カテゴリ:1882(23歳)( 94 )

1882.09.05(Tue)

 毎日雨が降る。外で絵が描けないので嫌になってしまう。傘をさしている小娘を仕上げた。良くない。本当に嫌な首をしている。9つばかりの、往来で良く見る、きれいだけれども虫の好かない子どもである。
 それから孤児院へ行った。けれども、2人の男の子に同時にかかる勇気は出なかった。良く行かないのに決まっているから。なぜと言うに、1つの首だけでも8日は当てにしておかなければならないから、私はカフェの男を仕上げた方が良かっただろうか? ……私には分からない。だが、いろんなものに引き付けられる。……おお! 平均を失って、頭のばらばらになっている人間……気違いじみた、しかも意識的に気違いじみた! ……
 長デュマが言ったように、われわれは2つのものがどちらも良いとその間に立ってちゅうちょする。……それでも彼は生涯5分間以上ちゅうちょしたことはないと言っている。彼は非常に幸運な人であるか、でなければ大うそつきである!
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by bashkirtseff | 2010-05-24 08:00 | 1882(23歳)

日付なし

 20フランの金で私はまず2日くらいは利き目のある幸福を買ったわけである。ジャコブばあさんは私にとって非常に喜ばしいことを予言した。──多少混乱したことではあったけれども。……しかしどうしても忘られぬことは、私が輝かしい成功をして、新聞でうたわれるということである。それから私が非常な天才を発揮して大変化が生ずるというのである。華やかな結婚と、巨大な富と、大旅行をするようになるというのである。
 そんな喜びはばかばかしいと、あなたはそう思いたければ、そう言っても良い。けれどもたった20フランで買ったのである。私はロシアへは行かないでアルゼリに行こう。……なぜと言うに、果たしてそんな幸運が向いているならばそこでだってロシアと同様に生じ得べきものと思うから。……
 お休みなさい。私は良くなりました。明日からは勉強しましょう。
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by bashkirtseff | 2010-05-21 07:55 | 1882(23歳)

1882.09.01(Fri)

 母から手紙が届いた。それには私たちの若い隣人たちがその友達を誘って私たちの家へ2カ月間滞在して大猟をすると書いてある。母はすでに帰る用意をしていると書いてある。けれども、私が聞いたから、そう書いてきたのである。これは私を不安と疑惑と心配の海の中へ投げ込んでしまう。ロシアへ帰ったら展覧会に出す絵は駄目になる。もし夏中仕事を続けていたのならば休養の必要があるという口実があるかも知れない。けれどもそれも出来ない。あるいはそれが立派なものになるかも知れない。けれども、それもおぼつかない。……汽車で4日4晩旅行して、1年間の労力を犠牲にして、見たこともない人たちの中から誰かを選び出したりする──それは無意義なことである。理性も反省も混じっていない。私はこんな愚を論じ出す瞬間に、おそらくはそれを実行しているだろう。なぜと言うに、私はもう自分で何をしているかも分からなくなった。私は占い者のジャコブばあさんのところへ行って聞いてみよう。私に病気があると言って予言した人のところへ。
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by bashkirtseff | 2010-05-21 07:54 | 1882(23歳)

1882.08.30(Wed)

