1879.01.10(Fri)

 ロベール・フルリが夕方アトリエに来た。
 私たちはカフェ・アングレエで正餐と朝食をするが、そこでは良い物を食べさせる。料理屋のうちでは最上である。
 ボナパルト党の新聞紙、ことに「国家(ペイ)」は、選挙に関してはなはだ愚劣で、私は彼らのために一種の羞恥を感じる。ちょうど昨日のマスネ〔パリの作曲家〕がアンコールされてその繰り返しが面白くなかったために私が羞恥を感じたと同じように。
 私は早く絵によって名声を得ることが出来なければ自殺して、すべてを片付けてしまおうと思う。これは数月前に決心したことである。……ロシアにいるころも1度私は自殺をしようと思ったことがあった。けれども死んだあとの事が怖かった。私は30になったら自殺しても良いと思っている。30まではまだ若いから、幸福とか、成功とか、その他何でも望まれ得る。さてこれだけ決心が付いたからもし私が利口なら、もうこの上2度と再びくよくよ思わないだろう。
 私は極めてまじめに言っているのである。そうしてこれだけでも決心の付いた事を非常に喜んでいる。
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by bashkirtseff | 2008-12-05 18:03 | 1879(20歳)
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