カテゴリ:1884(25歳)( 94 )

1884.09.13(Sat)

 私たちは友達である。彼は私たちを愛している。彼は私を尊敬している。彼は私を愛している。私は彼に興味を持っている。彼は昨日私に向かって、私が1人で煩悶するのはいけない、私は自分を……非常に幸福だと……思わねばならぬ、と言った。どの婦人だって、彼は言う、それもごくわずかの年月の仕事で、私の得たほどの成功を得た者はないのだと。
 ──あなたは有名になりました。誰でもマドモアゼル・バシュキルツェフの名を口にします。すべての人があなたを知っています。全く真実の成功です! しかし、あなたは1年に2つサロンがあってくれると良いと思うのでしょう。早く来い、早く来いと!
 それは当然である。私は白状する。誰でも野心はあるから。私はそれを通過した。……等、等。
 そうして今日、彼は言った。
 ──私があなたと一緒に馬車に乗ってるところを見た者があるのです。私が病気だから良かったようなものの、そうでなかったら、私があなたの絵を描いてあげたなぞと言う人があるかも知れません。
 ──そういった者がすでにあるのです。建築家が言い添える。
 ──新聞にはない!
 ──それは、ないね。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 20:33 | 1884(25歳)

1884.09.11(Thu)

 火曜日の子供の裸体の習作を始めた。もし良かったら、1つの画題を成し得る。
 建築家が昨日来た。彼の兄はなぜ私たちがこのように長い間顔を見せないのかと怪しんでいるという。それで私たちは今夜、しかも遅くなって、ボアへ行く。彼もいつものように一回りしているところであった。私は彼の席に座った。あなたは3人がそこで私たちを発見したときの驚きを想像しうるでしょう。彼は私に両手を差し伸べる。そうして帰りには、彼が私たちの馬車に乗ったので、私の叔母は、彼の母と一緒に戻った。これは慣例にすると良い。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 20:31 | 1884(25歳)

1884.09.02(Tue)

 私は「フィガロ」のためにデッサンを描いている。それも、間で1時間も中止したり、休息したりして……ひどい発熱で、もう描けない。私はこれまでこんなに悪かったことはなかった。しかし私がそうと言わないものだから出歩いたり、仕事をしたりしていられる。言ったからとて何になろう? 私は悪い。それきりだ。それを触れ回れば利益になるだろうか? でも出歩いたりするのは?
 それは良くなってくればそのくらいのことは許される程度の病気である。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 20:29 | 1884(25歳)

1884.08.30(Sat)

 一大事。私には何にも出来ない。……セーブルの絵を仕上げてから、私は何にもしなかった。2つのつまらない板を除いては何にも。
 私は昼間に幾時間か眠る。……本当に馬車の中で小さな習作を描いた。でもそれは人を笑わせるようなものである。
 絵は貼り付けられた。すべては整った。ただ欠けているのは私ばかりである。
 もし私が何もかも言わねばならぬとしたなら! 忌まわしい恐怖……
 やがて9月である。嫌な時候も遠くはない。
 ほんのわずかの風気でも私を2月も床につかせるかも知れぬ。それから快復期になるのだ。……
 そうして絵だ!! 私は何もかも犠牲にしてしまうであろう。そうして……
 ああ! 神を信じて祈るときが来た。……
 そうだ、病気になるという心配である。私は瀬戸際に立っている。私は肋膜炎にでもかかったら、6週間で行ってしまう。
 これは私の世を終わる有様である。
 私はいつも絵を描いてばかりいるだろうから……そうしてこれから寒くなるだろうから……そうして私が出歩いたり絵を描いたりして風邪を引くかも知れぬと言うならば、絵を描かない人たちだって死ぬときは死ぬのである、……結局は!
 そうして死んでしまえば、私のあらゆる惨めさも終わりとなる! 奮起も、希望も、計画も、……すべてのものがしきい際で、24で死んでしまうのだ!
 私はそれを予想していた。神は偏波な態度を示すことなしには、私の生命に必要なほどのものを皆私にくれることは出来なかったので、私を死なせるのだろう。──年月はあった……多くの年月は! それにほんのわずか。──そうして無。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 18:37 | 1884(25歳)

1884.08.26(Tue)

 今まで目をちらつかせたり頭の中に漂ったりしていたすべての混沌たるものが、この暗黒の一点に集まり留まってしまった。
 これは初めて現れた1つの場合である。新しいことである。1人の女が……1人の女が、1人の偉大な芸術家が……要するに、あなたにはお分かりの……
 死の宣告。
 しかしそれは一大事である!
 そうして私は、そのときが来るまで、これから毎日、考えねばならないだろう。彼が死にかけていることを? 恐ろしいことだ!
 私はすでに肩の上に首を載せて、身をすくめて、打撃の下るのを待っている。
 私の生涯も同じではなかったか?
 打撃の来るとき、私は足を踏みしめてそれを待つ。
 さて私が推理しだしたり、反抗しだしたり、動かされたりしだすと、何もかももうだめである。
 私は2つの言葉を一緒にしてしまうことは出来ない。
 でも私が悲しんでいるなぞと思い込んではいけません。私はただ深く重い沈んで、どう成り行くだろうと自問しているのみである。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 18:34 | 1884(25歳)