 私は私のマグダラのマリアの下絵を描いている、非常に立派なモデルを見いだしたから。その上その首は私が3年前から探していた首である。この女は興味ある恐ろしい絶望的な表情を持っている。
 絵において私を引き付けるものは、生活と近代的感情と事物の動作である。しかしどうしてそれを表現したらよいだろう? ……かつそれは絶望的に困難なことであり、ほとんど不可能であるから、私を動かさない。
 絵の中でバスティアン・ルパージュのジャンヌ・ダルクほど私を動かしたものはない。なぜと言うにその絵には神秘的な異常なところがあるから。……その芸術家によって理解される1つの感情は、偉大なる向上心の完全な力強い表現である。簡単に言えば、彼は同時にある壮大な人間的な感激に満ちたかつ神的なものを求めたのである。それは実際にあったものであり、しかも何人も思い付かなかったものである。それでジャンヌ・ダルクは描かれなかったのだろう! 神聖の善良! 「わが母の十字架!」それはオフェーリア(ハムレットの女主人公)やマルグリット(ファウストの女主人公)のごとくたくさんある。彼はオフェーリアを1つ描こうとしている。私はそれが神的なものになるだろうと信じている。マルグリットについては、私も1つ描きたく思っている。……それにはある瞬間が捕らえられねばならない。ちょうどジャンヌ・ダルクの場合と同じように。……それはその娘が──美しいカシミヤの衣装を着けたオペラのマルグリットではなく、村かまたは小さい町の小娘で単純な──笑ってはいけません──人間的な──あなたは理解するならば笑わないでしょう──その小娘が、そのときまでまだ悩みはなく、ファウストに会った後で花園へ帰ってきて、その目を半ば伏せながら、半ば驚いたような、半ば笑いながら物思いに沈んで、自分のうちに、ある新しい、まだ知れなかった、心を引き付けるような、しかし物悲しいような目覚めを感じている瞬間である。……その手は祈祷(きとう)書を持っているが、それはほとんど手から滑り落ちそうになっている。……この絵を描くためには私のドイツのどこか小さい都市へ行って、来年の夏描きたいと思う。
 しかし私はこの夏は何をしたであろう? 何にもしなかった。のみならず、この絵とても私は仕上げることが出来ないであろう。それでマルグリットは少し待たなければならぬ。けれども私の絵は……実に立派で荘厳である。それをさらに良くも仕上げるために今1年待つことは良くはないだろうか? ……ああ! 私はばかである。私は文法を学ぶべきはずであるのに、詩を作りたいと思っている。私は毎日3時までアトリエに通い、それから3、4時間モデルを使うべきはずであった。それが本当である。しかるになぜ私はそれをしないのだろう? 世の中のことはなぜこんな風になっているのだろう?
 世間の人は私は絵を描くほどにも進んでいないと思っているのは事実である。けれども彼らはすでにその境界線に達して、それ以上行かれなくなっている人たちである。私は進んではいない。けれども進みうる。そうして私は初歩者であるという慰めを持っている。なぜと言うに私はまだ5年間学んだきりであるから。ロベール・フルリは絵を描くまでに写生に4年間を費やした。塑像に2年と写生に数年を費やした人がたくさんあるだろうか? 私は良くデッサンもすれば絵の具の使い出しも良かった。私の描くものには生命がある。それはものを言い、ものを見、かつ生きている。……私は、それでは何の不平があるだろうか? 何にもない。私は仕事をしなければならない。……ただ私の偉大が絵に出ていないだけである。……それで私はもだえている。それ以上言うことは出来ない。私はただもだえている。おお、愚人よ! 第1の必要は自分のなすべきことを知ることである。絵の思想と美と哲学は仕上げにある。そうして人生の正確な理解にある。……歌う調子において生活を捕らえることが大切である。すべての真実の調子は歌う。人であると物であるを問わず、もし正確に複製されれば傑作になる。何となればそれは自然そのものであるから。
 彫刻に関してあなたは、仕上げというものがないと思いますか? 実際、ほとんどないと言えます。けれどもそれ以上のものがある。──それは創造である。線と色の欺きは研究するのも嫌なものである。彫刻においては全く別種類の仕上げと能力が必要である。それが創造である。それは完全な真実な真理であり実物である。もしあなたが芸術家であるならば、あなたはまずそれに対して生命を与えます。次にもしあなたが高められてあるならば、もしあなたが神聖な火を持っているならば、あなたはそれに思想を与えます。神秘的な、もしくは偉大なる深い意味を与えます。彫刻にも絵にも物質的な部分はあります。けれども彫刻の方がはるかに単純で、高尚で、さらに私に言わせれば、正直であります。実際人はそれに神的な表現しうべからざる神秘性を与え得ます。
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by bashkirtseff | 2010-05-19 18:12 | 1882(23歳)

1882.08.29(Tue)

