カテゴリ:1882(23歳)( 94 )

1882.08.18(Fri)

 私たちはバスティアンを訪ねたけれども内にいなかった。私は手紙を書き残して、彼がロンドンから持って帰ったものをちょっと見た。1人の小さい小僧が往来の電柱に寄っ掛かっている。何だか車の音が聞こえそうな気がする。背景はまだ仕上げがしてないけれども、その形と言ったらなかった! 何という驚くべき人だろう!
 ああ! 彼をただ仕上げのうまい人だと言うのは愚人である。彼は独創的な、力強い芸術家である。詩人である。哲学者である。他の芸術家は彼に比べると皆職人である。彼の絵が目の前にあるとき、その他のものを見るのは不可能である。何となれば、彼の絵は自然のごとく人生のごとく偉大であるから。この間トニー・R・Fは、自然を写すためにはまず大芸術家であらねばならぬということと、ただ大芸術家のみが自然を理解してそれを描き出すことが出来るという私の説に賛成した。理想は選択の中にある。仕上げのごときは愚人のいわゆる写実なるものの頂点に過ぎない。アンギュラン・ド・マリニでも、アグネス・ソレル〔シャアル7世の愛妾(あいしょう)〕でも描きたければ描いてみなさい。しかしその手、その髪、その目をば生きているように、自然に、人間らしくして下さい。題目は問題ではない。大家はよく自分の時代のものを題目にすることがある。言うまでもなく、すべての見地から見て、近代的な題目はもっとも興味のあるものである。けれども真の唯一の写実は仕上げにある。それをして自然そのものであらしめよ。生そのものであらしめよ。そうして目をして語らしめよ。それがマドモアゼル・ド・ラ・ヴァリエール〔特別の美人でもなければ、かつ少し跛でさえもあっったけれどもその顔の魅力によってルイ14世の愛を捕らえた婦人/1644-1710〕であると、サラ・ベルナールであるとはほとんど問題ではない。……興味を作り出すということは疑うまでもなく、さらに困難である。……けれどももしバスティアン・ルパージュがマドモアゼル・ド・ラ・ヴァリエールかメアリー・ステュアート(底本:「マリ・スチュアアト」)とかを描くとしたなら、──その人たちはもう死んで土になって、今では陳腐になっているけれども、──その人たちはまたよみがえることになるであろう。それからコクランの兄の方の小さい肖像の素描がある。……何と言って称賛して良いか分からない。彼が物を言うときの表情が出ている。彼が手を振って目をしばたたくときの様子が見えるようだ!
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by bashkirtseff | 2010-05-17 08:06 | 1882(23歳)

1882.08.17(Tue)

 私が最後の座りをしていると、私の画家は画題を考えていた。何か近代的で良さそうな画題を。……彼は描きかけの裸の人物をばそのままにしておくつもりである。「美しいモデルを見つけるのは難しいことだ。」彼にはそれほど困難なことはないと思われるのであろう。……美しい裸の女はヨーロッパでは見つからないとあなたはお思いになるでしょう。……
 私はR・Fは私について極めて正確な意見を持っていると信じている。彼は私のことを私がこうありたいと思う通りに考えている。すなわち、完全に愛想良くて、もっと別な言い方で言うと、極めて若い娘で、まだ子どもで、大人のような話はしても心底は天使のような純潔さを持っている、と。私は彼が言葉の最高の意味において私を尊敬していると信ずる。それで、もし私の前で下等なことでも言ったら私は驚くだろうと思う。とにかく私はどんな話でもするが、……それにはまた幾通りも話し方がある。慣例以外のあるものもあれば、言葉のつつましさもある。私の話し方はおそらく女らしいだろうと思う。けれども……私は隠ゆや成句を整えて用いるから、あることを言ってもそれを言っているとは見えないであろう。例えば「私の絵」という代わりに「私のこさえたもの」と言ったりする。ジュリアンに対してさえも私は「愛人」とか「情人」とか liaison〔関係〕とかいったような言葉は使ったことがない。すなわち、人に良く分かるようなことを話しているように思われる習慣的な言い方をするのである。もちろんそれは良く分かっているが、滑らしてしまうのである。何にも分からなかった日には、面白い話の出来るはずはない。なぜと言うに、対話には多少の悪意と愛の軽い嘲弄が避けられない場合があるから。R・Fと私たちは主に美術のことを話す。けれども……結局は音楽や文学の話になる。
 さて今私は良く分かったが、トニー・R・Fはそれぞれ人の本当の性質によって付き合って、それを非常に自然的なことと思っており、また私がある程度まで打ち明けてかかっても彼は決して私ほどに物を言わない駆け引きを持っている。私は断っておかねばならぬが、あなたはこの日記によって私を判断してはいけません。この日記の中では私はまじめくさってかつ平凡であるが、話をするときはもっと良い効果が出ます。なぜと言うに、話には言葉の感触もあれば、独創的で、新鮮で、絵画的でかつこっけいな暗示もあれば、直喩もありますから。
 私は高慢でばかである。……この学士院会員も私のことを私が自分で思っている通りに思っていて従って私のすべての動機を女優の演出でも見るときのように買ってくれるだろうと信じている。人は自分の長所を大きくするばかりでなく、全然欠けているものまでも持っているように思う。それを認めていただいた上で、私は自分が高く買ってもらえると思うのは愉快なことだと言わせていただきます。実際R・Fとジュリアンに対しては私は他の人たちに対するよりも打ち明けてかかれる。自分が安全な地盤の上に立っているので、他の場合では感じられないような心安さがあるように思われる。
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by bashkirtseff | 2010-05-15 08:06 | 1882(23歳)

