カテゴリ:1879(20歳)( 83 )

1879.08.29(Fri)

 宿命論は怠惰な人間と絶望した人間の宗教である。私は絶望している。それで私はあなたに確言しますが、私は人生を無視している。こんな言い古したことは、もしたまに感じるだけならば、言わない方が良いのである。けれどもこれは喜ばしい時でも常に私の感じていることなのである。私は死を何とも思わない。もし死後に何物もないとしたならば、すべては極めて簡単である。もし死後の生活があるならば、私は自分を神に推薦する。しかし私は天国へ行こうとは思わない。なぜと言うに、天国でもこの世と同じようにいつまでも同じ苦しみを耐え忍ばねばならないだろうから。
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by bashkirtseff | 2008-12-22 10:40 | 1879(20歳)

1879.08.22(Fri)──ディエップ

 おお、崇高なバルザック! あなたは世界中で1番偉大な天才です。私たちがどちらの方向へ向くにしても、私たちは常に私たちの姿をあなたの崇高な喜劇の中に見いだします! あなたはいつも生きていて、自然を写しているように見えます。私は今2人の婦人を見たが、その2人はその生まれから顔つきから生活から、私にバルザックを思い出させた。あの偉大な、底知れぬ、驚くべき天才バルザックを。
 家の人たちは今芝居から帰ってきた。マダム・ド・Sはちっとも美しくないと言う。それが定評である。
 どうして私には彼女が魅力があるように思えるのだろう?
 彼女がきれいでないことは私も承認する。けれども私の芸術家の目を持ってみれば、その唇の曲線や精巧に刻まれたその鼻には魅せられる。彼女はほほに筋がなく、目の下にしわがなく、その態度はしなやかである。
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by bashkirtseff | 2008-12-22 10:31 | 1879(20歳)

1879.08.21(Thu)

 今朝私は主婦ジャスタンの略画を描きに行った。この人は73で、子どもが19人ある。この人が砂をいじっていると、人々が周りにたかっていた。しかし私は誰も見ないようなふりをしていた。そのとき2隊の兵士が来て浜辺で体操のようなことをやり出した。間もなく雨が降ってきた。私は明日また出掛けようと思う。外気で描くのは非常に面白い。こんな絵は私のアトリエをしゃれたものに見せたであろう。
 私は芸術家的の気取りを装ったり、才能もなくして芸術家風の服装をしたりするようなつまらないまねをしないことは、あなたに理解して頂きたいと思う。
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by bashkirtseff | 2008-12-22 10:29 | 1879(20歳)

1879.08.20(Wed)

 私は野心の加わらないような感情をとても持てそうには思えない。私は何物でもないような人間を軽蔑する。
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by bashkirtseff | 2008-12-22 10:28 | 1879(20歳)

1879.08.19(Tue)

 今日初めて私は海水浴をした。何もかも不愉快で泣きたくなってしまう。私はブルジョアの服装をするくらいなら漁師の娘の服装をした方がましだ。その上私の気質は不幸に出来ている。私は人生のあらゆる細事に渡って微妙な調和を望んでいる。一般に上品で美しいと思われているようなものは、私には芸術的の美が欠けているように思われて不快でたまらないことがしばしばある。私は母が上品であるとか、才気があるとか、あるいは少なくとも威厳があり高慢であってもらいたいとか思う。……つまらない存在だ! なぜこんなに苦しまなければならないのだろう。……
 あなたはこれをささいなことと言いますか? ……すべての物は皆関連し合っている。もし留め針が小刀ほどにあなたを傷つけるとすれば、賢人たちはそれを何と言うでしょう?
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by bashkirtseff | 2008-12-22 10:28 | 1879(20歳)

1879.08.16(Sat)

 私たちは笑ってばかりいる、私は非常に退屈でたまらないけれども。しかし笑うのは私の持ち前である。
 私の笑いは私の気分と何らの交渉も持たない。
 以前は温泉場に行くと、私はいつも通行人を眺めているのが面白かった。今ではそんなことに全く興味を持たなくなってしまった。私の周囲にいるのが、人であろうと犬であろうと差別はなくなった。私は1人きりで楽器を弾いたり絵を描いたりしている時が1番楽しい。私は自分の生活が今の状態から全く違ったものになるように期待していた。けれども私の希望通りにならないので、私はどんなことが生じてこようと意に介しない。
 私がいつも不幸であったことは拒まれない事実である。
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by bashkirtseff | 2008-12-22 10:26 | 1879(20歳)

