カテゴリ:1880(21歳)( 102 )

1880.09.07(Tue)

 今日は雨。……私の生涯のもっとも不愉快な事件が頭の中を群がり過ぎる。その中には遠く過ぎ去ったことでありながら、それを思い出すと、急に体の痛みを覚えるように飛び上がって両手を握り絞らないではいられないようなものもある。
 私の周りのすべてのものは変化しなければならぬという私の発見は必要なことである。……私は自分の家族が嫌いである。私には叔母や母様の言うことが言わない先から分かっている。またどんな場合にも彼らのすることが分かっている。彼らはサロンで、プロムナードで、海岸でどんな顔をするか、それを考えると、私は歯を食いしばらないではいられない。……例えば、ガラスのきしむ音を聞かされるように。
 私の周りのものは皆変化してしまわねばならぬ。そうして私もいま少し落ち着いてきたら、彼らを相当に愛することができるであろう。しかし彼らは私を ennui〔倦怠〕で殺しそうである。私が何かの皿を拒絶すれば、彼らは驚いた顔つきをする。また彼らは食卓に氷を用いないためにも、それが私の気に触ると思う時は、あらゆる手段を実行する。また彼らは私の開けた窓を閉めるために泥棒のように忍び足で来る。その他1千のささいなことが私をいら立たせる。しかし、私はこの家に属するすべてのものにつかれたようになっている。
 何より不安なことは、こんな孤独の中で私はさびてしまいはしないかということである。この黒い気分が知能を濁らして私の頭を裏返しにしてしまう。私はこんな黒い雲が永久に私の性格の上に覆いを掛けて、私を苦い酸っぱい陰気な人間にしてしまいはしないだろうかと恐れている。私はそうなることを望まない。ただそれを恐れて、心は沈黙の間に悲しみに沈みそうである。
 私の挙動は完全だと言われている。年取ったボナパルト党の人たちがアドリイヌにそう言ったことがある。……否、私にはいつも一種の不安がのし掛かっているように思われる。私はいつも悪口を言われたり、軽蔑されたりして、名簿の中に書き込まれることを恐れている。……そうしてそのうちのどれかは、たとえ人は何と言おうとも、離れなくなるに相違ない。……否、私の家族は彼らが私をどんなにしたかということを少しも考えない。私の悲しみが私を驚かすのは、ただ女に欠くべからざる明るい性質が永久になくなりはしないかという心配のみである。
 なぜ私は生きているか? 何の役にここで私は立っているか? 何を私は手に入れたか? 名誉でもなければ、幸福でもなく、また平和でさえもない! ……
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by bashkirtseff | 2009-01-29 16:52 | 1880(21歳)

1880.09.02(Thu)

「そのほか、彼は多く読書して、人が自ら負うところの深甚真摯の教えを得た。これはいやしくも才能の人が20歳と30歳の間に求めたものである。」このバルザックの言葉は私を喜ばせる。
 今度私はリュ・ドゥ・ラヌラグ(底本:「ラヌラア」)のパシ45番地に1つの庭園を借り入れた。それは外光の習作を描くためで、1本の木の下にイルマを裸体にして、等身大で始めた。
 まだ相当に暖かい。それで私は急がねばならぬ。これが人生である。要するにそれでも結構である。私はどうしてこんなに何となしに不安を感じるのだか自分でも分からない。私には何だか煩わしいことが起こりそうに思われてならぬ。独りで閉じこもって仕事をしていながら自分で安心な気持ちになっていたい。……しかし人間は愚かでかつ悪意のある者だから、あなたがどこの隅に隠れていても、あなたを捜し出して煩わしさを与えようとする。
 それにしても何事が起こるのであろう? 私には分からないが、あるいは考えだされたものとか、あるいは誤り伝えられたものとかであるかも知れない。それが私に対して繰り返され、私を苦しませるであろう。……
 それともあるいは何か卑しむべきことが起こるかも知れない。さほど重要ではないが、ちょっとした恥辱になるようなことが。例えば、私の不幸のような。──それ故私はビアリッツに近づかないようにしている。
 ──なぜいらっしゃらないの。マダム・G…は言った。いらっしゃいよ。お母さまと叔母さまへは、私から話してあげますわ。……本当に、ビアリッツへいらっしゃいな。本当に立派ですよ。いろんな人に会えますわ。
 笛〔たわごと〕だ! 社交界の言い方で言うならば。私は1人でいさしてくれるなら、パシの庭園にいつまでもいたいと思っている。
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by bashkirtseff | 2009-01-29 16:47 | 1880(21歳)

