カテゴリ:1878(19歳)( 96 )

1878.10.07(Mon)

 愚かな人たちは私が第2のバルザックになりたいのだと思うかも知れない。私はそんなことは考えていない。しかしあなたにはなぜバルザックが偉いかお分かりですか? それは彼が何でも自分の思うことを、恐れも気取りもなく、極めて自然に書いているからであります。誰でも知識のある人ならどんな風にして書いたらば良いかということを彼が知っていたくらいには知っているはずである。しかるに彼と同じように書けた人がないのはどういうわけであろうか? すべての人に与えられた同じ能力でも現れては全く別の結果を生じている。
 否、ほとんどすべての人が必ずしも同じことを考えたとは思えない。けれどもバルザックを読むと、その真実、その自然が、誰でも自分の頭の中にもその通りの考えが以前からあったように感ぜしめられる。
 しかし私のことを言うと、これは100度もあったことであるが、あることを話したり考えたりしているうちに、自分の頭の中にあったような考え、自分の頭の混沌から引き離すことの出来ないような考えで恐ろしく悩まされることがあった。私には今1つ言うことがある。それは私が何か正しい聡明なことを言っていながらも、人に理解されそうもないと思われることである。
 おそらくは実際人は私が理解してもらいたいと思うようには理解してくれないものであろう。
 おやすみなさい、皆さん!
 ロベール・フルリとジュリアンは私の上に大きな希望を築き上げている。例えば、私を大懸賞でも取りそうな馬か何ぞの様に大事にしている。ジュリアンは褒めると私が付け上がってくるだろうということをいつも手まねでほのめかしてばかりいるけれども、反対に私は褒められると励みになるということを彼に断っておいた。それは事実である。
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by bashkirtseff | 2008-11-27 09:59 | 1878(19歳)

1878.10.05(Sat)

 今日はロベール・フルリがアトリエで私たちの絵を見てくれる日であった。さて私は大変な驚き方をした。彼は、おお! おお! ああ! ああ! おお! おお! と幾通りもの調子で叫んだ。そうして言った。
 ──あなたは今度は絵の具で描くんですね?
 ──そうじゃありません、ムッシュ。私は一月に一度だけ絵の具を使ってみようと思うんですの……
 ──いや、大丈夫。もう始めてもいいでしょう。絵の具でやってみなさい。いいところがあるようです。
 ──絵の具の使い方が間違っていたんじゃないかと心配致しましたわ。
 ──その反対です。全く進歩しました。続けてやってみなさい。そう悪くもないようです。うんぬん、うんぬん。
 その後で私は長いこと教訓を与えられたが、それによっても私の場合はアトリエでの評判通り、有望でなくはないことが分かった。アトリエでは私は皆に好かれてはいない。少しでも私が成功すると、B…は見てもおかしくなるほどの恐ろしい顔を私に与えるのである。
 しかしロベール・フルリは私がこれまで絵の具で描いたことがなかったというのを信じようともしないのである。彼はいつまでも私のそばにいた。直したり、話したり、タバコをふかしたりしながら。例えば彼はカロリュスででもあるように。
 それから余分の忠告を幾つか与えてくれた後で、私は去年のコンクールでは何番目だったかと尋ねた。それで2番だったと私が答えると、……
 ──今年はきっと、彼が言った、あなたは……
 ふむ?
 おかしな話である。彼は私がメダイユを取るだろうと言うことをすでにジュリアンに話しているのに。
 結局私は静物の研究をしないで実物からすぐ絵の具で描いて良いという許しを容易に与えられた。私は石こうを飛ばしたように静物をも飛ばすのである。
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by bashkirtseff | 2008-11-27 09:56 | 1878(19歳)

1878.10.03(Thu)

