カテゴリ:1877(18歳)( 96 )

1877.10.06(Sat)

 私はアトリエにいたから誰にも会わなかった。
 ──心配はありません、ジュリアンが言った、あなたは直に進歩します。
 そうして夕方の5時に、母親が向かえに来てくださると、ジュリアンはこんなことを言った。
 「私はお嬢さんの気まぐれで始めたことだと思っていましたが、勉強もなされば、決心もおありだし、それに才能も持っているように見受けます。こんな風で進んでいって、3カ月もたったらサロンに出せるようになるだろうと思います。」
 彼は私の絵を直すたびに、私が一人で描いたのかと必ず聞いた。
 私は自分が一人で描いたと言えると思っていた。弟子たちの誰に向かっても、裸体の研究はどんなにして始めたらばよいかと聞いた以外に、何にも教えてもらったことはなかったから。
 私は彼らの描き方に慣れてきた。
 アトリエではあらゆる差別というものがなくなってしまう。名前もなくなり、姓もなくなる。そうして母の娘でもなく、ただ自分自身となる。自分の前に芸術を持っている一個人となる。そうして芸術以外には何物もなくなる。実に幸福で、自由で、得意である。
 ついに私は久しく望んでいた状態になった。私はこれを実現することが出来ないのでどんなに長い間渇望していたか知れなかった。
 それはそうと! シャンゼリゼで私は誰に出会ったと思いますか?
 本当にまあ公爵H…が一人でフィアクル(つじ馬車)に乗っていたのである。きれいな、やや強壮な青年で、あかがね色の髪毛とかわいいひげを生やしていた人が、今では大きな赤らんだイギリス人に成長して小さい褐色のほほひげが耳のつけ元からほほの真ん中まで伸びている。
 4年の年月はしかし……人を変化させる。半時間の後には私はもう彼のことなどは考えてもいなかった。
 Sic transit gloria dusis.〔かく王者の光栄は過ぎ行くなり。〕
 何と私は以前は興奮したものであったろう!
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:50 | 1877(18歳)

1877.10.05(Fri)

 ──この絵はあなたが一人でお描きになりましたか? ムッシュ・ジュリアンはアトリエに入ってくるとそう言って私に聞いた。
 ──はい、ムッシュ。
 私は何だかうそでも言ってるように顔が赤くなった。
 ──なるほど、……大層結構です、大層結構です。
 ──そうでしょうか?
 ──大層結構です。
 そうして私にも! それから少し忠告があった。……私はまだほかの人の方が私より優れているので目を見張っているが、しかしもう以前ほど恐れてはいない。方々のアトリエやルーブルで3年も4年も勉強してまだ一生懸命に仕事を続けている女がたくさんある。
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:46 | 1877(18歳)

1877.10.04(Thu)

 朝の8時から12時まで、それから1時から5時まで絵を描いていると、日が早くたってしまう。しかし往復に1時間半かかる。今日は少し遅れたので、6時間きり仕事が出来なかった。
 私はこれまで失った年月のことを考えると腹立たしくなり、何もかも投げ出したくなる! ……けれどもそんなことをしたなら尚と悪くなったであろう。まあ、哀れないやな者よ、とにかく最後に始められたのだから喜んでいたらどうでしょう? でも、13のときにこんな風にして始めたならばどんなに良かっただろう! 4年損をした!
 私は4年前に始めたなら今ごろは歴史上の絵が描けるようになっていたはずである。私のこれまで学んだところのものは、かえって妨げになるばかりであった。私はやり直さねばならぬ。
 私は首の全部を自分で満足するようになるまでに2度も書き直さなければならなかった。それは裸体から研究した。ムッシュ・ジュリアンは線1本も直さなかった。私が来た時には彼はアトリエにいなかった。私に教えてくれたのは一人の弟子であった。私は今まで裸体の写生を見たこともなかった。
 今日まで私のしたことは皆つまらないいたずらに過ぎなかった!
 ついに私は芸術家たちの仲間に入って仕事をするようになった。サロンに出品したり、肖像画を描いて売ったり、人に教えたりする本当の芸術家(アルチスト)の仲間に入って。
 ジュリアンは私の始め方を喜んだ。「この冬の終わり頃にはあなたは良い肖像画が描けるようになるでしょう」と彼は言った。
 彼は時々女の学生も男の学生と同様に良くできると言ったりすることがある。私は男の学生と一緒になって勉強をしても良いとは思うけれども、彼らはタバコを吹かす。そうして、その上、別に何らの利益もない。以前には女の学生は着物を着たモデルのみを使っていた。しかし女がアカデミーすなわち裸体の人間で描くようになって以来、男と差別がなくなった。
 アトリエの給仕女(ボンヌ)は良く小説の中に描かれるような女である。
 ──私はいつも芸術家たちと一緒に暮らしております。彼女は言う。ですから私はもう俗人ではありません。私は芸術家です。
 私は満足である、満足である!
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:44 | 1877(18歳)

