カテゴリ:1878(19歳)( 96 )

日付なし

 もう長くはないだろう。
 雨が降っている。私の機知は無限である! 甘美なるアルマーニュ!
 散歩するので私は健康になっていく。私は読書をして、時間を空費しない。聖賢われに光栄あらしめよ。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-21 10:23 | 1878(19歳)

1878.08.06(Tue)

 私の帽子は私を喜ばせ、またゾーデンを喜ばせる……。私は温泉場で水を飲ませてくれる女から編みかけの青い毛糸の靴下を買った。そのとき女は私に編み方を教えた。私は思い付きと靴下を同時に取り上げて、マダム・ヂュタアヌと一緒にオテルの窓の前に腰掛けて編みにかかった。叔母たちはどこだか知らないが散歩に出掛けた。
 変化が私に生じてきた。私は気が静まり、穏やかになってきた。私はアルマンド〔ドイツ〕人に成りかけてきた。私は靴下を編んでいる。それがいつまでも続きそうである。なぜと言うに、私はかかとのこさえ方を知らないから。それで靴下はどこまでもどこまでも長くなりそうである。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-21 10:22 | 1878(19歳)

日付なし

 私はゾーデンでいろいろなプロムナードを発見した。……ただしそれは訪問者が誰でも登られそうに思う普通の道ではなく、人影も見えない森の小道である。私はその静けさが好きだ。パリでも、その他の土地でも、私に取っては砂漠である。しかしローマは別である。ローマのことを思い出すと、私はすぐにも泣きたくなる。
 昔のリウィウスは話し方が上手である。ある部分を読んでいると、彼が敗北の仮面をかぶって屈辱の弁解をしているようにも感じられて、それがほとんど感動的にさえ思われる。ローマは実際今まで私の唯一の愛人であった。
 婦人たちが銘々の神経や交際や医者や着物や子どもたちのことを話し合っているのを聞いている時の私の愉快な心持ちを想像してみて下さい。私だけは孤立している。私は森の中へ入ったり、でなければ、目を閉じて自分の好きなところへ座っていたりする。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-21 10:20 | 1878(19歳)

1878.08.02(Fri)

 近ごろはニースのことばかり思い出す。……まだ15であった。あのころ私はどんなに美しかっただろう! 体も足も手もあるいは完成していなかったかも知れない。けれども顔には魅力があった。……それも今ではもうなくなってしまった。……ローマから帰った時、伯爵ロオランチなぞはほとんど私に食ってかかった。……
 ──あなたのお顔は変わりましたね。彼は私に言った。目鼻立ちや顔色は元の通りだけれども、何だか変わりましたね。……あなたはもうこの写真の顔にはなれそうもありませんね。
 彼の言ったのは私が両ひじをテーブルの上に持たせかけて、ほほを両手で支えている写真のことであった。──例えば、あなたは部屋に入ってきて、首を両手に支えて、その目で未来の方を眺めながら、半ば恐怖しているような調子で、「これが人生というものでしょうか?」とでも言っているように見えます。
 私の顔は15歳のころには、それ以前にもそれ以後にも見られないほどのあどけなさがあった。そうしてその表情は世界中でまたとないほど魅力に富むものであった。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-21 10:19 | 1878(19歳)

1878.08.01(Thu)

 私は風変わりな年取ったアルマンド〔ドイツ〕婦人のように扮装した。新規な人が来るたびに Kurhaus〔浴場〕の人たちは盛んに好奇心を起こすのであるが、私もたちまち評判になった。私は給仕人に何も言いつけないほどに用心をしたために、疑われて、後をつけられて、万事駄目になってしまった。
 私は25人の人を腹の皮の破れるほど笑わせたけれども、自分では少しも面白くなかったから、つまらない話である。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-20 12:21 | 1878(19歳)

1878.07.24(Wed)

 ペテルブルグのオペラ団の医者なるドクトル・トマケフスキは多少の知識はあるに相違ない。その上彼の意見はドクトル・フォオヴル及びその他の人たちと一致している。私自身もまたゾーデンの水はその化学的成分から判断して私の病気にほとんど全く適していないことを知っている。あなたも無知でない限りゾーデンへ来る人は肺病患者ばかりだということを知っていらっしゃるはずだと思います。
 昨日の朝6時に叔母と私はドクトル・トマケフスキを連れてエムス〔バート(底本:「バアド」)・エムスと呼ばれて、ヨーロッパでも有名な温泉場、ゾーデンの西に当たる谷深い山間の町〕の医者に診てもらいに行った。
 私たちは今帰ってきたところである。
 女王ウジェニー〔ナポレオン3世の妃、このとき53歳、皇帝は5年前に死んでいた/底本:「ユウゼニ」〕がエムスにいる。気の毒な婦人!
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-20 12:20 | 1878(19歳)

1878.07.16(Tue)

 私は絵を描くか、あるいはその他の方法によるか、いずれにもせよ有名になりたいと思う。けれどもただ虚栄心のみで絵を学んでいるのだと、どうか思わないで下さい。おそらくは私ほど仕事にかけても芸術的に出来ている娘はたくさんはあるまいと思います。あなたは私の読者のうちでも知的な部分に属していられるから、このことはすでに認めて下さっておいでのことと思います。その他の人々に対しては、私はわら1本ほども重きを置きません。彼らは私が何事についても、その心無しに変わっているがために、私のことを変わり者とのみ見ているでありましょう。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-20 12:18 | 1878(19歳)