 今日私たちは国際的な、戯曲的な、音楽会のマチネーで4時間ばかりを過ごした。まずアリストパネスのものがあったが、驚くべき服装で、筋をはしょって、悪く変更して、実にいとうべき演出であった。
 立派だったのは「クリストファー・コロンブス(底本:「クリストフ・コロム」)」という戯曲的暗唱をロッシがイタリア語でしたことであった。何という声、何という調子、何という表情、何という自然さであったろう! それは楽器よりも美しかった。イタリア語を理解せぬ人にとっても立派に思われたことと思う。
 それを聞いているうちに私はほとんど彼を崇拝するような心持ちになった。ああ! 何という偉大な力が言葉の中にこもっていることだろう。その言葉が単に暗唱されたばかりで、真の雄弁というでもないのに!
 その次に美しいムネ・シュリー〔フランスの俳優/1841-1916/底本:「ムネ・スリ」〕の暗唱があった。……しかしこの人のことは言わないことにしよう。ロッシの暗唱は高い芸術である。彼は大芸術家の心を持っている。帰りに私は彼が出口で2人の男と話しているのを見たが、平凡な風采であった。彼は俳優には違いないが、彼のごとき芸術家には日常生活の中にも性格のすぐれたところがあるに相違ない。私は彼の目を見て、彼が平凡人でないことを知った。けれども、その魅力は彼がものを言う時のみに現れる。……ああ! しかし、不思議ではある。……芸術をあざけるニヒリストたちがあることを考えると!
 何というつまらない生活だろう! 私は聡明であったら、これから脱出することを知り得たかも知れなかった。しかしただある人の声を信用するのみであった。そのある人というのは私自身のことである。どこに私は自分の英知を証拠立て示したであろう!
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by bashkirtseff | 2008-11-27 09:55 | 1878(19歳)

1878.09.30(Mon)

 初めて正式に絵の具を使ってみた。私は静物の研究をすることになっていたので、あなたも知っていられる通り、青い瓶にミカンを2つ添えたのと、別に男の足先と、これだけに絵の具を使った。
 私は古い物を描くことはやめにしたが、静物の仕事などもしなくてよかりそうである。
 私はコリニョンに男になりたいと書いてやった。自分でも何かになれるだろうとは思っている。けれども女袴などを着ていて何が出来ると思いますか? 結婚だけが女の唯一の仕事である。男には36の機会がある。女には1つきりない。それも賭博台の上に積み立てられた金のようなもので、その金は取られるに決まっている。人は女だって同じことだと言うけれども、そうではない。取られてばかりいるのである。しかし、年中夫の洗濯のことばかりにどうして構っていられよう? 私は女の現状に対して今日ほど腹立たしく思ったことはこれまでに一度もなかった。男女平等というようなことは理想の夢であり、かつそれは悪い形式であり、男と女ほど懸け離れた2つの生物の間に平等というようなものがあるはずはなく、それを要求するほど私は気違いじみてはいないものである。私は何物をも要求しない。なぜと言うに、女はすでに持つべきものを皆持っているから。けれども私は女であることを恨めしく思う。なぜと言うに、私の身の回りには封筒よりほかに女らしいものは何1つもないから。
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:47 | 1878(19歳)

1878.09.28(Sat)

 ロベール・フルリはまた私の絵に満足して、これまで絵の具で描いたことはなかったかと聞いた。
 ──否、ムッシュ。
 ──ああ! マドモアゼル、違いましたね。実はあなたは絵の具で描いていたに相違ないということになっていたんですよ。うんと勉強しなくちゃなりませんね。
 あなたに知って頂きたいことは、彼は褒めるのに非常に言葉を惜しむ人であって、「悪くはない」と言われれば大したことである。それに私は「よろしい」「うまい」「非常にうまい」と言われた。
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:44 | 1878(19歳)

1878.09.27(Fri)

 いつも良く、どんな仲間内でも人は男女の互いの欠点を挙げ合って、どちらがいけないというようなことを争おうとしている。してみると私は気の毒な地上の市民たちを導くように努めねばならないであろうか?
 男はある点までほとんどすべてのことに自分の方から先に手を出す。だから、それがために女より悪いということはないまでも、男の方がいけないと見られるのは当然である。女は、いわば受け身に出るように運命づけられているから、責任はある程度まで免れるが、それがために男より良いというわけではない。
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:43 | 1878(19歳)