 この書物はすっかり私を覆してしまった。ウィーダはバルザックでもなく、ジョルジュ・サンドでもなく、デュマでもない。彼女は専門的の理由から私を熱病にかからせた1冊の書物を書いた。彼女は非常に正しい芸術上の概念と意見を持っている。それは彼女が住まっているイタリアの多くのアトリエにおいて集められたものである。
 例えば彼女はこんなことを言っている。画工ではなく真の芸術家の間においては、思想は完成の力量よりも無限に優れたものである。大彫刻家マリクス(小説の中の)は若い女主人公の模型を作る最初の努力を見て、こう言っている。「彼女を来させても良い。彼女はどんな仕事でも出来るようになるだろう。」トニー・R・Fも私がアトリエで絵を描いているのを見た後で言った。「続けなさい、マドモアゼル、あなたは何でも出来るようになります。」
 しかし言うまでもなく私は正しい方向に向かって仕事をして来たのではなかった。サン・マルソオは私の絵を彫刻家の絵だと言った。私はこれまで何よりも形が好きであった。
 私はまた非常に色彩をも愛する。けれどもこの小説を読んだ後では──その前からでさえも──絵の方が彫刻より非常に劣るもののごとく思われる。その上私はそれを憎まねばならぬ。すべての模倣と、すべてのごまかしを憎むと同じように。
 私は浮き彫りを見るときほど腹立たしくなることはない。それは本来平面で滑らかであるべき画布の上の絵を模倣したものであるから。上は芸術上の最上のものから、下は色付けの壁紙に至るまで、レリーフの絵ほど嫌なものがあるだろうか! 私にとっては、それが赤いきれが雄牛におけるがごとくである。ルーブルにさえあるが、天井に絵で似せて描いた枠とか、室内の壁板に木彫りまたはレースのすそ飾りをまねてあるものとか、それらは実に嫌悪すべきものである。
 しかし何が私を引き留めるか? 何にも引き留めない。私は私の貴族的幸福に対して何物も欠乏していないような状態において生きている。2階全体が私のものである。前部屋と化粧部屋と寝室と書斎と、いつでも必要な一方から盛んな光線が入ってくるようになっているアトリエと、仕事や散歩の出来る小さい庭と。人に訪ねてこられて仕事の邪魔をされないために、また私がいちいち下へ降りなくて済むように、通話器が備えてある。
 私の描いている絵は何であるか? 1人の小娘が黒い女ばかまを肩からかけて、傘を開いて持っている。私は戸外で描いているのであるが、ほとんど毎日のように雨である。それから……それはどのくらい重大なものであろう! 大理石で表す思想に比べると、それは何であるか! 3年前の私の下絵、それは1879年10月の日付になっているが、それに対して私は何をしているか? この画題はジュリアンのアトリエで私たちに与えられたものであった。それを私は、墓場の神聖な女が気に入ったごとく気に入った。──アリアアヌ! ──ジュリアンもトニーもその感情は良いと言ってくれた。私は今の絵が気に入っているごとくそれが気に入っている。この6年間私はいつもこの題材で彫刻をけいこしたいと思っていた。……私は俗なものに面を向けるだけの力を欠いでいる。……「何の目的で!」という恐ろしい考えが私の翼をもぎ取ってしまう。
 ──テゼエ(テセウス)は夜の間に逃げた。アリアアヌは明け方にわが身1人となれるを知りて、島中のあらゆる方向へ駆け回った。そうして太陽の最初の光と共に、彼女が岩の端に出てみると、水平線の上の一点のごとき船を認めた。……そのとき……それが捕らえるべき瞬間であり、描くのに困難な点である。彼女はそれ以上進むことが出来ない。呼びかけることも出来ない。水は彼女の周りにある。船はあるかなきかの一点になっている。彼女は頭を右腕に伏せて岩の上に倒れた。それは遺棄と絶望のあらゆる恐怖を示す姿勢である。私はいかにそれを表すべきかを知らない。けれどもそこには私を力強く捕らえる気抜けした怒りと絶大の喪心がある。あなたも理解しうるに、彼女は岩の角に倒れて悲しみと気抜けした怒りに根気を疲らしている。そこには全くの見捨てられがある。すべてのものの終局がある。……この険しい岩と、この無上の力と……それは威力をもその他のものをも皆捕らえてしまう……ついには!
 しかり、透視法に心を奪われることは1つのごまかしであり、調子とか色彩とかに心を奪われることは哀れなことであり、職人のすることであり、それが、少しずつ次第にすべてを吸収して、思想に対する余地をなくしてしまう。
 絵における思想家と詩人は、第8級の匠人である。私はどうしてこの真理を誤解して、こんな異常な勢力を持ってそれを固執すべきであろうか? ……
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by bashkirtseff | 2010-05-19 18:04 | 1882(23歳)

