーレ・ローサ(1615-1673/(底本:「サルヴァトル・ロサ」)の「寓話(ぐうわ)」は非常に自然で非常に良い。私は一鑑賞家として言うのではないが、一番よく自然に似ているものが一番よく喜ばせる。絵画は自然を模倣する以外に目的があるだろうか?
 私はパオロ・ヴェロネーゼ(ヴェネチア派の最後の画家、1528-1588/(底本:「ヴェロネエゼ」)の描いた彼の妻の太った美しい顔が非常に好きである。あの顔の型が好きである。私はティツィアーノとヴァン・ダイクを尊敬する。しかしあの気の毒なラファエルは! ……もし私の描いているものを誰も知らなかったら! 私をばかだと人は思うかも知れぬ。私はラファエルを批評するのではない。なぜと言うに、私にはラファエルを理解することが出来ないから。もちろんついには私もラファエルの美を理解するようになるだろう。しかし、そうは言うもののさすがに法王レオン……第何世かははっきりしないが、たしか10世であったと思う……の肖像は賞賛すべきものだと思う。
 私はムリリョ(イスパニアの宗教画家、1618-1682)の「聖母と幼きキリスト」の絵に注意を引かれた。それは新鮮であり自然である。
 画廊は私の思ったよりも小さかったので、非常に喜ばしく思った。あのクレータの迷宮(怪物ミノタウロス(底本:「ミノタウル」)をつなぐためにクレータ島に作られた迷宮/(底本:「クレエタ」)よりも恐ろしい迷宮とも言うべき限りなき大回廊はいたずらに人を悩ますばかりである。
 私はパラッツォ・ピチでちょっとの間も腰をかけないで2時間を過ごしたが、それで少しも疲れなかった! ……好きなものは疲れないからである。絵画さえ見ていれば、それに彫像までも見ていられれば、私は鉄で出来た人間のようである。私はもしルーブル(底本:「ルウブル」)の店とかボンマルシェ(パリの中で安物店の多い町/(底本:「ボンマルセエ」)の店とか、またはウォース(底本:「ウォオス」/#Worth?)の店とかを見て歩くことになると、1時間の4分の3もたてば、きっと泣きだすに相違ないと思う。
 今度の旅行ほど私に満足を与えたものはなかった。私は見る価値のあるものを限りなく見いだした。私はあの陰鬱(いんうつ)なストロッツィの宮殿をも尊敬する。あの広大な扉と、あの見事な内庭と、あの回廊と、あの柱廊を尊敬する。皆壮麗で、偉大で、美観である! ……ああ! 世界は退化しつつある。私たちの近代の建物を、あの大きな石を畳んで天まで達するほどに積み重ねた建築と比較すると、誰でも地の中にはい込みたくなるだろう。人は高大な高さで宮殿と続いている橋の下を皆通るのである。……
 おお、私の子どもよ、表現をば慎みなさい。さて、ローマについては、あなたはどう思いますか!
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by bashkirtseff | 2004-12-18 23:22 | 1874(15歳)

1874.09.13(Mon)

 私は私の考えをまとめたく思う。言いたいことが多ければ多いだけ私は書けない。……それは、言いたいことが多くなると私は性急になり、興奮して来るからだ。
 私たちは馬車に乗って町中を駆けらせてみた。おお! 私はどんなにあの薄暗い家々、あの回廊、あの円柱、あのどっしりした壮大な建築を愛するでしょう! フランスやロシアやイギリスの建築家たちよ、おまえたちは恥じ入って地の中にもぐり込むがよい! おまえたちパリの安物の宮殿たちよ、おまえたちは地の底にはい込むがよい。どれもイタリアの壮大に及ぶものはない。私は目を大きく見張ってパラッツォ・ピチ(昔の王宮)の大きな石を見た! ……町は汚く汚れている。けれども何という美がそこにあることだろう! おお、ダンテの町、メディチ家(昔フロランスを領していた家族/(底本:「メヂチ」))の町、サヴォナローラ(政治宗教の改革者、1452-1498/(底本:「サヴォナロラ」)の町よ! おまえは、考える人、感じる人、知る人にとって、どれだけ見事な記念になるもので満たされていることだろう! 何という傑作だろう! 何という廃跡だろう! おお、分からず屋の国王、おお、せめて私が女王であったならば! ……
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by bashkirtseff | 2004-12-18 22:19 | 1874(15歳)

1874.09.12(Sun)