1880.08.22(Sun)──パリ

 8時。何という気持ちよさに私のアトリエは見えることだろう!
 私は週間絵入り新聞やらその他の小冊子やらを読んでみた。……何もかも落ち着いていて、旅行などをしなかったようである。
 午後2時、私は自分の心を煩わしくするものは芸術家の耐え忍ばねばならぬすべての種類の煩わしさに等しいものだと思ってわずかに自ら慰めて(!)いる。なぜと言うに、私は貧乏というものも、親の圧制というものも感じていないから。……そうしてこれは多くの芸術家の苦しんでいる点ではあるまいか?
 才能だけでは私は成功しないだろう、もしそれが天才の躍動とならない限りは。……しかしそんな躍動は3年間も研究して偉大なる天才についてもなお得られなかった。ことに今のごとく、周囲に多くの才能がある場合でさえも。私は良い思い付きが浮かんでも、卒然として、夢を見ているか何ぞのごとく、つまらないことをしてしまう。……私は自分を軽蔑しかつ憎む。すべての人(その中には私の家族をも含む)を軽蔑しかつ憎むがごとく。……おお、家族……例えば汽車に乗ると叔母はいろいろな小さい政策を労して私を窓の開いていない側に腰掛けさせようとする。私は争うのが嫌になって言うことを聞くが、ただし向こう側は開けたままにしておくという条件で。しかし私が眠ると彼女はすぐにそれを締め切ってしまう。私は目が覚めると、靴で窓をけ破ってしまうと言って怒鳴り出す。けれども、もう私たちは着いていた。それから朝飯の時に私が物を食べないと言って心配そうな顔つきをしたり、芝居か何ぞの様に目をつぶったりする人がある。もちろんこの人たちは私を愛している。……しかし私には、人が愛する時はますます理解が出来るものだというふうに思われる! ……
 心からの怒りは人を雄弁にする。
 雄弁な人、もしくは政府に対して怒っていると信じている人は、壇上に立って自ら1つの名声を作る。しかし女には自分の勝手に立たれる演壇がないのみならず、女は自分の父、義理の父、母、義理の母、その他自分を終日落ち着かせない人たちに煩わされる。女はいくら怒っても、自分の化粧卓の前で雄弁になりうるに過ぎない。結果は──ゼロである。
 そんな場合に……母はいつも神のことを話しだす。もし神様のおぼしめしならば、とか、神様のお助けによって、とか。
 うちの人たちはあまりしばしば神に呼びかけるので、小さい義務は大概皆どこへか行ってしまう。それは信仰でもなければ、もちろん帰依などではなく、1つのマニアであり、弱点である。ものぐさな、無能な、懶惰な人たちの憶病さよ! すべて神の言葉を持って自分の感情を覆い隠さんとするほど不作法なことがあるだろうか? もしその人が神を信じているならば、単に不作法なだけでなく、また罪悪でもある。何事かが起こると決まっていれば、必ず起こるであろう、と彼女は言う。自分で確証することの煩わしさを避けて、また後悔する心配のないように。そうしてもし何事でも皆前もって決まっているとすれば、神は1つの立憲的主宰者であり、私たちの自由意思であり、不徳であり、また徳であるにとどまらねばならぬ。
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by bashkirtseff | 2009-01-28 12:03 | 1880(21歳)

1880.08.19(Thu)

 私は今朝は何にもできない。目も頭も疲れている。それでも日曜まではここにいなければならないのである。
 もう今日は時間がない。明日は金曜日である。もし金曜日に立つことになるとこんな場合に決まってある面倒なことが起こるかも知れないと思う。
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by bashkirtseff | 2009-01-28 11:59 | 1880(21歳)

1880.08.18(Wed)

 今日は長く乗りすぎた。──5時間馬の背中にいたのと、人を疲らすような治療法とで私は全く弱ってしまった。
 私はこの治療法の結果がこの土地の下らない医者が私を非常に弱っていると言ったその言葉を実証することになりはしないかと恐れている。実際彼は私に向かって、この治療法をやり通せば21回の入浴をしても耐えうるように強壮になると言った。医学は嫌な学問である。
 私たちはサンシの頂上まで登った。この嫌なモン・ドールを取り囲んだ山脈で、そこから見下ろすとモン・ドールは平たく見えた。サンシの頂上からの眺望は実際に壮大なもので、私はそこから日の出を見たいと思った。遠い水平線は地中海を思い出させるような青い色をしているが、そこがここにおいてのすべての美である。足で登ることは非常に疲れるが、ひとたび頂上に達すると、世界中を取ったような気持ちになる。
 そこには私たちと同じように遊びに来た人が大勢いた。彼らは皆自然を損なった。
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by bashkirtseff | 2009-01-28 11:58 | 1880(21歳)

