カテゴリ:1883(24歳)( 112 )

1883.11.23(Fri)

本文なし
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:55 | 1883(24歳)

1883.11.22(Thu)

 「イリュストラシオン・ユニヴェルセル(ロシアの)」は、その第1ページに私の絵のデッサンを発表している(「ジャンとジャック」)。
 これは最も大きなロシアの絵入り雑誌であって、私はそこでは心安く自分の家にいるような心持ちである。
 そうしてそれも私の喜びの種とはならない。なぜか? それは快くはある。けれどもそれは喜びではない。 なぜ? なぜと言うに、それは私の野心に対して充分なものではないから。もし私が2年前に褒状を得たのなら、私は気が遠くなったに相違ない。もし私が去年賞牌を授与されたのなら、私はジュリアンの胴着の上で泣き出したであろう。……でも、今では……
 事件は論理的なものである、まことに! すべてのことが相関連していて、次第を追って進み、すべてのことが少しずつ準備される。来年の第3の賞牌は、私には自然としか思われない。もし何にも得なければ、私は反抗するであろう。
 事件が待ち設けられてなかったときだけ、私たちは生き生きした喜びを経験する。そうしてある程度まで驚かされる。
 第2の賞牌が来年のサロンで授与されたなら、私はかなり幸福になるかも知れない。と言うのは、私はそれを当てにしていないから。それに、当てにしているというのは賞牌ではなくして、多少ともそれに伴うところの成功である。
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:54 | 1883(24歳)

1883.11.17(Sat)

 田舎は絵の美しさを非常に生き生きと感じさせる。
 パリ人はそれを賛美することは出来ないでも、せめて彼らは、実に偉大で、実に単純で、実に美しく、実に詩的な田舎を眺めるだけの労を取ったなら。草の葉も、樹木も、大地も、通り過ぎる女たちの目も、子どもたちの態度も、年寄りたちの歩きぶりも、彼らの着物の色合いも、すべて景色と調和している田舎を。……
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:52 | 1883(24歳)

1883.11.12(Mon)

 「リベルテ」のドリュウモンが、私たちに会いに来た。
 彼は私の画風を嫌っている。しかし優麗と典雅とに囲まれている私が、どうして醜を愛することが出来うるかを驚いて私に尋ねながら、非常に愛想を言った。彼は私の子どもの絵を醜いと思っている。
 ──なぜあなたはきれいな子どもを選ばなかったのです。そうしたからといっても、やはり良い作品になったでしょうに?
 ──私は表情の強いものを選んだのです。もし強いて言葉に移して言うならば。それに、町中を駆け回っている子どもたちには、こうした美しさを求めようとしてもなかなか見られるものではありません。ぜひそうしようとなら、シャンゼリゼへ行って、リボンの飾りをつけて背中を保母に叩かれているいたいけな赤ん坊を描くべきであるかも知れません!
 どこに感激がある? どこに原始的野蛮な自由がある? どこに真実な表情がある? よく育てられた子どもには、すでにポーズがある。
 それから……要するに私は間違っていない。
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by bashkirtseff | 2010-11-28 21:50 | 1883(24歳)

1883.11.11(Sun)

 私は今夜ジュイで晩餐をした。私は自分が真実あの人たちを愛していると思っている。彼らは怜悧で温雅である。私は彼らに会うのをほとんど楽しみにすら思っている。あれなら他の人たちの時のようにお義理の勤めではない。
 装飾の変化を受けて、一切がにこやかに、落ち着いて、そうして美しい。私は自分の描こうと思っているものを知っている。そうして一切が進行している。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:41 | 1883(24歳)

1883.11.10(Sat)

 私は冬の風(セーヌの上の)が原因で引き起こした軽い熱に、精神上の原因をも付け加えたいような気がする。
 私は家で仕事をしている、彫刻を。
 私のかわいそうな子供よ、すべてものがあなたを駆って芸術の足下へと突進させる。さあ行きなさい。
 功名のみがあなたの欲しているところのものを与える。そうしてあなたはそこに至りうると言われている。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:40 | 1883(24歳)

日付なし

 私は相変わらずこの大きな弱さを感じさせられている。……楽器の緩んだ糸みたいに。なぜ? ジュリアンは私が秋の景色みたいな風をしているという。冬のような霧と寂寥さとの立ちこめた、捨て果てられた並木道みたいな風をしていると。……(私が描こうとしているものにそっくりではありませんか、親愛なるあなた。)
 彼は時折しっくり当てはまったことを言う、あのジュリアン老は。
 ──あなたはあなたの絵を偉い人に見せるのですか?
 ──私は6階から飛び降りる方がずっと好きかも知れませんわ。
 ──では、あなたはこれを不十分だと感じていながら、なおより以上のところまで行きうると言う、それが証拠です。
 まさしくその通りである。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:39 | 1883(24歳)

