カテゴリ:1883(24歳)( 112 )

1883.08.12(Sun)

 バスティアン・ルパージュが来るということを考えると、私は仕事が手に付かなかったほどに、落ち着けなかった。こんなにまで動かされるとはおかしいようである。
 この法王は私たちと晩餐を共にした。……私たちは食卓で話し合った。バスティアン・ルパージュは極端に理知的である。しかしサン・マルソーほど絢爛ではない。
 私は何にも絵を見せなかった、何にも、何にも、何にも。私は、何にも言わなかった。すなわち、私は自分を発揮させなかった。バスティアン・ルパージュが興味ある会話を始めると、私は返事をするすべも知らなければ、彼の絵のように、引き締まって、磨き立てられたその言葉についていくことすら出来なかった。もしこれがジュリアンとであったら、私は返事をしたであろう。と言うのは、ジュリアンは、私には話をするに一番ふさわしい種類の相手だから。……彼は理知的で、何事をも理解し、学問さえもある。私は一種の無学を恐れていた。……
 本当に、私は自分の叡智または心情の美しい点を発揮させて答えなければならなかったも知れないような事柄を彼に言われた場合にも、彼に話させておくきりで、自分はどこまでもばかみたいになっていた。
 私は書き記すことすら出来ない。今日はこうした一日である。私はしどろもどろである。……
 一人きりでいたい、興味ありまた有益であるその印象をはっきりさせるために、たった一人きりになっていたい。彼が来て十分の後には、私は彼の影響を受けて精神的に降伏していた。
 言うべきことを私は何にも言わなかった。彼はいつも神であり、自らもそう信じている。私はこうした信条でさらに彼を築き上げた。彼は小柄で、俗人の目には醜く見えるだろう。しかし私には、また私の領分にいる人たちには、その首は魅惑に満ちている。彼は私を何と思っているだろうか? 私はぎこちなくて、笑いすぎた。……彼はサン・マルソーに嫉妬を感じると言った。……愉快な勝利!
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:40 | 1883(24歳)

1883.08.11(Sat)

 私はスタンダールの絵の歴史を読んでいる。理知的なこの人はいつも私と意見が一致する。けれども彼は余りに悪戯と創意を求めすぎるように私には思われる。
 私は、悲痛を描くには生理学を研究してかからねばならぬように言われると、痛ましい驚きを感じさせられた。
 どんな風にだろう?
 もし私が悲劇的表現を感じないなら、何の生理学が私にそれを感じさせ得るだろう? ……筋肉! ああ! 主よ!
 悲痛を生理学的に描くような画家だったら、そうして彼はそれを感じたのでもなく、理解したのでもなく、見た(ただ形の上で)のであるから、そうした画家だったら、冷たい、平凡な芸術家たるに過ぎないであろう。それはまるで、何のなにがしはある一定の規範に従って苦しんでいると言っているようなものである。
 まず第一に感じ、次いで、推理しなさい、もしそうしたいならば。解剖が印象を確証するはずはないとは言い切れない。しかしそれも純粋な好奇心からの穿鑿かも知れない。
 いかなる色で描くべきかを論理的にまた科学的に知るため、涙を分解して見るのはあなた方の自由です! 私は、私の涙の輝くのを見て自分の見た通りにそれを描く方を好む。なぜそれはこうであって、ああでないぞということを知ろうとは思わない。
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by bashkirtseff | 2010-08-22 06:36 | 1883(24歳)

1883.08.07(Tue)

