1878.09.23(Mon)

 ジュリアンが私のそばへ来てムッシュ・ロベール・フルリが私の絵を大層感心していると言ってくれた。私の勉強を始めてからの短い年月のことを思うと、これまでのどの作にも増して良く出来た。実際、私は有望だと彼は思っている。
 書くこともないのに毎日書くのは愚かなことである。ロシア町でオオカミの皮を敷物にしようと思って買った。ピンチオ2世がそれを恐れている。
 私は実際絵描きになれるかしら? 全くのこと私はアトリエを去るのはただローマ史を注釈と地図と参考書と翻訳とで読みたいためばかりである。
 これもまた愚かなことである。誰もこんなことに興味を持つ人はありはしない。私はもっと近代的の物を読んだならば話ももっと光彩を添えるであろう。誰が古代の制度とか、トゥッルス・ホスティリウス〔ローマの伝説上の第3の王/底本:「ツルス・ホスチリウス」〕の統治の下にあった市民たちとか、ヌマ・ポンピリウス〔ローマの伝説第2の王〕の神聖な儀礼とか、あるいは護民官と執政官との闘争とか、そんなものに心を向ける人があるだろうか?
 デュリュイ〔ヴィクトール・デュリュイ(底本:「ヴィクトル・デュルイ」)/1811-1894/ローマ帝国と中世の歴史研究家〕の偉大な歴史は幾部にもなって現れつつあるが、これは1つの宝である。
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by bashkirtseff | 2008-11-26 14:36 | 1878(19歳)
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