1883.11.08(Thu)

 昨日、セーズ街の、工業博覧会の開会には、大勢の人が行った。我が国の大公たちも行かれたと、私は新聞で読む。私はそこへ行くはずだった。それに私は一日をむなしく過ごしてしまった。
 否。もうもがくまい。私には機会がないのだ。そうしてそれが、竪琴に連れて私を歌わせてくれる。もしも私が完全に幸福であったなら。私はおそらくは仕事をすることが出来なかったかも知れない。偉大なる芸術家はすべて、怒れる雌牛を食うた(難●をほめること)と言われている。私の怒れる雌牛、それは私の生きるための唯一の理由なる芸術の足下へと常に私を連れ戻してくれる、こうしたあらゆるみじめさである。
 おお! 有名になりたい!
 私は空想の上で自分が有名になったところを見ていると、それは電光のごとくであり、電池に手を触れたときのようである。私は飛び立つように起きあがり、部屋の中を歩き回る。
 もし私が17で結婚していたなら、私はすべての人のようであったかも知れないと、世間の人は言うであろう。重大な誤解である。私をすべての人のように結婚させ得たとするには、私が一人の別な女であったことが必要だったであろう
 あなたは私がかつて恋したことがあるとでも思うのですか? 私はそうは思わない。そうした一時的な気まぐれも恋愛の外容は持っている。しかしそれが恋であるはずはない。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:37 | 1883(24歳)

1883.11.05(Mon)

 木の葉が落ちてしまったので、私はどうして自分の絵を仕上げたらよいかわからない。私には機会がない。機会! 何という恐ろしいことだ! 説明することの出来ない、戦慄すべき力である。
 ボートに乗って描くこの絵。画布はそこにある。それでいて私はもうどうして描いてよいのかわからない。
 おお! そうだ。でも早く、早く、早く! 15日内には、驚いているロベール・フルリとジュリアンに見せてやるのだ。
 もし私がそれを描いていたのであったなら、私は蘇ったようになっていたかも知れない。私はこの夏、大したものを描かなかったのが心苦しい。これはいとわしく恐ろしい一つの悔恨である。私はこうした特別な状態にもっとよく定義を下したく思う。──私は自分の衰弱しているのを感じる。それがちょうどある大きな和みのようである。今出血したという人たちはこれと似寄りなあるものを感じさせられるだろうと私は想像する。
 私は決心する、……5月の月まで延ばすことに。……なぜそれを5月の月に変えるのだろう? それは要するに、人の知ることであろうか?
 そうしたことが私をして、自分はよいものを、卓説したものを持つことが出来るということを考えさせてくれる。そうして私はそれで自分を優しく慰めている。
 そうした感情が私をして、自分の家族と食事を共にするときに、打ち解けた話をさせもした。私が前髪をあげて初めて髪を結ってもらった日のように、非常に和やかな、非常におとなしい、そうしてごく自然な性質をした人のようにして。
 本当に、私はある大きな和みを感じさせられている。私は落ち着いて、仕事をしよう。自分の動作はすべて落ち着いていき、宇宙をば優しい寛大さで眺めるであろう、というふうに、私には思われる。
 私は落ち着いている。自分が丈夫な体ででもあるように。あるいは自分が丈夫な体をしているものだから、とでもいったように。そうして自分は将来に確信を持っているように、我慢強くしている。……誰にわかるだろう? 本当に私は自分が一種の威厳を付与されていると感じている。私はそう安心しきっている。私は一つの力である。そうして……何の? それは、恋愛ではあるまいか? 否。しかしそのほかには、自分の興味を引きつけるものは何にも見ていない。……それはそうあるべきである。マドモアゼル、さああなたはあなたの芸術に専念になりなさい。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 21:26 | 1883(24歳)

1883.11.02(Fri)

 私の描こうとしているものは非常に美しい。……今日は、猫1匹いなくなってしまった。1週間のうちには、砂漠のようになってしまうだろう、ことにこの季節にあっては。ああ、病気にならなければよいが!
 私はどうあっても一つの絵を仕上げたい。……それが済めば、私はこの冬は、もう戸外では描かないだろう。その絵は、水の上で、11月1月かかったら仕上げられるかも知れない。それは非常に単純で非常に美しい。私はすっかり包まって、目よりほかは出さないようにしよう。
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by bashkirtseff | 2010-11-27 20:11 | 1883(24歳)