 1週間たつと、私がサロンの絵を仕上げてから5カ月になると思うと、全く赤面してしまう。5カ月の間に私は何をしたか? まだ何にも。彫刻をいくらかしたことはした。でもそれは勘定に入れない。子供の絵はまだ仕上がらない。
 私は実に不幸である、……容易ならざる。N・Nがここで晩餐をした。そうしてルーヴルの彼のカタログを私に切り売りしながらほとんど一つ一つの絵の場所を話した。私は彼の気に入ろうとしてそれを研究して来たのである。彼はそう信じ込んで、私が彼と結婚するだろうと思っている。そんなことを考えるというのも、私が困っていると思っているに相違ない。それも恐らくは、私が堕落しているなぞと彼が信じているかどうか私にはよく分からないからであろう。
 彼が帰って行った後で、私は悲しくて気絶しそうだった。私は神に何をしたれば彼は私をばいつもぶつのだろう? この近代的なピュティファル(エジプト王朝の武官で、彼の妻は家来のジョゼフに家来の義務に悖らせようとむなしく焦った)は、何を考えているのだろう? 私は決して芸術よりほかのものは愛さないだろうということが、もし彼に納得されなかったとしたら、彼は何と考えるだろう? とは言え、恋愛結婚、そんなものは発見されるはずはない!
 では何でうめき、何で焦るのか? 普通の生活がみすぼらしく思われるのは何がそうするのか? それは私の内にあるある実在の力である。それは私の貧しい文学では言い表すすべを知らないある物である。
 絵のことや塑像のことを思うと、幾晩も寝られない晩が続く。決して美しい人のことを考えたからとて、そんなことはなかった。
 私はスタンダールを読んだ結果、今日の午前ラファエロを見にルーヴルへ行った。で、私はいくら試みてみても、私の見た目では、どうしても彼が好きになることは出来ない。私は初期(ルネッサンス前期)の素朴さの方がさらにずっと好きである。
 ラファエロはすさんでいて虚偽である。
 神聖、神聖! ……神聖、彼が神聖だろうか?
 神聖の特質は私たちを恍惚たらしめて、私たちの考えを天国へ移し運ぶところにある。
 ラファエロは私を疲らせる。
 それなら誰が神聖か? 私はそうした物を知らない。なぜスタンダールは、ラファエロは魂を描いていると言うのであろう? 彼の絵のうちのどれがそうだろう?
 そこに私の労苦して研究せねばならぬ驚異がある。
 私は素朴な、驚嘆すべき初期の芸術家が好きである。それには、かの貴重なるペルジーノ(ラファエロの師/底本:ペリュガン)がある! しかし科学と正確さとに満ちたる荒唐無稽なあの大仕掛けな物や、あるいはまたルーベンス(復古を称道したランマン派の画家)の肉の堆積などが、私に何のかかわりがあろう? でも私はそれに悩まされてしまう! カナの饗宴(パオロ・ヴェロネーゼ作)やラファエロの聖母を私はどうすることが出来よう? 神聖ではない、あんなものは! あの聖母は普通の人間である。そうしてあの子供は? 実際、私はイタリアにあるのを見直さねばあるまい。私のしまってある思い出は好ましくない。……椅子の聖母(マドンナ・デラ・セジオラ)は、気の利いたイタリアの美しい小間使いの一つの型である。ミケランジェロには、もっと神聖さがある。ラファエロ・サンティ。この貴重な名前を聞いてください。
 私は胸をつくような、感動させるような、動悸打たせておくか、でなかったら夢見させておくようなものでなかったら、描きたくない。要するにカザンのあっさりした小さい画布みたいに、心に鍵をかけるような何ものかを描きたいのである。大きさはほとんど問題でない。しかしもし大きな画布でそうした効果に至れるとしたら……それこそすてきであろう。でも、カザンを解する者が果たして幾人あるだろう?
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by bashkirtseff | 2010-08-11 19:34 | 1883(24歳)

1883.08.05(Sun)

 私とCとあるロマンがあったと言われる。私が結婚しないのはそれがためだと言われる。一角の嫁資を持っていながら、私がまだ伯爵夫人にも公爵夫人にもなってないのを見ると、世間ではそうとよりほかに訳が分からないのである。
 愚かな人たち! 幸いにもあなた方、選まれたわずかな人たち、卓越した人たち、親愛なる親交者なるあなた方は、私の日記を読むから、これをどう考えて良いか、分かってくださるでしょう。しかしあなた方が私の日記を読む頃には、私の話している人たちは皆恐らく死んでいるでしょう。そうしてCは、この騎士を思う一人の若い美しい乙女に愛されたいという甘美な確信を、墓の中へ持って行ってるでしょう。……愚かな人たち! ほかの人たちもそう信ずるであろう。愚かな人たち! しかしあなた方だけはそうでないことをよく知っている。恋故に小さい侯爵たちを退けるのは詩的かもしれない。でも、ああ、私は彼らを理性から退けるのである。
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by bashkirtseff | 2010-08-11 18:38 | 1883(24歳)