1880.07.17(Tue)

 私の外気の絵は天気が悪いので打っちゃったままである。私は別に15号の画布にいま一つの絵を描いた。場面は大工の家を左側から見たもので、女が10の男の子に唱歌服を着せていると、小さい娘は口を開けて兄の方を眺めながら1つの古い箱に腰掛けている。後ろの方には、祖母が暖炉のそばに立って、両手を組み合わせて、子どもを見て笑っている。父はベンチに腰掛けて「ラ・ランテルヌ」を読みながら、赤いけさと白い法衣を横目に見ている。背景は非常に複雑で、暖炉があったり、古い瓶が幾つもあったり、道具類があったり、その他不自然でなく仕上げてない物がたくさんあったりする。私はそれを仕上げる暇はないけれども、そういった物に手慣れるためにこの絵にかかったのである。立っている人物と床とその他の細部的なものが私を驚かした。私は室内の絵を冒険的に描いてみても失望するだろうと思っていた。しかし今では、自分で良くできるというのではないけれども、どんなふうにしたらよいかということだけは見当が付いて、もはや怖くなくなった。
 私の最初の作図の首は長さが指3本くらいであった。
 まだ着物やその他のものを描かねばならぬ。私は私の軽蔑すべきサロンの絵を除いては、これまで裸よりほかのものを描いたことがなかった。──それからまだ手があった! 6つ半の手が!
 私はこれまで何を書いても満足に完成するだけの辛抱がなかった。ここにある事件が生じて、それに対する自分の意見を大体書き留めておいて、翌日になって新聞の記事を見ると、私の書いたものは必要がなくなって、それで結局私は完成もしなければ、適当にも書けないということになるのであった。絵における辛抱は、最初の困難に打ち勝つためには、相当の努力が必要だということを私に教えた。最初の1歩が困難のすべてである。このことわざが今ほど強く私を感動させたことはなかった。
 その上、何よりも先に、自分の周囲ということを考えねばならぬ。私の周囲のごときは、世界中で1番良く注意されているのにもかかわらず、野獣的と言わねばならぬ。私の家族はほとんど皆無知で平凡である。それからマダム・G…の様な全くの世間師風の女までがある。それから、私たちを訪ねに来る人たちがある。私たちはあまり話をしない。あなたは私たちの habitués〔常客〕を知っていられるはずです。ラ・M…とか、あるいは面白くもおかしくもない若い男たちとか。私は断言しますが、もし私が、時々書物を持って閉じこもらなかったら、私は今よりもっと不聡明になっていただろう。私は自分の思うことを自由に話すように話すと思われている。そうして誰でも私以上にみえを張るのに困難を感じるものはないだろうと思われることがしばしばある。私はまた時々全く遅鈍のごとくなって、言葉が口元まで集まっていながらものが言えないことがある。そのときはぼんやりして聞きながら笑っている。
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by bashkirtseff | 2009-01-28 11:55 | 1880(21歳)

1880.07.31(Sat)