1878.07.09(Tue)──ゾーデン

 ここの医者たちには飽き飽きしてしまった。私はのどを診てもらった。──咽頭炎と喉頭炎とカタルと。それだけのことであった。
 今夜リウィウス(底本:「リヴィウス」)を読んで面白くてたまらない。私はローマ史を読まねばならぬ。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-20 12:17 | 1878(19歳)

1878.07.07(Sun)──ゾーデン〔プロイセン南部山地の温泉村〕

 私たちは7時にパリをたってここへ来た。祖父様は私を引き留めたいと思っていた。けれども私はさよならを言った。すると祖父様は私に接吻をして、いきなり泣きだした。鼻をしわませて、口を開けて、目をつぶって、まるで子どものようにして泣いた。病気以前は祖父様に対して私は愛していなかった。けれども今では私は敬愛している。私は、祖父様が極めて零細なことにもどれだけの興味を示すか、またあんな恐るべき病気以来私たち皆をどれほど愛しているかをあなたに知らせてあげたいほどである。今1週間も長引いたならば、私は引き留められてしまったと思う。……常に感情的であることは、何という愚かさであろう! パリからゾーデンまで運ばれてきた人のことを想像してみて下さい。死の沈黙という言葉も、ゾーデンを支配している静けさをば表しきれない。私は大きな騒音によって人が混乱させられるように、この沈黙に混乱させられている。
 ここでは瞑想したり、書いたりする時間があるだろう。
 実に抑え付けられるような静けさである! 私には論文でもたくさん読めそうな気がする!
 ドクトル・チレニウスは今帰って行った。彼は私の病気に関して必要なことを聞いた。そうしてフランスの医者たちのように、「そうですか、それじゃ何でもありません。1週間もたったらば、治ってしまいますよ、マドモアゼル。」などとは言わなかった。
 明日から私は治療を始める。
 ここは樹木が美しく、空気が純粋で、景色が私の姿を引き立てる。パリでは私はただきれいなだけである。もし私がきれいだとしたならば。しかしここでは私は甘美にかつ詩的に見える。目もひときわ大きくなり、ほほもひときわ細ってきて。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-20 12:15 | 1878(19歳)

1878.07.05(Fri)

 ロシアのボヘミア人たちの演奏会。──私は逃げ出さなかったので悪い印象を残した。私たちは6人であった。──叔母とヂナとエチエンヌとフィリッピニとM…とそうして私と。演奏会が済んで私たちは氷を食べに行って、1番きれいなボヘミアの娘たちを2人と子どもを2人食卓へ呼んで、氷を食べさせたりぶどう酒を飲ませたりした。ボヘミアの娘たちは若くて品行が良いので、話していても気持ちが良かった。皆良く仕込まれてあった。
 それから叔母はその手をエチエンヌに貸し、ヂナはフィリッピニに、私はM…に貸して、歩いて帰った。天気が良くて良い晩であったから。M…はもう機嫌を直していて、私に彼の愛を語った。いつもの通りである。私は彼を愛しないが、彼の愛の火は私の心を温めた。それを2年前まで私は愛と思い込んでいたのであった。
 彼は雄弁であった。その目には涙さえたたえた。家に近づくに従って私はあまり笑わなくなった。私の心は夜の美しさと愛の牧歌のために和らげられた。ああ! 愛されるのは何という喜ばしさだろう! 世界にこれほどの喜ばしさはない。……私はM…に愛されていることが良く分かった。それは誰にもまねの出来ないほどである。もし彼の愛が私の持っている金のためであるならば、彼はもっと以前に私に軽蔑された時に心をくじいたはずであった。その上、ヂナもある。ヂナとても私と同じくらいの金を持っていると思われている。そのほかにも結婚すべき娘たちはいくらもあるはずである。それにM…はこじきではない。どの意味から言っても彼は紳士である。彼は誰かを探し出しうるはずであった。これからとても探し出すであろう。
 M…は非常に優しい男である。別れる時に私が手を握らせたのは何と言っても私の落ち度であった。彼は私の手に接吻した。少なくともそれは私の責任であった。それだけ、気の毒にも、彼の方では真剣に私を愛しかつ敬している。私は子どもに聞くようなことを彼に聞いてみた。どうして私を愛するようになったか、いつから愛するようになったか? と。彼は私を初めて見た時から愛しているように思われる。「しかしこれは普通の愛ではありません。」彼は言った。「ほかの人は私にとってはただ女です。でもあなただけは世界中のすべてのものから飛び離れているように思われます。不思議な気持ちです。私はあなたに野師か道化役のように取り扱われていることも知っていれば、あなたには心というもののないことも知っています。それでも私はあなたを愛します。人は誰でも自分の愛する女の心に対しては賛美するものですが、私は、あなたを尊敬はしているけれども、あなたのその態度に同感は出来ません。」
 私は彼の言う言葉を黙って聞いていた。実際、愛の言葉は世界中のあらゆる芝居を見るよりも良いものであるから。もっとも自分が見られる場合は別である。そのときはまたそれが愛の一種の表明ともなる。あなたは今見られている。賛美されている。太陽の光の下で花のごとくに咲きほころびている。
[PR]
by bashkirtseff | 2008-11-19 12:32 | 1878(19歳)