カテゴリ:1877(18歳)( 96 )

1877.10.18(Thu)

 私の今日の裸体習作はジュリアンを非常に満足させて、初歩者としては驚くべき、異常な出来だと言われた。実際、それは驚くべきほどでないとしても、少なくとも構図はうまくいって、胴体も悪くなく、線は初歩者としては殊によく描けた。
 生徒たちが皆立ち上がって私の絵を見に来た。私は髪の根元まで赤くなった。
 私はどんなにうれしかっただろう!
 昨夜の裸体習作は非常にまずくて、ムッシュ・ジュリアンに描き直せと言われていた。それを良く描こうとしているうちに、今夜は描き壊してしまった。手入れをしない前の方が良かった。
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by bashkirtseff | 2007-10-14 21:11 | 1877(18歳)

1877.10.16(Tue)

 ムッシュ・ロベール・フルリが午後来て私に特別の注意を与えてくれた。
 私はいつものように午前は9時から12時半までアトリエに入っていた。朝は8時に来たいと思うけれども、私にはどうしても出来ない。
 昼食は外に食べに行って、1時20分に帰ってきて、夕方の5時までいて、夜は8時から10時までまたアトリエに来る。それで1日9時間になる。
 これだけで私は少しも疲れるということはない。もしいま少し出来るなら、私はまだ勉強の時間を増したいと思う。ある人はこれを仕事という。けれども私にはこれは遊びである。私は自慢でなしにそう言い得る。1日9時間の仕事はわずかなものである。そうしてシャンゼリゼからリュ・ヴィヴィエンヌまでは大変に遠いから、また夜私の同伴者になってくれる人がないということもあるので、それを毎日続けることが出来るだろうかとも思われる。私は10時半でないと家へ帰り着かないし、寝る前に夜が更けてしまうしするから、次の日は1時間ずつ遅れることになる。その上毎日8時から10時までと1時から5時まで出ているとすれば、8時間きり仕事は出来ないことになるであろう。
 冬になると4時には暗くなるだろう。だからどうしても夜もアトリエに通わねばならぬ。
 私たちは朝はいつもクーペ〔乗合馬車〕で出掛け、そのほかの時刻にはランドー〔4輪馬車〕で来る。
 あなたにはお分かりでしょうが、私は1年の間に3年分の仕事をせねばならぬ。私は急速の進歩をしているから、この3年分の仕事を1年ですることになれば、普通の人の6年分にはなれるはずである。
 こんなことを言っていると、ほかの人なら2年かかることを彼女は6カ月でするだろう、と言うばか者のように見えるかもしれない。けれどもそう見るのは大違いである。
 それは時間の問題ではない。もしそうだとすれば、それほどの年月をかけて出来ないことは何にもないだろう。言うまでもなく忍耐さえあれば人は誰でもある程度までは成功しうる。けれども私が1年もしくは2年の終わりに成し遂げることをば、オランダの娘は決して成し遂げないであろう。私は文章の誤謬(ごびゅう)を直しかけると、混乱して、いらいらしてくる。それはいつまでたっても私の文章を完成しうる時がないからである。
 要するに、もし私が6年前始めていたならば、1日6時間で満足していられるであろう。けれどもそんなわけであるから、9時間、10時間、ないし12時間、出来る限りの多くの時間を必要とするのである。もちろん仮に私が3年前に始めていたとしても、私は出来るだけ多くの時間をかけて勉強していたに相違ない。しかし、過ぎたことは過ぎたことである! ……
 ゴルヂジアニは毎日12時間ずつ勉強していると私に話した。
 24時間の中から睡眠に7時間を取り、着物を脱いだり、着たり、お祈りをしたり、時々手を洗ったり、髪の手入れをしたりするのに2時間を取り、食事と休息に2時間を取れば、11時間取ることになる。
 そうすると残りは13時間ある。
 けれども私のは往復に1時間と4分の1かかる。
 それで私はほとんど3時間を失っている。
 私は家で仕事をしたなら時間を失わないで済むだろう。けれども……けれども、見たいものがあったり、散歩があったり、芝居があったりしたら?
 私たちはそれを皆避けねばならぬ。それは私を悩ますのみであるから。
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by bashkirtseff | 2007-10-14 21:08 | 1877(18歳)

