1878.10.20(Sun)

 私は9時に馬車を命じて、私の女官なるマドモアゼル・エルスニツを従えて、聖フィリップ、聖トーマ・ダカン(底本:「トマス・ダカン」)、ノートルダム(底本:「ノオトル・ダアム」)を見に行った。私は頂上まで登って、鐘を見た。イギリスの娘たちのように。すると、そこに私の好むパリがあった。それは昔からのパリである。私は処々のブールバール(並木街路)やシャンゼリゼなどの、すべて新しいきれいな部分がきらいでたまらないが、それを避けてさえいればパリに住んでも幸福にしていられる。しかし郊外に出てサン・ジェルマン〔昔の王宮の跡/パリから13マイル/底本:「聖ゼルマン」〕などへ行くと全く別な感じがする。
 私たちはエコール・デ・ボザールを見た。腹が立って泣きたくなった。
 なぜ私はそこへ行って研究することが出来ないのだろう? この学校のような完全な教え方をどこで得られるだろう? 私はローマ賞の展覧会を見に行った。第2等は、ジュリアンの学生の1人が取った。ジュリアンは非常に喜んでいる。私は金持ちになったら女のために美術学校を建てようと思う。
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by bashkirtseff | 2008-11-29 10:12 | 1878(19歳)
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