日付なし

 私はティトゥス(リウィウス/底本:「チト」)が終わったらミシュレ〔フランスの歴史家/1798-1874〕のフランス史〔Historie de France/1833-1867/全部18巻〕を読み、それから名前のみ聞いて、たまに引用で見たことのあるギリシャの著作家たちのものを読み、それから次々にいろんなものを読みたいと思う。私の書物は皆箱にしまってある。それを解く前に、私たちはここよりも住み心地の良い部屋へ引っ越さねばならぬ。
 私はこれまでアリストパネス〔ギリシャの喜劇詩人/底本:「アリストファヌ」〕とプルタルコス〔ギリシャの歴史家/底本:「プリュタルク」〕とヘロドトス〔ギリシャの歴史家/底本:「エロドオト」〕と、それからクセノポン〔ギリシャの歴史家でかつ将軍/底本:「クセノフォン」〕を少しと、読んだ。私はそれでたくさんだと思っている。エピクテトス〔ローマのストア派の哲学者/底本:「エピクテエト」〕も読んだが、これははなはだ不十分である。それからホメロスは良く知っている。プラトンは少しきり知らない。
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:40 | 1878(19歳)

1878.09.23(Mon)

 ジュリアンが私のそばへ来てムッシュ・ロベール・フルリが私の絵を大層感心していると言ってくれた。私の勉強を始めてからの短い年月のことを思うと、これまでのどの作にも増して良く出来た。実際、私は有望だと彼は思っている。
 書くこともないのに毎日書くのは愚かなことである。ロシア町でオオカミの皮を敷物にしようと思って買った。ピンチオ2世がそれを恐れている。
 私は実際絵描きになれるかしら? 全くのこと私はアトリエを去るのはただローマ史を注釈と地図と参考書と翻訳とで読みたいためばかりである。
 これもまた愚かなことである。誰もこんなことに興味を持つ人はありはしない。私はもっと近代的の物を読んだならば話ももっと光彩を添えるであろう。誰が古代の制度とか、トゥッルス・ホスティリウス〔ローマの伝説上の第3の王/底本:「ツルス・ホスチリウス」〕の統治の下にあった市民たちとか、ヌマ・ポンピリウス〔ローマの伝説第2の王〕の神聖な儀礼とか、あるいは護民官と執政官との闘争とか、そんなものに心を向ける人があるだろうか?
 デュリュイ〔ヴィクトール・デュリュイ(底本:「ヴィクトル・デュルイ」)/1811-1894/ローマ帝国と中世の歴史研究家〕の偉大な歴史は幾部にもなって現れつつあるが、これは1つの宝である。
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:36 | 1878(19歳)

1878.09.21(Sat)

 称賛と奨励の言葉を私は受け取った。海岸から帰ってきたブレスロオは漁師の首と女の習作を数枚持って帰った。色が大変良く行っている。以前にブレスロオには色が見えないと言って自ら安んじていた気の毒なA…はがっかりしている。ブレスロオは大芸術家になるだろう。真の大芸術家に。もしあなたが、私がどんなに過酷な判断をするか、また、この女たちの口前をどんなに軽蔑しているか、この女たちがR…を美しい男と思って愛着しているのをどんなに私が軽蔑しているか、それがお分かりになったならば、私が何物にも夢中になれないわけもお分かりになることと思います。その上、あなたがこの文をお読みになるころには、この予言も実現されているだろうと思います。
 私は記憶をふるい落とさねばならぬ。でないと構想が出来そうもない。ブレスロオはいつもあらゆるものを写生して略画を作っている。彼女はアトリエに来る前に2カ年もそれをやっていた。そうしてここに来てからすでに2カ年以上になる。彼女は1876年の6月ごろ、ちょうど私がロシアでぐずぐずしていた時分にここへ来たのである。……つまらなかった!
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:32 | 1878(19歳)

1878.09.13(Fri)

 私は所を得ていない。私は男にもなれるほどのものを無駄に消費している。家政上のこと、全く零細な煩瑣(はんさ)なことなどについて、私は自分の思うことを述べようとして演説をしたりする。私は何物でもない。そうして実力あるものに伸びそうな能力はいつも浪費されたり誤用されたりしている。
 広場の真ん中に持っていって台座に乗せておくと立派に見える立像がある。それをあなたの部屋に持ち込んだら、どんなにつまらなく見え、どんなに厄介者にされるでしょう! あなたは毎日10度ずつもそれに脳天をぶっつけたり、ひじを打ち当てたりするでしょう。そうしてついには我慢が出来なくなってのろったりするようになるでありましょう。
 もし立像という言葉が私にとってはあまり都合の良すぎる言葉だと思うなら……何でもほかの言葉と入れ替えても差し支えはありません。
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:31 | 1878(19歳)