1877.10.15(Mon)

 今週の私たちのモデルは次のごとく決まった。
 午前は、11歳の娘の首、髪の毛が研ぎたての銅色をしていて非常に面白い首。
 午後は、ペルシキニとかいう男の裸体習作。
 夜は、──今一人の男の着物を取ったモデル。──今夜が夜の組の始まりで、これは8時から10時までである。
 ムッシュ・ジュリアンは私が夜の組に来ているのを見て全く驚いていた。夜彼は私たちと一緒に仕事をした。私は非常に面白かった。学生は政治のことなどを冗談にして話した。
 その日の出来事がすぐにも鋭い皮肉にされてしまう。けれども彼は自分の意見を述べようともしないから、私は彼のために Marseillaise 〔フランス国歌/マルセイエーズ(底本:「マルセイエズ」)〕を弾いた。
 今夜は幾人来ていたかしら? 私と、ポーランドの娘と、フィランメエと、一人のフランス娘とアメリ(エスパアニュの娘)と、一人のアメリカの娘と、そうして先生とであった。
 ヂナも来ていた。非常に面白かった。光線がうまい具合にモデルの上に落ちて、陰影が極めて単純であった!
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by bashkirtseff | 2007-10-14 20:59 | 1877(18歳)

日付なし

 私はついでに成功の話をおしまいまでしてしまおう。
 ──どうです、マドモアゼル? ジュリアンが夕方私の前に立って両手を組み合わせながら言った。
 私は何だか怖いような気持ちになって、顔を赤らめ、何のことだかを聞き返した。
 ──いや、感心ですな。あなたは土曜日も夜まで勉強なさる。ほかの人はみんな休んでいるのに。
 ──ええ、そうですわ! ムッシュ、私はほかにすることがないのですもの。何かしないではいられないのですもの。
 ──結構です。あなたはムッシュ・ロベール・フルリが大層感心していたことを知っていますか?
 ──ええ、あの方がご自分でそうおっしゃいました。
 ──気の毒なロベール・フルリ、彼はまだどうも良くないのです。
 そう言って先生は私たちの間に腰掛けて話しだした。それはめったにないことなので、……私たちはその厚意をどのくらいに値踏みすればよいかということを知っていた。
 ロベール・フルリは帰る前に私たちの善良なジュリアンと話をしていた。それで私はまだ何か聞きたいと思った。もちろん褒められたことが聞きたかったのである。
 それで私は先生のところへ行った。そのとき彼は別室でけいこを始めているある小さいブロンドの娘の絵を直して来ていた。
 ──ムッシュ・ジュリアン、……どうぞ私にムッシュ・ロベール・フルリのおっしゃったことを話してください。……私は何にも出来ないとは自分でも良く知っております。けれどもあの方は……私の始め方について批評していらしたでしょう。それでもし……
 ──もしそれを聞いたら、マドモアゼル、あなたは赤い顔をしなければなりませんよ。
 ──大丈夫ですわ、ムッシュ、どんなことをおっしゃっても私は……
 ──ロベール・フルリはあなたが利巧な描き方をすると言っていました。それで……
 ──あの方は私がこれまで描いたことがなかったと言っても、信じてくださらないのです。
 ──そうです。私と話している時でもまだそう思っていたようです。だから私はあなたが天使長(アルカンフゼロ)首を描きだした時に、2度も描き直させたのだと言ってやりました。覚えておいででしょう、あなたはまるで何にも描き方を知らない人のようでしたね。
 ──ええ、ムッシュ。
 そう言って私たちは笑った。ああ! 実に愉快である!
 驚きとか、励ましとか、不信とかと共に、そういった愉快なことも皆終わって、また仕事が始まるのである。
 マダム・D…が私たちのところで食事をした。私は静かにして、口を利かないで、ほとんど愛想良いところがなかった。私は今絵のことよりほかに何にも考えを持っていない。
 これを書きながら私は中止した。これからしようと思う仕事のことや、時間のことや、忍耐のことや、困難のことなどを考えて。……
 偉大なる画家になることは、口で言うほど容易なことではない。仮に天才があるとしても、その上にまだ無慈悲な、機械的な労力が必要である。……すると、一つの声がうちから私にささやく。お前は時間とか困難とかいう物はそれほどに感じないだろう、お前は不意に成功に達するだろう!
 私はその声を信じる。その声はこれまで私を欺いたことがなかったから。そうしてその声はいつも私に不幸を警告してくれたから、今度も私を欺くことはないだろうと思われる。私はそれを聞きながら、それを信じることが正当だと感じた。
 私は Prix de Rome 〔ローマ賞〕が取れるだろう!
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by bashkirtseff | 2007-10-14 20:57 | 1877(18歳)