1882.08.28(Mon)

 私は実際自分がほかの人であるような気持ちのすることがある。この妄想は、この歓喜は、自分のしていることに対するこの愛は、偉大な結果に終わるはずはないと思う。自然を見たり感じたりして、私のように作り上げて、そうして偉大な結果に到達することは不可能だと思う。……
 私は2番目の絵を描いてみた。それからマダム・T…が私の仕事をしているときに訪ねてきて、隅で読書していたから、私は彼女の粗い写生をした。決して整頓をしてはならない。整頓は真実に及ぶものではない。高い芸術は切実な瞬間を捕らえて、見た通りを描くことである。……
 しかしながら次の真理をあなたは深く肝に銘じて下さい。自然を正確に写すためには、天才が必要である。普通の芸術家は自然を parodier する(もじる)以上のことは決して出来ない。
 利口な画工が写すために写すと平凡な作品が出来る。それを俗人たちは写実的だと呼ぶ。それは諧謔(かいぎゃく)の材料にしても差し支えのないことがしばしばある。
 何人にかかわらず自分の見る通りにその人を描くことは問題ではない。捕らえられた動作と姿勢はほとんど保持されることはない。姿勢には堅いところが出来る。けれども心意は感動を受けて、その事物を見た瞬間の印象を保持しなければならぬ。あなたが芸術家と認めるのは、そういった場合である。
 私はウィーダ(本名はルイーズ・ド・ラ・ラメー、1840(#1839)に生まれた小説家、ロンドンとフィレンツェで暮らした/底本:「オウィダ」)の書物をまた読み返してみた。中庸の才能の婦人で、その書は「アリアアヌ」(アリアドネ)と題して英語で書かれてある。
 それは最高度の通俗的な小説である。私は最近3、4年間にこの小説を読み返してみようと思ったことが20度もあった。そうしていつもやめにした。それは私に感動を与えることを知っていたからである。この小説は芸術と愛を取り扱って、場面はローマに置かれてある。3つのものが結合している。そのうちの1つだけでも私を感激させるに十分である。愛はそのうちでも最小である。愛はこの小説から取り去っても差し支えない。それでもまだ私を喜ばせるものが十分に残るであろう。
 私はローマに対して崇拝と尊敬と熱情を持っている。ローマはすべてのもの以上である。美術家のローマ、詩人のローマとして、真のローマは世俗的のローマのため少しも煩わされるところはない。私はただ詩的な美術的なローマのみを記憶している。それが私をひざまずかせる。
 彫刻はその本の中に取り扱われた芸術である。私はいつもそれを始めたいと思っている。昨夜も眠れなかった。
 おお、神聖な芸術の力! おお、他のすべてのものに値する神聖な並ぶものなき感情! おお、地上に高く秀づる無上の享楽! 私は今重たい胸と涙にぬれた目をして、神の前に身を投げ出して、その助けを求めている。
 何だか気違いになりそうだ。1度に10のことがしたくなる。私は何だか重大なことをしているような気持ちがする。そう信じている。実際に信じている。私の魂は未知の高さに駆け上る。
 もしこのまま下界へ落ちないで済んだら! ……その墜落が恐ろしい。けれども人は何事をも経験しなければならぬ。向上の日に次いで低下の日が来る。私は2つながら苦しむ。……けれども同じように苦しむと言うほどに私は感動されてはいない。
 何物をも整頓するなかれ! それで絵が出来るだろうか? 同じことである! 1つの題目があなたを引き留め、あなたを動かす。その瞬間にあなたは自らのためにその光景を表現することは言うまでもない。そこに絵が見える。
 もしあなたの想像力が激しく動かされたなら、あなたはそれを見るとほとんど同時にそれを読み、それについて考えるのである。
 私の信ずるところによると、実際に感動させる絵は皆そんな風にして思い付かれたものである。
 その他にたった1つの研究と改善がある。──アトリエの仕事である。あなたはただあなたに固着して、あなたを悩まし、あなたを占有しているものを描かねばならぬ。
 デュマの言ったことははなはだ正しい。われわれはわれわれの題材を占有してはいない。題材がわれわれを占有するのである。100スウで演じる人も、10万フランで演じる人と同じ苦しみを経験する。それで私には理解することが出来るのである。
 否、否! 私は自分の印象を翻訳する必要を感じる。激しい芸術的熱情を感じる。非常に多くの混乱した事物が私の頭の中に集まっているので、いつかそれを翻訳することが出来るだろう。
 公則、おお、公則!
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by bashkirtseff | 2010-05-19 17:58 | 1882(23歳)

