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この日記について

 この日記は、

「世界名作大観 第二部 第十五巻 マリ・バシュキルツェフの日記 上巻」
  大正15年12月18日発行・昭和2年4月15日再版 國民文庫刊行會
「世界名作大観 第二部 第十六巻 マリ・バシュキルツェフの日記 下巻」
  昭和3年2月25日発行・昭和3年2月28日再版 國民文庫刊行會

をテキストにしたものです。
 マリについて詳しく紹介されている良書をあげておきます。

美術史をつくった女性たち―モダニズムの歩みのなかで
神林 恒道 仲間 裕子 / 勁草書房





 その他「Marie Bashkirtseff」等で検索すると海外サイトが数多く出てきます。さらに興味がある方はそちらをご覧ください。

■ブログ内の構成
  この日記について:この日記についての解説
  はしがき:底本の訳者である野上豊一郎が記した部分
  凡例:同上
  序:本文前書き
  本文:1873.01~1884.10.20まで
 入力日付は入力者が投稿した時間、タイトル日付は実際の日記に記されている日付と判断してください。

■入力規則
 ブログ上で日記をテキスト化するに当たり、以下の作業を行っています。
1.旧仮名遣いを現代仮名遣いに改める
2.漢数字は算用数字に置き換える
3.片仮名の人名・地名は旧仮名遣いのままとする。ただし、現代仮名遣いの呼び方が判明したものについては現代仮名遣いにあらためる(人名・地名共に置き換えた場合は括弧書きで付記)
  例:ニュウヨオク → ニューヨーク(底本:「ニュウヨオク」)
4.ルビは「○○(ルビ)」とする
  例:叔母(タント)
5.傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にする
6.日記中の注釈は括弧書きで付記する
7.#で始まる括弧書きは入力者による注記

■旧仮名遣いを現代仮名遣いに改めるにあたって
 底本は大正~昭和初期に発行されたものであり、難解な漢字が多数使用されています。これをそのまま表記するか、現代一般的に使用される記述法に改めるかは判断が分かれるところだと思います。今回は
1.広く皆さんに気軽に読んでいただきたい
2.フランス語の日記を「訳した」書である
 という以上2点の考えから、「平仮名←→漢字の置き換え」と、「送り仮名の修正」を行っています。その基準として、共同通信社の「記者ハンドブック」を参照しています。

■年齢の表記について
 凡例、本文中等の記載とカテゴリ名の年齢が違う個所があります。はしがきにも「1860年生」とありますが、これはマリの死後、彼女の母親とアンドレ・トゥリエが日記を編集するにあたり、没年時25歳で独身であったという事実を隠すために2歳若くなるように修正した、あるいはマリ自身が年齢を若く表記していた、と言われています。
 このブログではカテゴリ表記が正確な年齢です。正式なマリの生年月日は1858年11月11日、没年月日は1884年10月31日(25歳)です。

■入力者より
 「マリ・バシュキルツェフの日記」は今回底本にしたもののほかに、學陽書房からも抜粋版が出版されていますが、両方共に現在絶版になっています。抜粋するだけでなく、今回底本にした國民文庫刊行會刊行の日記内で誤りのあった訳文のいくつかを、訳者である野上豊一郎が修正しています。(将来的には修正版の入力も考えていますが、現在は初版のみを参照しています。)
 これだけ懸命に生き、短い生涯を閉じた女性のことをより多くの人に知ってもらいたい、そして読みたくても読むことが叶わないでいた方々のお役に立てればという気持ちから入力作業をすることにしました。本来ならば青空文庫等での掲載が望ましいと思うのですが、大量の文字数により校正作業がとても難しいこと、そして入力規則の厳しさが今回の趣旨とは合わないため、ブログの形態を借りることにしました。入力ミス等個人での作業による弊害は多々発生すると思いますが、できる限り丁寧に作業を進めたいと考えていますので、ご理解いただければ幸いです。


※2012年5月19日追記
本日すべての日記の入力が終了しました。2004年10月3日に入力を開始し、7年半もの長い年月を費やしてしまいました。入力を心待ちにしていた方がおられましたら、深くお詫びするとともに、マリの人生に少しでも関心を持ち続けていただけたことに感謝を申し上げます。
今後は底本のままの旧仮名遣いのテキストや、抜粋版のテキストの作成や、やりたいことはたくさん残っています。何らかの形でまたお目にかかれましたら幸いです。
今までありがとうございました。マリへの深い愛を胸に。

近藤
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by bashkirtseff | 2004-10-03 21:30 | この日記について