1877.10.13(Sat)

 土曜日はムッシュ・トニー・ロベール・フルリ(歴史画家、風俗画家、当時40歳/底本:「トニ・ロベエル・フリュリ」)がアトリエに来る日である。彼は政府が買い上げてルクセンブルク(底本:「リュクサンブゥル」)に陳列することになった「コリント最終の日」を描いた画家である。パリで一流の画家が時々アトリエに来て私たちに忠告を与えてくれるのである。
 私の始めたのは先週の水曜日であった。彼はその週の土曜日には見えなかったから、私にとっては今日が彼の最初の訪問である。彼が私の画架のそばへ来て批評を始めた時私は遮った。
 ──失礼ですが、ムッシュ、私は10日前に始めたばかりなのです。
 ──その以前はどこで描きましたか? 彼は私のデッサンを眺めながら聞いた。
 ──どこへも参りません。
 ──何、どこへも参りません?
 ──ええ、私は慰みに32枚課題を描いたきりです。……
 ──それは習作することではありません。
 ──それはそうでございます、ムッシュ、でも……
 ──あなたはここに来るまでデッサンをやったことはありませんか?
 ──ございません、ムッシュ。
 ──おかしいな。
 ──でも私は……
 ──あなたは誰かに助言されたことはありませんか?
 ──ありますわ。……4年前、まだ子供の時分、日課を教わりました。そのときは版画を写させられました。
 ──そんなことを聞いているのじゃありません。
 そう言って彼はまだ信じない顔つきをしていたので、私はこう付け加えねばならなかった。
 ──私はお誓いを致してもよろしゅうございます、お望みならば。
 ──もし、そうだとすると、あなたは非常に有望です。実際に才能を持っておいでです。これから忠告を与えてあげましょう。
 ──この10日間、私はこんな物ばかり描いていました。……この前に描いた首も見て頂けませんでしょうか?
 ──よござんす。しかしこの娘さんたちの分を済ませてからまた来ましょう。
 ──さあ、彼は3つ4つの画架を見回ってから、また私のところへ来て言った。見せてください、マドモアゼル。
 ──これです、ムッシュ。私は天使長(アルカンゼロ)の首を始めながら言った。そうして2枚だけ見せようと思っていると、彼は言った。
 ──否、否、あなたの描いた分を皆見せてもらいましょう。
 私は金曜日に描き始めたばかりの男の裸体習作の未成品と、下から見た歌うたいの娘の首、これは非常に特色があると言われたのと、それから一つの足と、一つの手と、オウギュスチイヌの裸体習作を見せた。
 ──この裸体習作はあなたが一人でやったのですか?
 ──ええ。私は実はこれまで一人で描いたこともなければ、裸体習作を見たこともありませんでしたの。
 彼は微笑したきりで、私の言うことを信じる風もなかった。それで私はいま一度そう言ってうそではないことを誓うと、彼はまたこう言った。
 ──驚きましたね。全く非常に有望です。この裸体習作なんかは少しもおかしくない。この辺などはなかなかうまい。うんと勉強しなさい。……うんぬん。
 それからまだいろいろ親切な忠告があった。それを聞いていたほかの人たちはねたましくなった。と言うのは、彼らは皆1年、2年、3年と研究していて、そうして立派なモデルを使って裸体習作を描いたり、ルーブルで模写したりしているけれども、自分たちのことに関してはそんな風に褒められたことがなかったから。もちろんそれ以上のことが彼らには期待されているのであろう。そうして別な褒め方をされていたのかもしれない。……
 してみると確かに……いや、私はもう何にも言うまい。……私は不幸な目を見るかもしれない。しかし、私は自分を神にささげる。私は心配でならぬ! ……
 私は、直接にではないけれども、それがためにひどくしかられた。エスパーニュ(底本:「エスパアニュ」)の娘──大体から言って良い娘で、物腰の親切な、絵に熱情を持ってる、しかしあまり正しくは見えない娘──そのエスパーニュの娘が、あるオランダの女の話をして、あなたはアトリエに入ると、急速な進歩で皆を驚かすでしょうと言った。そうしてそのわずかな進歩も何にも知らない人にとっては大した物であるが、その程度の進歩は容易に得られると言った。そうしてまた、それはあなたが一番よく勉強しなければならぬことが分かった瞬間であると言った。
 その話しぶりは例えばそこに2、3人の初歩の人がいるか何ぞのようだった! そうしてその人たちも私と同じように進歩するというのであろうか?
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by bashkirtseff | 2007-08-26 21:33 | 1877(18歳)

