1879.01(Tue)

 終夜眠れなかったので今朝は11時半まで起きる事が出来なかった。コンクールは今朝3人の先生すなわちルフェーヴル、ロベール・フルリ、及びブーランジェによって決められた。私はやっと1時にアトリエに着いて、結果を聞いたきりであった。年上の娘たちも今度は試験を受けた。私が入っていくと1番に耳に入った言葉はこうであった。
 ──さあ、マドモアゼル・マリ、こっちへいらしてあなたのメダイユをお受け取りなさい!
 実際私の絵が壁にピンで留めてあって、Prix〔賞〕と書いた字が付いていた。山が頭の上に落ちかかってきても私はそのときほど驚く事はないであろう。
 私はあなたにこのコンクールの必要と真の意味を説明してあげねばならぬ。その他の競技的試験と同様これは必要なものであるが、その賞与は必ずしも個人の趣味と天性の能力とを実証するものではない。なぜと言うに、例えば、ブレスロオの絵は5番目になっているが、彼女はどの点から見てもメダイユのすぐ次になっているバングよりすぐれている事は言うまでもない。バングは piano et sano〔静かに確実〕に進んで、その制作は良い正直な大工の仕事のようである。それでも彼女はいつも高い地位を占めるのは、女の仕事は極めて初歩のものでない限り、いつも皆概して力弱く空想的なところが欠点になっているからである。
 モデルは18の少年で、形なり色なり、いかにもソースパンと一緒になった猫の首もしくは猫の首の形をしたソースパンと言ったような所があった。ブレスロオはこれまで幾つもメダイユを取って良いような像を描いた。けれども今度は成功しなかった。その上ここで1番良く鑑賞されるのは仕上げでもなければ、美でもない。(なぜと言うに、美は、仮にあるにしてもないにしても、習作とは全く関係ないから。また仕上げという事は他の多くの重大な性質の完成に過ぎないから。)──それで第1に鑑賞されるものはなんと言っても正しさ気力真実感とである。
 彼らは困難という事を考えない。これは正しい。それ故に良い写生図の方が可もなく不可もない彩色画より重んぜられるのである。
 それなら、私たちはここで何をしているか? 習作をしている。皆の描いた首は単にこの立場から判定されたのである。私のは完全な威張り屋になった。この紳士たちは私たちを軽蔑している。彼らが満足するのは、力強いあるいは凶暴な制作にぶつかった時だけである。この弊風は女にははなはだまれである。
 これはまるで若い男の描いた物だ、と彼らは私の絵を批評した。
 ──あそこにすてきなやつが1つあるよ、ロベール・フルリがルフェーヴルに言った。
 ──マドモアゼル、メダイユが取れましたね。ジュリアンが言った。これは成功の賞与で、先生方もちゅうちょしないで決めてしまわれたのです。
 私は階下の慣例に倣って1杯のポンスを命じた。そうしてジュリアンも呼ばれた。私は喜びの言葉を受け取った。それは、そこに来ている多くの人たちは、私はもう野心の絶頂に達したから早く追い出してやらねばならぬとでも思ったのであろう。
 この前のその前の時にメダイユを取ったウィクは今度は8番になった。けれども私はアレクサンドル・デュマの言葉を繰り返して彼女を慰めた。「失敗はわれわれに才能がないという証拠にはならぬ。けれども成功した作品は才能のある証拠である。」この定義は今の場合、もっとも良く当てはまる。
 天才は悪事を行うかも知れぬ。けれども愚人は善事を行う事は出来ない。
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by bashkirtseff | 2008-12-06 11:29 | 1879(20歳)
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