1883.08.03(Fri)

 バスティアン・ルパージュは及びもつかない。自然を間近く研究するとき、自然を完全に模倣しようとするとき、いつもこの底知れぬ芸術家を考えないわけには行かない。
 彼は皮膚のあらゆる秘密を握っている。他の人たちが作り出すものは絵である。彼のは、自然そのものである。それを写実家だと言う。しかし写実家は現実の何ものであるかを知らない。彼らは粗雑であれば、それが真実だと信じている。写実主義は粗野なものの再現にあるのではなく、それをば完全なものにすることである。
 私は絵だと言われるようなものを作ろうとは思わない。血のごとく肉のごとく見え生命のごとく見えるようなものを、私は欲する! 一日中犬みたいな労苦を続けて得たところのものは、つまらない仕事をして、乾燥無味なものをこさえたいという残酷な非難である!
 だからダンヴィエ(バスティアン・ルパージュの故郷)の怪物を思うとくじかれてしまう。それは大きくて、単純で、真実である。そうしてそこには自然のあらゆる細部がある! ああ! 嫌になってしまう!
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by bashkirtseff | 2010-08-11 18:35 | 1883(24歳)

1883.07.26(Thu)

 天気が定まらないので私の絵は進まないでいる。そうして私は土の細工物を皆壊してしまう。たった1つを除いて。その1つというのも、まだ格好すら付いていない。ちょうど、そうしたところへ、サン・マルソーが来た。……心臓の鼓動を気をつけなさい、結晶を、その他を。私は2つの上着を着てみたり、脱いだり、また着てみたりする。長いこと待たせてとうとう彼に会う。気付けもまずく、そうして赤くなって。
 彼は非常に快活で、いつも近代派と、自然主義者と、人間記録に憤慨している。──芸術であって、口で説明の出来ないようなものを探し求めねばならぬ。……
 私にはよく分かっているが、しかし……。彼はこの哀れな見本を見たきりで、まあ続けるようにと私に言った。それっきりだった。それは調子が取れていない。Cが保存のため型を作らせるがよいと私に勧めて型取りのところへやってある横臥せる男、それを彼に見せることが出来なかった。私は、ヂナのあの永遠の像だけは良いと思われているが、それを除いては一つもほめられなかった。……彼は非常に愉快である、このサン・マルソーは。独創的で、才気があって、神経が鋭く、ほとんど突飛でさえある。攻撃するのに少しもちゅうちょしたりしない。それはすべての者に才能があるように思いこませるあの偽善よりよっぽどよい。彼は私の子供の絵を見た。そうしてごろつきとか、百姓とか、悪童とか、要するにそうした悪党じみたものを描くのは易しいと言った。が、さて、きれいで上品なものを仕上げて、それが性格を備えているようにするとなると、そこに難しさがあると言った。
 そうしてその中へ、何と言ってよいか分からない、口では説明の出来ないもの、要するにそれは芸術であって、そうして私たちが私たちのうちにのみ見いだすものを入れなさい。──私もそう言わなかったでしょうか? 卑俗な模写画家や、写真師や、自然主義者たちは地獄へ行ってしまえ!
 さあ進みましょう!
 とは言え、私につらい印象が残されたというのは、私はきれいでもなく、生き生きともしていず、才気もなかったからである。……
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by bashkirtseff | 2010-08-11 18:34 | 1883(24歳)

1883.07.25(Wed)