1882.08.15(Tue)

 神様、私を助けて下さいまし! 私はあんなことを考えなければ良かった。何にも当てにしなければ良かった。その上、幸福はただ驚きとしてくるもので、人が何かを当てにしているときは来ないものである。けれども私は何にも当てにしてはいない。……ただそれは眠れないのみである。非常に良くなるかも知れない。私には良く分かっている。
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by bashkirtseff | 2010-05-15 07:50 | 1882(23歳)

1882.08.13(Sun)

 今は朝の3時である。私は眠れない。昨夜トニーに「くず拾いの女」の習作を見てもらったら、「まずまず」と言われた。それから新しい下絵を見てもらったら、大層良いと言われた。けれどもその下絵は新しいものではない。私が引き裂いて何度も描き直した最初の絵に良く似ている。どうしても物は最初に見たときに理解しておかねばいけないと思う。ことに自分の感じた物についてはそうだと思う。R・F・(ロベール・フルリ)の言ったことは正しい。今度の絵はどっちかと言えば描きやすい。動作が夜のことで部分的に別れていないので。そうしてシルエットが影になって浮きだしているので。実際、空や人物や土地の関係を良くつかまねばならぬ。それからその瞬間の詩を表さねばならぬ。ちょうどそのとき起こった事件の深い恐ろしい寂しさを表さねばならぬ。
 今私はそれを見いだしたと彼は言った。状態の感じが深く出て、鋭いと言った。何でも自分の感じた通りに出すのに限る。調子がうまくいって、物と物との関係が正確に出せたら、非常に良い絵になるに決まっている。
 そうだ、それだけのことである。一方から言うと恐怖で、一方から言うと狂気である。
 それに相違ない。
 それから夜が更けて私は寝た。その日、自然主義のことや絵のことや市街のことについて議論したことはもう考えないことにして。もう絵のことよりほか、私は何にも考えていなかった。私の想像力はまた働き出し、そのことばかりが頭にあった。私は仕事にかかって、仕上げて、持ち帰って、出品した。人がその前にたかって見ていた。感激して私はのどに大きな塊が出来て、訳もなく心配になってきたり、それから非常にうれしくなったりした。そんな風にして苦しみながら、震えたり汗をかいたりしているうちに、目が覚めて起きたのが3時であった。それから読んだり、書いたりしている。しかし私は自分に対する恐ろしい欺きを考えている!! 私は何事も知らないから、それで……。それに宵の口に飲んだ2杯の茶が私を眠らせなかったのであろう。おお! 否! ……
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by bashkirtseff | 2010-05-14 08:03 | 1882(23歳)

1882.08.10(Thu)

 座りの終わりころになってトニーは左手を擦り消してしまった。学士院会員でも、名誉賞を取った人でも、やっぱり……。何より彼は非常に良いものを描こうと思ったのである。初めはうまくいきそうもなく思われて、夜うなされたり、ひどく頭痛がしたりしたと私に言った。
 その悩みは私も良く知っているから、どんなに私は同情したことでしょう! ……それは友情のない者には分からないことである。
 彼は私と同じく毎晩日記を付けている。私のことをどう書いているとあなたは思いますか? 彼はブレスロオの月桂樹が私を眠らせないと思っているでしょう。……しかし、どの程度まで私が自分の劣っていることを認めているかも彼は知っているはずです。……今私は私の絵のことを言っているのであるが、それさえ何だか仮定のような気がする。ほかの有象無象までが皆「私の下絵が、私の絵が」というのを聞くから、私も……。そうしてもしそれがこっけいに思われるとすれば、それは公言する権利を私が高く評価するからである。そうしてあまりになれなれしい、釣り合いの取れないほどの取り扱いを受けておとしめられたくないと思うからである。お分かりでしょうか?
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by bashkirtseff | 2010-05-14 07:52 | 1882(23歳)