1877.10.03(Wed)

 水曜日は私には幸運な日であり、かつ今日は私にとって不運の4日でないので、私は出来る限りたくさんなことを始めるように全力を尽くした。
 私はジュリアンのアトリエで木炭で一つの首を10分間で4分の3がた写生した。ジュリアンは始めたばかりの人からこれほど立派なものをば期待していなかったと言った。私は今日始めたいことがあったので、早くそこを出た。私たちはボアへ行った。私はカシの葉を5枚集めてドゥセのところへ行った。ドゥセは半時間もたつと一つのきれいな、小さな、青い花冠を作ってくれた。けれども実際は何を欲しているのだろうか? ……──金持ちか? 声を取り返すことか? 男の名前で Prix de Rome〔ローマ賞(パリ美術院の特別賞)〕を取ることか? ナポレオン4世と結婚することか? 最上の社交界に入ることか?
 私はすぐにも声が元のようになってくれれば良いと思う。
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:41 | 1877(18歳)

1877.10.02(Tue)

 今日私たちはシャンゼリゼ(底本:「シャン・ゼリゼエ」)、71に引っ越した。あらゆる騒がしさの中でも私はジュリアンのアトリエに行く暇を見いだした。彼は女にとって唯一の善良な教師である。女たちは毎日8時から12時までと、1時から5時までと仕事をする。ムッシュ・ジュリアンが私をアトリエに連れて行った時には、一人の男が裸体で立っていた。
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:39 | 1877(18歳)

1877.09.22(Sat)

 私には、どうしてだか分からないが、パリに定住したいような気持ちがする。1年もジュリアンの画室(アトリエ)に通ったら、手始めとしては良かろうかと思う。
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:38 | 1877(18歳)

1877.09.21(Fri)

 私はどこまでも自分というものがきらいである。私は自分のしたこと、書いたこと、言ったことが皆きらいである。私は自分の希望が一つも満たされていないので、自分を忌み嫌う。私は自分を欺いた。私は愚かである。私には分別というものがない。これまでもなかった。私が何か利口なことを言ったり、行ったりしているならば、それを見せてください。すべて愚かのみである。私は自分で機知に富んでいると思っていた。それは途方もないことである。私は勇気があると思っていた。ところが私は憶病である。私は自分に才能があると思っていた。けれどもそれで何をなし得たかを私は知らない。そうしてこんなありさまでありながら、気持ちよくものが書けるように思い込んでいたのであった! ああ! 私の皇帝、あなたは私の言ったことを機知とお取りになったのでしょう。それはそうも見えますが、しかし実際は決してそうではありません。私は自分を忠実に判断しうるほどには利口であります。それが私をしとやかに見せますが、それ以外のことは私には分かりません。私はただ自分がきらいである!
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:37 | 1877(18歳)

1877.09.20(Thu)

本文なし
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:35 | 1877(18歳)

1877.09.19(Wed)──パリ

 今私はA…に関する私の事件を読んでみた。そうして人にばかだと思われはしないかと気遣っている。あるいは軽率な人間だと思われはしないかと。軽率、否。私は良い家柄の生まれだ。……私は何を言っているのだろう?
 私はただ生意気だったのみである。けれども、いたずらとか、コケットリとかから生意気だというのだと思わないでください。私は自分が愚かであることを良く知っているから、この上もない悲しい心でそう言っているのである。
 そうして世界を征服したいと思ったのは私ではなかったか? ……17の年に私はすでにあらゆるものに飽き果てていた。それは神様が一番良く知っていてくださる。私はただ自分が生意気だということを知っているのみである。そうしてA…がその証拠である。
 けれども話をすると私は機知に富んでいる。決して正しい瞬間においてではないが、しかし……
[PR]
by bashkirtseff | 2007-07-21 17:34 | 1877(18歳)

1877.09.10(Mon)

 私たちは昨日の朝出発した。
 私はシュランゲンバードが好きである。森が見事であって、空気が香気に満ちている。あなたは一人でもいたいと思えばいられます。私はあらゆる小道を知り尽くしました。もしあなたがシュランゲンバードに満足することが出来るならば、あなたは幸福になれます。
 母や叔母には私の言うことは分からない。私がローマへ行きたいと言うと、母たちはただピンチオとか、オペラとかへ行ったり、絵のけいこに通ったりすることのみだと思っている。仮に私が全生涯を費やして母たちに私の熱情を説明したなら、あるいは私の言うことが分かるようになるかも知れない。けれども……毎日の生活の小さな煩わしさのために、彼らは心を奪われ尽くしている。……そうして、皆そんなことが好きなのは、生まれつきだと言う。もしそうでなかったら、人はいかに知的であっても、いかに教養があっても、決して理解するということは出来ないはずである。しかしおろかなのはむしろ私の方ではあるまいか?
 私は運命論者(ファタリスト)でありたい。
[PR]
by bashkirtseff | 2007-06-23 14:10 | 1877(18歳)