1877.10.12(Fri)

 ──あなたには、私ががっかりしているのがお分かりでございましょう、ムッシュ。私はジュリアンに言った。昨日ある婦人は私に向かって、あなたには才能がないから勉強したって無駄だと言いました。
 ──そんなことをその婦人は言いましたか?
 ──ええ、それもまじめに。
 ──よろしい、あなたはその方にこう言っておやんなさい。3カ月たったら、3カ月と言えばそう長くはありませんからね、3カ月たったら、あなたの肖像を正面からでも、斜めからでも、あなたのお好み通りに描いてあげましょう。どんなにでもお好み通りに。そうして決してまずく描く気遣いはありません。とそう言っておやんなさい。きっとその通りになれます。私は3カ月と言いましたが、これは大きな声で他の学生たちに聞かせても良いのです。私の予言することには少しも不思議はなく、きっとその通りになれます。
 これがムッシュ・ジュリアンの言った通りの言葉である。彼は20年間パリで暮らしても少しも消されないマルセイユなまりの抑揚でそう言った。私は南方の抑揚が大好きである。
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by bashkirtseff | 2007-08-26 21:26 | 1877(18歳)

1877.10.11(Thu)

 過去を悔いることを無益だというのは、いわれなきことではない。けれども私は絶えず自分に向かって言う。私が3年前に絵を始めたら、どんなに良かっただろう! そうしたら今ごろは大芸術家になっていただろうに。うんぬん、うんぬん。
 ムッシュ・ジュリアンはアトリエの給仕女のシェッピと私が一番未来があると言った。シェッピと言ってもあなたには誰のことだか分からないでしょう? シェッピはスイス(底本:「スウィス」)の少女です。どうでしょう! なんてなまりでしょう! でもムッシュ・ジュリアンは私が大芸術家になれるかもしれないと付け加えて言った。
 私はそれをロザリから聞いた。
 気候があまり寒いので私は風邪を引いた。けれども絵がうまく描けさえすれば、そのくらいのことは我慢する。
 そうして描くというのは、何のためか?
 それは……私が生まれて以来失っていたすべてのものを取り返すために! 私が長い以前から望んでいた、そうして今も望んでいるすべてのものを手に入れるために! 私が自分の才能によって成功を勝ち得て進み行くために! 私はもしそれさえ得ればほかに何のしたいことがあろうか?
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by bashkirtseff | 2007-08-11 16:44 | 1877(18歳)

1877.10.10(Wed)

 私は、ムッシュ・ジュリアンが驚いたからといって、大したことをしたと思ってはいけません。彼は初心な、金持ちの若い娘の出来心を発見するだろうと期待していたから、驚いたのである。私には経験が不足している。けれども私のすることは正確で、よく似る。その出来栄えについて言うと、まさしく一週間の仕事をした後に期待さるべき程度のものである。
 私の仲間の人たちは皆私より上手に描く。けれどもその割合に忠実でもなければ、よく似てもいない。私が彼らよりよく描けるようになるだろうと思われる点は、私は彼らの長所をば認めながらも、自分では決して彼らと同等に描ければよいというような気持ちになれないからである。しかるに一般の初歩の人たちは決まって言う、せめてあの人くらいに描けたら! と。
 彼らは皆勉強もすれば、経験もある。けれども、あの40代の女たちはいつまでたっても現在よりよく描けるようにはなれないだろう。若い女たちも……皆立派に描いて、春秋にも富んではいるが、しかし未来というものを持っていない。
 おそらくは私も何事をもなし得ないかも知れない。しかし、それは性急からである。私は4年前に始めなかったことを考えると、死んでしまいたくなる。私にはもう遅すぎるように思われてならぬ。
 私たちは見ていよう。
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by bashkirtseff | 2007-07-28 20:50 | 1877(18歳)