1882.08.09(Wed)

 座った。それからロベール・フルリが晩さんに来た。私は今朝ある紙くず拾いの女が通り過ぎるのを呼び止めて描いた1枚の下絵を彼に見せた。トニー・R・Fはそれを良いと言った。彼女は私の前にい、私は彼女を眺めている。トニーはそれはまだ写生が出来上がってないけれども、これ以上筆を入れてはいけないと言った。描くならこれをもとにして別にまとまった絵を描くが良いと言った。私は偶然にも通過した絵を描いて子どものようにうれしかった。
 私は1人で喜んでいる。
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by bashkirtseff | 2010-05-13 07:56 | 1882(23歳)

1882.08.08(Tue)

 私の頭はドーデの Rois en Exil〔流鼠王〕で多少乱されている。この小説は以前にも1度読んだことはあったが、今度また読み始めた。所々解剖の精緻(せいち)と、表現の明るさと、人に涙を催させるような名文がある。
 私の生活は生活ではない。私は仕事をしていないと、何もかもが私から離れてしまう。絵を描いていると私は自分の幸運を知っているような気持ちがする。働いていないときはすべてのものが行き詰まって夜と沈黙になる。
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by bashkirtseff | 2010-05-13 07:55 | 1882(23歳)

1882.08.07(Mon)

 市街。私たちはロベール・フルリのところからの帰りに凱旋門の周りの並木道を通った。夏の夕方の6時半ころであった。番人と子どもと、走り使いの子どもと、労働者と、女と、これらの人々が皆戸口に立ったり、共同の席にかけたり、酒場の前で話し合ったりしていた。
 ああ、何という立派な絵がそこにあっただろう! 実に立派な絵が! 私は真実について parodie〔作り替え〕を志すことはしたくない。それは粗野な人のすることである。この世の中においては、真実にのみ立派なものはある。大家はただ真実によってのみ偉大である。
 私は街路を見て驚いて帰ってきた。いわゆる自然主義なるものを嘲笑する人たちはそれがいかなるものであるかを知らないのである。だから愚人である。それは自然の働いているところを捕らえることである。何を選択すべきかを知って、それを捕らえることである。選択の力が芸術家を作る。
 私の肖像画は何と言っても平凡である。私は白いモスリンの着物を着て、大きなひじ掛けいすにかけている。姿勢は十分に光輝があって、何か話しているような顔をして、正面を向いている。甚だしく陳腐である。
 また街路のことに戻る。……この鉱脈を掘る人があるかも知れぬ。私は田野のことに言及しようとは思わない。バスティアン・ルパージュが田野の方をば最高に支配している。けれども街路の絵にはこれまでまだ1人のバスティアンも出ていない。私の家の庭で大概なものは描ける。
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by bashkirtseff | 2010-05-13 07:53 | 1882(23歳)

1882.07.31(Mon)

 ロベール・フルリが今夜訪ねてきて、絵のことについて議論をした。──一般の絵のことについて。私は満足な状態で仕事が出来ない。この2年間、私は思想の連続を持たない。それで1つのことを終わりまでし通すことが出来ない。それは実際である。……彼は私の仕事をする態度を考えると、出来るだけ多く先へ先へ進もうとするか、ほかの若い人たちはもっと長く仕事をして、もっと良い結果を得ようとするということを私に証明するために、そう言った。何物と言えども、忍耐と継続ほど効果のあるものはない。しかるに、時々良い週間があっては、また怠惰な無用な週間が続くという風では、進歩するはずはない。けれども実際私は病気のために、旅行したり、アトリエに入れなかったりした。……今私はすべてのものを持っている。もし今仕事が出来なければ、私は無能である。
 今度の絵は非常に良い。私はそれを良く仕上げたい。この週間私の描き方は大胆であった。けれども……私を絶望させないために、彼はいろいろと励ますようなことを言ったのであろう。例えば、私は一番力強い人にも劣らないほどに力強いとか、私は何でもやろうと思うことはやれるとか、……そうして私が泣き言を言うと、彼はそれをつまらないことだと言った。そうして私ほど短い時期の間にこれ以上のことをした人を見たことがないと言った。4年である。彼はもっとも天才ある人、もしくはもっとも幸運な人でも、7年、8年ないし10年かかっても成功しないものだと言った。おお、それはあまりにひどいことである!
 時々私には自分の思うことを大急ぎに書いて書けることがある。修辞学など私には必要ない。私は人を驚いて飛び上がらせるようなものを作り出さねばならぬ。それ以外のものでは私は自分の平和を取り返すことが出来ない。……
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by bashkirtseff | 2010-05-10 07:37 | 1882(23歳)

1882.07.30(Sun)

本文なし
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by bashkirtseff | 2010-05-08 07:45 | 1882(23歳)