 ムッシュ・X…が100フランずつで買った2つの胸像を私たちに持ってきてくれた。私たちは彼を晩餐に引き留めた。
 彼は取り澄ました様子を装いながらも、ひどく落ち着かないでいた。彼は迷惑だったに違いないと思われて、彼のために気の毒だった。彼は貧乏だと言われている。そうしたことはすべて私には苦痛である。だから私は2個の芸術品にたった帽子一つほどの代を支払ったような振る舞いを恥じる。そう思うと、私はもっと親切にはなれないで、かえって慇懃さに欠けたような態度を示すようになってしまった。それで私はいらだたしくなった。その貧しい青年は外とうを客間で脱ぐと、それを長いすの上に置いた。彼はろくに口を利かなかった。私たちは音楽をした。それでいくらかくつろぎが出来た。彼はどう振る舞ってよいか知らなかったに違いない。私は彼があまり気が利いている方だとは思わない。でも才能は持っているのだから、理知はあるに違いない。しかし私たちはどうすれば彼を居心地よくさせられるかわからなかった。それに、彼は野生的である。彼は非常に傲慢であり、非常に不幸であるに違いない。それにしてこれだけは確かである。すなわち彼は貧乏である、そうして彼は200フランする2つの胸像を買った。だからその点で私は恥ずかしい。もし差し支えないなら、私は彼に100フランを贈りたい。と言うのは、私は150フランの資本を持っているから。でもどうしてよいか分からない。
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by bashkirtseff | 2010-08-11 18:34 | 1883(24歳)

1883.07.22(Sun)

 昨夜、私は胸の右の上が、焼けるようだった。肺のその辺が悪いのである。私はついに決心した、これは3、4カ月うちには黄斑が出来るだろうと。でも少なくとも私は肺病では死ぬまい。
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by bashkirtseff | 2010-08-11 18:33 | 1883(24歳)

1883.07.17(Tue)

 いつも取り留めもなく結晶に心を疲らしている。ああ!
 そうして彫刻は? 絵の方は少しはかどる。
 おお! 才能を持ちたい!! あのみすぼらしい褒状を抹殺したい! 子供たちの絵を、聖女たちの絵を、これは黒枠にはめて、こうした題文を下に掛けて陳列するのだ。……「大いなる石を墓の門にまろばして去る。マグダラのマリアとほかのマリアと墓に向かいて座し、そこにおれり。」それからナウシカアーか、アリアアヌかの一つの彫像。下絵は出来ている。アリアアヌの方は笑われるだろう。それは私のことだと言われるかもしれない。誰に捨てられたアリアアヌだというのか? ではナウシカアーは? 私は2人とも好きだ。
 3点。2つの絵と1つの彫像。私はそれを強く望んでいるからもっとも嫌悪すべき災厄を恐れている。
 恋愛に全然ふけっているわけにはいかない。恋愛は付属物であり、建築の頂冠であり、愛好すべき冗物である。──それでは、また。
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by bashkirtseff | 2010-08-11 18:32 | 1883(24歳)

1883.07.14(Sat)〔フランスの国祭日〕

 私たちは馬車で、飾り立てられた市中を見物に出掛ける。面白い。
 それから私は昨日の思念を続ける。
 あなたはスタンダールの「恋」を読んだことがありますか?
 私は今それを読んでいます。
 私はこれまでの生涯にかつて恋をしたことがない。あるいは、私はある空想上の人物を恋することを決してやめたことがない。どっちでしょう?
 この本を読みなさい。この方がバルザックよりも一層デリカで一層真実で、一層調和があって、かつ一層詩的である。
 そうしてこの中には、すべての者が、私でさえ、感じたことが、神々しいばかりに表現してある。ただ、私はと言うと、私は常にあまりに解剖家だった。
 私はニースで、子供の時分に、そうしてそれもまだ何にも知らずに恋をした以外には、本当に恋をしたことはない。
 それからはあのピエトロを恐れるの念に対するある病的な誘惑があった。
 私は、ナープルの夕暮れに、たった1人でバルコンによって、セレナードを聴き入っていた、あの真に快美な瞬間を思い出す。その地方と、夕暮れと、音楽とがあるばかりで、目的もなく理由もなく、ただわれを忘れるような心地のせられたあの瞬間を。
 私はこうした印象をパリではかつて受けたことがない。このほかイタリアを除いたどこにあっても。
 もし人に何かと言われるのを恐れなかったら、私はすぐにX…と結婚していたかもしれない。私はすぐれた人物に落ち合うのを待っていた方が、自由で平安であろう。そうして、他方から言えば、平凡な何の非難するところもない1人の紳士と結婚するのは、私を不幸にするか、でなかったら、つまらなくさせてしまうだろう! ……
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by bashkirtseff | 2010-08-09 07:55 | 1883(24歳)