1879.08.13(Wed)──ディエップ

 私たちは昨日からディエップ(フランスの北海岸の小都市/底本:「ヂイプ」)に来ている。着いたのは朝の1時であった。
 海岸の町はどこでも同じなのであろうか? 私はオーステンデ(ベルギーの海岸の町/底本:「オスタンド」)、カレー(イギリス海峡に臨んだフランスの町)、ドーバー(カレーと向かい合ったイギリスの港町/底本:「ドヴァ」)を通って、今ディエップに来ている。タールや船や船具や水夫たちのにおいがする。4面風に吹きさらされて途方に暮れている船のような感じがする。何だか船酔いを思い出す。地中海に比べると何という相違だろう! 地中海では呼吸することも自由であれば、眺めるものもある。またここのような嫌なにおいがしない。私はむしろゾーデンとかシュランゲンバードとか、あるいはモン・ドールは一体どんなところだか知らないが、そういったような木立の深いこぢんまりした巣の方を選びたい。
 私は新鮮な空気のためにここへ来たのだ。ああ! 本当にそうだ。もちろん、都会とか港町とかを出れば空気は良いに決まってる。こんな北の海は私を喜ばせない。宿屋はどこも4階からでなければ海は見えないように出来ている。おお、ニース! おお、サンレモ(イタリアのフランスに接した港町)! おお、ナープル!! おお、ソレント(ナープル湾の南端の村)!!! おまえたちは無意味な名前ではない。旅行案内所によって誇張されたり乱用されたりしたむなしい名前ではない。おまえたちは実に美しい楽しい土地である!!!
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by bashkirtseff | 2008-12-20 13:49 | 1879(20歳)

1879.08.09(Sat)

 行ったものであろうか、とどまることにしようか? 箱はこうられてある。医者はモン・ドール(フランスの中部ピュイ=ド=ドーム(底本:「ピドドオム」)地方の山#)の水の効力をあまり信じているように見えない。しかし構わない、私は静養のために行くのである。そうして帰ってきたらば驚くべき活動の生活を送らねばならぬ。昼間は絵の具ばかり使い、夜はモデルを使おうと思う。


#モン・ドールがあるのはフランス北部、ブルターニュ地域圏のイル=エ=ヴィレーヌ県。訳者誤り?
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by bashkirtseff | 2008-12-20 13:47 | 1879(20歳)

1879.08.04(Mon)

 私は眠れなかった。かわいそうなあの小さい犬が絶えず私の目の前に見えていた。非常に憶病になって門番のそばへも寄り付かなかった。どこへ行くという当てもなしに。
 私は涙を2、3滴流して、神に犬の見つかるようにと祈った。私は何事かを願う時には自分にささやいて祈る癖がある。この祈りを言って心の休まらなかったことはなかったように記憶している。
 今朝皆が私の名前を呼んで、犬を連れて帰った。かわいそうなやつは非常に飢えかつえていて、私を見てもそれほどの喜びも示さなかった。
 私は彼はいなくなったものと思っていた。家の人たちは私を慰めるために殺されたのだろうと言っていた。
 母は本当に奇跡だと言う。なぜと言うに、私たちが失った犬を見いだしたのは今度が初めてであるから。もし私が祈ることを話したらば母はさらに驚いたであろう。けれども私は話したくないので、ただここだけに書いておく。自分だけの考え事や祈りを繰り返したり書き留めたりしていると愚かにかつこっけいに見えるものである。
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by bashkirtseff | 2008-12-20 13:46 | 1879(20歳)

1879.08.03(Sun)

 私の犬のココ2世が見えなくなった。これは私たちが芝居へ行っていた間の出来事であった。私は帰ってくると彼が私を迎えに駆け出してこないので不思議に思った。それでほかの犬たちと一緒にいるのではないかと見に行った。すると彼はいなくなったのだと告げられた。あなたにはそんなことはどうだって良いでしょう。しかし私は、その動物をかわいがり、生まれぬ先から名前を付けてやり、それが私に懐いていたごとくそれを懐かしく思っていた私は! ……
 しかしそれが私にとってはどのくらいの悲しさであるかは、あなたにはお分かりがないと思います。その犬は私が仕事をしている間も私のそばを離れなかった。……家の人たちは私が悲しんでいるのを知っているので、打ち沈んで黙っている。母様は日が暮れてから駆け回ってばかりいる。
 私は戻ってくると警官の所へ行ってもし犬が見つかったら連れてきてくれるようにと頼んだ。
 召し使いたちは犬を探し出さなければ暇をくれてやると言い渡された。今年はこれで4度目である。1番がピンチオ、その次がココ1世、1週間前にニニシュ、そうして昨日また私の犬が。
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by bashkirtseff | 2008-12-20 13:45 | 1879(20歳)