 今夜はフロランスに来ている。町は適度の広さらしい。しかし生命に満ちている。どこの隅に行っても薄く切ったスイカを売っている。私はその新鮮な、赤いスイカの薄切れにひどく心を引かれた。私たちは窓から四つつじとアルノ川を眺めている。私は祭礼のプログラムを尋ねた。すると、今日から始まったのだということであった。私は、私の親愛なるヴィクトル・エマニュエル(第2世、イタリア王、1820-1878(底本:「エマヌエル」))はこの良い機会──ミケランジェロ・ブオナロッティ(底本:「ブオナロッチ」)の百年祭(四度目の百年祭)! をばいかに利用すべきかは知っているだろうと思った。あなたの統治中のことではありませんか、分からず屋さん!!! それにあなたは各国の主権者たちを招いて前代未聞の祭礼を催すというようなことをなさるのでもありません! またあなたはにぎわいをさせるというのでもありません!!! おお、国王、あなたの息子、あなたの孫、そのまた息子たちが、あなたの後を継いで統治するでしょう。けれども、誰にもこういう機会は与えられないでしょう。おお、粗大な肉の塊よ! おお、野心もなければ適度な愛もない国王よ! 会合はあらゆる種類のものが行われる。音楽会、装飾灯、以前のボルゲーゼ家(底本:「ボルゲエズ」)の宮殿であったカジノ(娯楽場/(底本:「カシノ」)の舞踏会、など。……けれども国王は一人も見えない! 私の好きな望ましいものは一つもない! ……
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by bashkirtseff | 2004-12-18 22:00 | 1874(15歳)

日付なし

 私は幽霊のように黙って青ざめて、プロムナードのあたりに散らかっている思い出の数々を集めながら散歩する。ニースは私に取ってはプロムナード・デ・ザングレだけである。どの家にも、どの木にも、どの電柱にも、愉快な、不愉快な、懐かしい、懐かしくない、さまざまの思い出が付きまとっている。私は例えばスパ(ベルギー(底本:「ベルギイ」)のドイツに近き中間の町)とか、オステンド(ベルギーの北海に面した町/(底本:「オスタンド」)とか、あるいはロンドンとかから帰って来たような気持ちである。何を見ても皆以前の通りである。新しい家具に特有な木のにおいさえ残っている。
 私は自分の部屋に入って帝政時代の優美な髪に結って、白いローブを着た。肖像画のローブである。それは彫像のような大きなローブで、両袖をひざの上までくくりあげて、胸はあらわに露出しており、後ろは少しばかり、首の付け根が大きな幅広のバランシエンヌ(精巧な一種のレース/(底本:「ヴァランシェンヌ」)と共に見えるようになっている。着物は緩く、腰のところをば一筋のリボンで締め、胸をば二筋のリボンを縫い合わせて締め、前で一つの結び目になっている。手袋もはめねば、宝石もつけない。私は自分で魅せられた。白い毛織りの下から出た私の白い白い腕。おお! その白さ! ……私はきれいである。私は生き生きしている。おお! 私は本当に今ニースにいるのであろうか?
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by bashkirtseff | 2004-12-05 16:26 | 1874(15歳)

1874.09.10(Fri) (フロランスへの旅)

 昨夜は蚊に十度も覚まされた。今朝起きると顔が少し青ざめていたが、それでも気持ちは良かった。ああ! イギリス人は Home(家)という言葉によって彼らの意味するものをよく知っている。家はどんな風の家であるとしても、世界中で一番楽しいところである。これは住み心地とか、富とかにはよらないものである。なぜと言うに、私たちの家をご覧なさい。何もかもあべこべで、家具一つ満足なものはなく、どこを見ても無秩序と不注意だらけである。けれども私は満足を感じています。それは私が私の家にいるからである。私が私の家にいるからである! ……
 私は着物のことなどは考えない。私は満足しているから。おお、ニース、私はお前に会ってこれほどうれしかろうとは思わなかった! もし誰かがマルセイユを立って以来私がのろい通していたのを聞いたならば、私はニースが嫌いだと思ったかも知れない。好きな物や人を悪く言うのは私の持ち前である。
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by bashkirtseff | 2004-12-05 16:05 | 1874(15歳)

日付なし

 ここぞ私のあこがれていた地中海である! あの黒い木立! 月の光は今海原遠く輝いている。
 完全な静けさ。グランド・オテルの私の窓からおかしいほど小さく見えていた人の動きめもなければ、馬車の音もしない。休息と、沈黙と、半ば月に照らされた闇と。ただともしびと言っては二つ三つ駆けっこをしているようなのが見えるばかりである。
 私は自分の部屋へ、それから化粧部屋へ入って行き、窓を開けてシャトー(城/(底本:「シャトオ」)を見ると、いつも変わらぬ眺めである。時計が鳴った。何時だかわからないが、なんだか物悲しくなった!
 ああ! 今年はため息の年と呼ぼうか! 私は少し疲れている。でもニースは好きだ! ……私はニースが好きである!
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by bashkirtseff | 2004-12-05 15:27 | 1874(15歳)

1874.09.09(Thu)