1882.08.23(Wed)

 私は仕事をしないで外を歩いてきた。そうです、マドモアゼルは芸術的の散歩をして観察します。私は孤児院を、朝と午後2度訪問した。
 婦人監督者は私の知り合いである。子どもたちは私がボンボンをたくさん持って行ったために、2度目の時は私の周りにたかって、愛すべき小さい動物の群れのごとく私の着物に絡み付いた。忠実な無邪気な、しかし空虚な目をしてみんな小さいよろよろする足で私の後に付いてくる。それから皆座らされた。皆が余念なく遊んでいると、その中の一番利口な子どもが私に話をして聞かした。絶えずその効果を見ようとして私の方を眺めながら。
 私は帰ってくるとすぐ下絵を描いた。Sinite parvulos venire ad me.〔小さき者われと共に来たる。〕イエスと子供ら。ああ! 私に才能があったら!
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by bashkirtseff | 2010-05-19 17:51 | 1882(23歳)

1882.08.22(Tue)

 ロザリを連れてマルセ・デュ・タンプルへ行った。私の目は驚きを持って今でもまだ広く開いたままである。実に驚くべきところである。私はアトリエ用の古いものを少し買った。けれどもさまざまな型の人間を見たよりほかに何にもしなかった。おお! 市街! もし見るほどのものを絵にすることが出来たらどんなに良かろう! ……ああ! 私は見る能力をば持っている。けれども見たものに幻惑されてしまう。態度と挙動、行為の中に出ている生活、真実でかつ生きている自然。おお! 自然を捕らえて、それを絵にする方法が知りたい?
 これは大問題である。おお! なぜ私にはその力が得られないのだろう? ……トニー・R・Fというあの人が、「マドモアゼル、あなたの熱心があれば、私は大家になれるどんな仕事でも出来ます」と言ったのは事実である。
 それで私はまた入って来て自分の見たものを描いてみた。往来の1つの腰掛けに数人の小さい女の子が集まって遊んだり話をしたりしている。子どもたちの顔の集合が面白い。その次にカフェの食卓に2人の男がかけているが、その態度に特色がある。私は頭をこごめて画布の上に写生した。カフェの主婦は戸口の陰に立っている。
 その次にタンプルの絵、非常に美しい娘が、自分の店に、花輪の店に立って笑っている。この絵はアトリエででも描ける。けれども前の2つは外気を要する。……私はなぜこんなことを言っているか分からない。明日から……いや、それは夢である。
 要するに、不注意の間に捕らえたこれらの瞥見(べっけん)は人間の生活に向かって開いている窓のようなものである。それによってこんな人たちの生活とか、性格とか、日常の挙動とかを想像することが出来る。それは不思議なことである。実に興味のあることである! しかし! ……
 愚かな人たちは、近代的であるためには、すなわち写実的であるためには、自分の出会った最初のものを整頓することなしに描けばよいと思っている。整頓するな。しかし選択して捕らえよ。それがすべてである。
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by bashkirtseff | 2010-05-18 08:09 | 1882(23歳)

1882.08.21(Mon)

 私は……誰でも構わず引っかきたい! 私は何にもしていない! 時間はたっていく。この4日間私は座らなかった。戸外の仕事を1つ始めると雨になった。風はあらゆるものを吹き飛ばしている。私は何にもしてない。
 私は、この空虚で気違いになりそうだ! この苦しみが私の真価を示すのだという! 否、どうして! それは私が聡明であって、ものを良く見ることを示すのである。……
 その上、私はもう絵を描き出して3年になる。
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by bashkirtseff | 2010-05-18 07:58 | 1882(23歳)

1882.08.19(Sun)

 私は庭で仕事をしていると、モンソー公園の景色を思い出した。私は12ばかりのブルウズの上から前掛けをかけている男の子どもを描いている。その子どもは腰掛けに掛けて、そばに空のかごを置いて、絵入り新聞を読んでいる。これはその公園や市街で良く見る光景である。
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by bashkirtseff | 2010-05-18 07:57 | 1882(23歳)