 昨日私は25号の画布に描き始めた。構図は非常に簡単である。2人の子どもが美しい森の下に座っている。木の幹は皆こけで覆われている。絵の上の方に空間があって、そこから景色が青白く見えている。男の子は10ばかりで、左の腕の下に学校の本を1冊抱えて、その目は何物をも見ないで、正面を向いて座っている。女の子は6つばかりで、片手で男の子の方を引っ張り、片手で1つのナシを持っている。顔は横向きで、男の子を呼びかけているように見える。子どもは2人ながらひざまできり見えない。なぜと言うに尺度が等身大であるから。
 パリを立つ前に私はジョルジュ・サンドの「アンディアナ(底本:「インヂアナ」)」を読んだ。私は断言しますが、少しも面白くなかった。しかし私は「愛の妖精」(同じくジョルジュ・サンドの小説/底本:「小さいファデット」)とその他2、3冊とそれから「アンディアナ」を読んだだけであるから、正確な意見を与えることはできない。けれども今までのところでは、私は彼女の才能には少しもとらえられない。世間ではあれほど声高く称賛しているにもかかわらず。私はそれを好まない。それはラファエルの「聖母」に対すると同じである。私がルーブルで見るところのものは私を喜ばせない。私は判断のできない前にイタリアでも見た。そうしてそのとき見た物も同じく私を喜ばせなかった。それは神聖でもなければ、人間くさくもなく、私には、習俗的でかつボール紙のように思われた。
 私は今日馬に乗ろうと思っていた。……けれども、もうそんな気はなくなった。仕事をしないで1日を過ごすと私は非常に後悔する。日によると私は何もできないことがある。そんなときは、やろうと思えばできるのだと自分で自分に言って、自分を非難して、結局はこう叫ぶ。皆よしてしまえ! 人生なんかつまらない! そう言って私はタバコをふかしながら小説でも読むのである。
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by bashkirtseff | 2009-01-27 09:08 | 1880(21歳)

1880.07.29(Thu)

 モデルには際限がない。ここいらのオーヴェルニュの人たちは皆驚くべき善良な性質で、女たちは非常に愛想がよい。
 私は10歳の小さい娘が草の中に眠っている絵を描き始めた。けれども明日はその娘を休ませて、子どもがヤギを連れている絵(等身大)を仕上げて、それからまた私の小さい娘にかかろうと思う。ヤギを連れている子どもはパリで絵を描いたことのある大工の息子である。その大工の妻は仕立屋で、3人の子どもは皆美しい。その店は北向きで、雨の日には薄暗いアトリエとなるから、私はそこに7つばかりの小さい娘を置いてみようと思う。
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by bashkirtseff | 2009-01-27 09:05 | 1880(21歳)

1880.07.27(Tue)

 私は風景を描いてみようとしたが、結局画布をけ破って済んでしまった。その場に4つばかりの小さな娘の子が立って眺めていた。私は景色をば見ないで、明日から私のモデルになるその子どもばかりを見ていた。どうして人間の形よりも面白い画材が得られようか?
 私は首と左の耳の中間に非常な痛みを感じて気違いになりそうである。しかしそのことは何にも言わないでいる。なぜと言うに、叔母が私を悩ますであろうから。そうして私は腫れたのどを何とかすればよいことを知っているから。
 私はもう24時間以上も恐ろしく苦しんでいる。私は眠ることもできなければ、どうすることもできない。書物を読んでも1秒ごとに妨げられる。私は自分が生の暗い方面のみを見るのはこの苦痛のためではないかと思う。惨めさの中の惨めさ!
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by bashkirtseff | 2009-01-27 09:03 | 1880(21歳)

1880.07.23(Fri)

 私の失われた空費された若さをば誰が取り返してくれるだろうか? 私はまだ20にもならないのに、この間白髪を3本見いだした。私はそれを誇りにしている。それは、私が何事をも誇張しないという1つの恐ろしい証拠である。もし私のこの子供じみた形がなかったならば、私は年取って見えたかも知れない。これは私の年ごろとして当然なことであろうか?
 否! しかし私の心の底の方から1つの嵐が起こって、すべてこのことをば、私の頭が私を哀れみ出す前に、それを吹き飛ばしてしまうように私に言い聞かせた方がよいと思われる。
 私は1つの不思議な声を聞いた。それは神のたまものであるのに、私はそれを失ってしまった。歌うことは女にとっては、雄弁が男におけるがごときもので、限りなき1つの力である。
 公園に向いた私の窓からマダム・ド・ロオトシルドがプロムナードに見えた。彼女は馬や侍童などを大勢連れてきたのである。この幸福な夫人を見て私は平気でいられなくなった。けれども、私は勇敢でなければならぬ。その上、苦しみが強くなると、それは救われを意味する。それはある点まで達すると減退し始めることを私たちは知っている。私たちが苦しむのは心のこの危機を待つ間である。しかしひとたびその危機が到達すれば私たちは救われた気持ちになる。そんなときに私たちはエピクテトスに助けを求めたり、祈ったりする。しかし祈りには感情を騒がせるような点がある。……
 この数日以来私はだいぶ良くなった。その間も悩みは絶えず絶えず絶えず起こり続けていたのではあったが。やがて新しい爆発が来て、私は壊崩してしまうだろう!
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by bashkirtseff | 2009-01-22 13:48 | 1880(21歳)