1877.10.09(Tue)

 今日はモデルの歌い手をすぐそばから縮写して書いた。私は月曜日に遅く来たために今週中はアトリエの中で一番悪い場所をもらいだした。
 ──ちっともまずくはない。ジュリアンが言った。実はあなたがあまりうまいので驚いているのです。これは一番難しい姿勢ですが、良くこんなに近くから描けましたね? あなたはきっと有名になれますよ。
 これが私の生活である。うちの人たちは芝居へ出掛けていっても、私はいつまでも絵を描いていたい。ナープルの謝肉祭までも。私の心持ちさえ変わらなければ、変わったことさえ起こらなければ。
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by bashkirtseff | 2007-07-28 20:46 | 1877(18歳)

1877.10.08(Mon)

 午前は首の新しいモデル、これは寄席へ出る歌い手か何かで、モデルになっていない時はいつも歌っているのである。そうして午後は裸体習作(アカデミ)として一人の若い娘。
 この娘はまだ17だという。けれども一見して甚だしく荒廃している。こんな種類の娘たちは恐ろしい生活をしているということである。
 姿勢が難しいので私は困った。すべて人が裸になるのを恥じるのは、自分の欠点が気になるからである。もし皮膚に一点の汚れがあるでなく、筋肉の形が悪いというでなく、足の姿が醜いというでなかったら、誰でも着物を着ないで出歩いても恥ずかしいと思いはしないだろう。人はこれを真理として実感してはいない。けれども恥ずかしがるというのはこれにほかならない。美しいものまたは誇るべきものを人に見せたいと思う心をば誰が抑えうる者があろう! 王カンドール(リディア(底本:「リヂア」)王カンダウレス・その妻の美をギュゲス(底本:「ギゲス」)に見せ、ギュゲスと妻のために殺された/底本:「カンドオル」)以来誰が自分の宝とか美とかを誇らないで自分一人で隠しておいた人があるだろう? しかし人間は顔には容易に満足するけれども、体に対しては本能的に気難しいものである。
 羞恥(しゅうち)の念はただ完全なるものの前でのみ消える。美は全能なものであるから。あなたがもし「実に美しい!」と言わないで、何かほかの言い方をする時は、そのものが本当に美しいのでなく、非難または別の意見の出る余地があるからである。
 今度アトリエに来た女は、真っすぐな、少し太ってはいるが、きれいな指をして、そうして、規則正しい、大き過ぎない、ただしいくらか形の悪い足をしている。
 私は今完全な美はその他のすべての観念を寄せ付けないものだと言った。これは完全なものでさえあらば何でも皆同じことである。音楽を聴きながらもし舞台装置の欠点に気がつくようであったら、その音楽は優れていないのである。また英雄的行為が称賛以外の感情を許すようであったら、それは人の考えるほどに英雄的なものではないのである。
 あなたの見たり聞いたりするものが、それ自身でもしあなたが心を満たすほどに大きいものであったら、そのときだけは全能であると言うことが出来る。
 もし女の裸体を見て、それを良くないと感じるようであったら、その女は美の最高の表現ではない。何となれば、あなたの心の中には目から頭へ行く以外の考えがわき起こっているのであるから。あなたは美を忘れて、裸のことばかり考えている。だから、その美はあなたの全身を占有するほどに完全なものとは言われない。そんな場合は自分をさらしている方では恥ずかしくなり、見ている方では不快になる。
 そこでこういうことになる。人は他人に認められないことが分かると恥ずかしくなるが、しかし認められると、それは当然であってもまた恥ずかしくなる。要するに完全と絶対の美が非難を退ける。と言うよりは、非難を生ぜしめない。そうして羞恥の念を抑制する。
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by bashkirtseff | 2007-07-28 20:45 | 1877(18歳)