1884.08.22(Fri)

 もうだめだ、彼は宣告された!
 建築家とここで宵を過ごしたボオドが、母にそう言った。
 ボオドは彼の親友である。彼はアルゼリから長い手紙を彼によこしたことがある。
 それを私は読んだ。
 それにしても、もうだめだ。
 そんなことがあり得るだろうか?
 しかし私は、この恐ろしい知らせが私の上に働いた結果をまだ解剖してみることが出来ない。
 これは新しい1つの感動である。死を宣告された1人の男を見るということは。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 18:31 | 1884(25歳)

1884.08.21(Thu)

 私は終日歩き回って、ただ5時から7時まで馬車の中で仕事したきりである。
 私は私の描いている一隅を写真に撮らせる。歩道の線を極めて正確にするために。
 それをしたのは今朝の7時であった。6時頃には建築家が来ていた。私たちは皆して、私と、ロザリと、建築家と、ココと、写真師とで出かけた。
 彼の弟がいてくれるのが役に立つからというわけではない。ずっと陽気になるからである。私は身の回りに小さな幕僚を従えているのが好きだ。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 18:30 | 1884(25歳)

1884.08.19(Tue)

 私は外出してバスティアンの所へ行こうとしても、コルセットなしに麻の服を着る力もほとんどないまでに、弱ってしまった。彼の母は私たちを非難がましい目で迎える。3日! 3日も来ない! それが嫌だった。そうして、部屋に入るやいなや、こう叫びだしたのはエミルである。──どうなさったのです、もうおしまいなのですか! もう友情は見せてくださらないのですか? ──本当に、あなたは私を見捨てたのですか? 彼自身がそう言う。ああ! それはいけませんね。
 私の媚性は、ここで彼が、私たちにいくらたびたび来ても、決して、決して、来すぎるというようなことはないと言って優しく非難したり抗弁したりしたことを、私に繰り返させたいような気持ちにする。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 18:29 | 1884(25歳)

1884.08.16(Sat)

 私が本当に辻馬車に乗って仕事をした今日が最初の日である。そうして私は帰ってくると背中に潅水法を行ったりなんかしたほどに疲れてしまった。
 しかし何という気持ちでしょう。建築家は今朝私の絵を据え付けた。彼の兄は良くなっていく。彼はボアへ行った。彼は安楽椅子にかけたまま階下へ下ろされたりまた上されたりした。それを語って聞かせたのは4時に乳を取りに来たフェリクスである。

 1週間この方、彼は山羊の乳を飲んでいる、私たちの山羊の乳を。家の婦人たちの喜びを思ってもみるが良い。しかしそれだけではない。彼は欲しくなるといつでも使いを取りによこすほどに、親しくしてくれる。うれしい。
 さて、要するに、私たちは彼を失おうとしている。彼は良くなりつつあるから。そうだ、私たちの楽しいときは終わりに近づいて来ているらしい。外出が出来る人の見舞いには行かれないであろう。
 でも何もそう難しく考えなくとも良い。
 彼はボアへ行った。しかし安楽椅子で運ばれて。次いで彼は伏せってしまった。
 これではまだ外出したとは言われない。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 18:26 | 1884(25歳)

1884.08.12(Tue)

 要するに、私のお友達よ、詰まるところ、私は病人なのです。私はそういった気持ちに抵抗して闘っています。でも今朝は、とうとう降参しなければならないのかと本当に思い込みました。すなわち、私は寝込んでしまって、もう何にも出来なくなるのかと思いました。が直ぐと、少しばかり力がよみがえってきたので、私はさらに私の絵の材料を探し求めに出かけました。私の弱さと気扱いとは、私を真の世の中から遠ざけています。それを私は今ほどはっきりと見て取ったことは、これまで未だかつてなかった。
 すべてそうしたことが細々と痛ましくなるほどはっきりと私に見える。
 私は無知であり、また若くもあり、それに外国人でもあるが、最も偉大なる作家たちの悪くひねくれた文章や、最も有名な詩人たちのばかげた空想などを批評したりする。新聞紙に至っては、私は、反感を催さずには3行と読むことは出来ない。ただにそれが女中用のフランス語であるというばかりでなく、その思想までもが。……そこには真実なものがちっともない! すべてがおざなりであるか賃取仕事である!
 そのどこにも善意もなければ、誠実もない!
 そうして名誉ある人たちについて見ても、彼らは党派心に服従するため、嘘をつくか、でなかったら、彼らに考えられそうもないようなばかなことを言っている!
 それは嘔吐を催させる。
 バスティアンの家を出て、晩餐に戻ってきた。彼はまだ臥床してはいるけれども、平静な顔つきをして目は明るく輝いていた。彼は灰色の目をしている。その目のうっとりさせるような美しさには、もちろん卑俗な感じはない。
 あなたには私の言うことがよく分かりますか? 目、それは「ジャンヌ・ダルク」を見た目であって、──私たちはそれについて語っているのです。
 彼は十分に理解されていないことについて不平を漏らす。……私は彼に、ばかでない人間にはすべて彼は理解されていると言った。そうして彼の「ジャンヌ・ダルク」は、彼に面と向かっては到底言えないような様々な事柄を考えさせられる1つの作品であると。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 18:23 | 1884(25歳)