 私たちはマルセイユにいる。金がまだ着かない。叔母が私をあまり待たせたくないのでダイヤモンドを質に入れに行った。私はだんだんと私の町なるニースへ近づいて来るように思われる。ニースはなんと言っても私の町である。フロランスならば私の物を皆持って行ったらば住みよいであろう。私は着物と帽子にブラッシュをかけさせて、町を散歩しようと思って叔母の帰りを待っている。
 ある停車場で私は小説を一つ買った。けれども大層まずく書いてあるので窓から投げ捨てた。すでに十分悪くなっている私の文体を損なうことを恐れたからであった。それで今私はエロドオト(ヘロドトス/#古代ギリシャの歴史家、『歴史』の著者)に帰ってそれを読みかけている。
 ああ! 面白いことになった! 気の毒な叔母! 私は彼女の前にひざまずいた。どんなところへ彼女は行ったのだろう? どんな人に会って来たと思います! それも皆私のために! 彼女はモン・ド・ピエテ(質屋)はどこにあるかと御者に聞くのを恥じて、ダイヤモンドを預かるところはどこにあるかと聞いた。私たちはそのダイヤモンドを預かるところが面白いと言って笑った。午後1時に私たちはこの嫌なにおいのする町を立つことになった。
 アンティーブ(ニースに近き海岸の町/(底本:「アンチイブ」)から先は、私はニースの歌ばかり歌っていた。それを見て鉄道の従業員たちが非常に驚いていた。近くなればなるほど、私たちの性急な心はますます激しくなった。
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by bashkirtseff | 2004-12-05 15:20 | 1874(15歳)

日付なし

 何よりも私を悩ますものが一つある。こういう不幸の連続によって引き起こされる悲しみほど、私のすべての計画をくじくものはない。こう言っても理解されるかどうか分からないが、──私がいつまでもきれいにしておきたく思う白い上着に汚れが付くのを見ることは、単に私自身のためばかりでなくても苦しい思いである。
 私の心臓は少しでも悩みのあるごとに、私故でなく、れんびんの心から、委縮してしまう。なぜと言うに、悩みはすべて水のかめにインクの滴りが落ちたようなものであるから。それは消すことができないばかりでなく、前のものに付け加えて、水のかめをねずみ色に、黒色に汚してしまう。後から水をいくら差しても、その水は根本からはいつまでも澄まないであろう。思い出すたびに、新しい汚れが私の生活の上に、私の心の上に残されるたびに、私の心臓は萎縮する。私たちはどんな小さいことでも、取り返しのつかないものに対しては限りなき悲しみを感じる。
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by bashkirtseff | 2004-12-05 14:26 | 1874(15歳)

日付なし

 私はまだ誰に対しても害を加えたことはないけれども、人にそしられたり、怒らされたり、侮辱されたりしたことはある! どうして私に人を愛することが出来ようか! 私は人が嫌いである。けれども神は憎しみを許さない。神は私を見捨てるのである。私を試みるのである。神は私がどんな風に振る舞うかを見ていらっしゃる。神は私がヨブ記(#旧約聖書の中の一書、ヨブがサタンによって不幸の底に落とされる姿を描いて、人間の苦しみの意味を問う。)の中のあのひきょう者みたいに、主の御前で泣いて彼をだましたりするような態度で、ひきょうな偽善によって苦痛を隠したりすることをしないのを見ていらっしゃるはずである。
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by bashkirtseff | 2004-12-05 14:21 | 1874(15歳)

1874.09.06(Mon)

 こんなに押し付けられたような、絶えず苦しい状態にはあるけれども、私は人生をのろいはしない。反対に、私は人生を愛している。人生をよく思っている。あなたは信じてくださるだろうか? 私は、すべてのものを、いや、涙や苦しみまでも、良い楽しいものに思っている。私は泣くのも好きであり、失望するのも好きであり、悲しい哀れな心持ちになるのも好きである。私はそういった心持ちをすべて慰みと同じに見なしている。そうして、そういった心持ちでありながらも、私は人生を愛している。私は生きたく思う。こんなに心を尽くしているのに私を死なしたりすることがあったらそれは残酷である。私は泣いたり、嘆いたりしながら、同時に心を楽しませる。いや、そうでもない。……私にはなんと言って言い表してよいかわからない。……つまり、人生のあらゆるものが私を楽しませる。あらゆるものが愉快に思われる。幸福を求めていると、哀れな状態になりながらも幸福な気持ちになる。そうなるのはただし私ではない。私の体は泣いたり叫んだりする。けれども私の中にある私以上の何者かが、あらゆるものを楽しむのである。別に私が喜びよりも涙が好きだと言うわけではないが、私は絶望の瞬間でも、人生をのろいどころではなく、かえってそれを祝福してこう言うのである。私は不幸であり、私は嘆くが、それでも私は人生を美しく思うから、すべてのものが美しく見え、そうして私は生きたく思うのだ! 上に言った涙を喜ぶ私以上の何者かは、明らかに今夜はどこかへ行ってしまったのだろう。なぜと言うに、私は非常に不幸な感じがするから!
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by bashkirtseff | 2004-12-04 22:37 | 1874(15歳)