1878.06.03(Mon)

 眠れない夜。朝の8時から仕事をして、2時ごろから夕方の7時まで、サロンへ行ったり、家を探したりして歩き回ったりして、……
 私のこの驚くべき健康は何の役に立つだろう! ひとりでに消費された何物をも生じないこの精力は何になるのだろう!
 私は仕事をする。どこまでも、仕事をする。毎日7時間も8時間も仕事をするが、私にとっては7分8分ほどの効果もない。
 私たちは今日あるきれいなアトリエを見に行った。私は通り抜けながらうれしくて身震いがした。大きな立派なアトリエを見ると、何かえらい物を描かねばならぬというような気持ちになる。
 明日にもなったら、私は人に教わったのでもなければ周囲からこさえ上げてもらったのでもない私の本当の内面の考えをあなたにお話ししましょう。いや、今夜お話ししても良い!
 私は心から、魂から、共和主義者である。
 古来の称号などは保存しても良い。法律の前には平等であらねばならぬ。しかしその他の平等は不可能である。
 古い名門をば尊敬せしめるが良い。外国の君主たちをば尊重せしめるが良い。芸術やその他人生の文雅快楽に寄与する物をば保護せしめるが良い。
 歴代の君主とか大官とかいう者はその立った場所に根を生やして国を災いするものである。宮廷の恩寵なるものがそれである。そこに不幸が生じ、廃滅が生じる。だから国家の主権者が絶えず代わったり、大官たちを時々片付けたり、役人たちを世論の微風に当てたりする、──これは必要なことである。こうすることが国を新鮮にし健康にする。従って、それは聡明でさえあれば何事でも可能になる。そうしてこれはフランス人には決して欠けていないことであろう。
 共和制は、血を流したり、破廉恥なことをしたり。その他さまざまのことをすると言って非難される。Quediable!〔何という恐ろしいことだろう!〕すべてものの始まりを見るが良い。ことにそのときは人民の半分は邪魔をしたり反対したりばかりしている。幾つかの計画は失敗した。ナポレオンの伝説があれば、セント・エレーヌ(底本:「エレエヌ」)〔ヘレナ〕もあった。
 今では私たちは何を見いだすか? ……子どものないムッシュ・ド・シャンボール〔フランス正統派の子爵で、気の弱い善良な紳士であった/1820-1883/底本:「シャンボオル」〕と、彼の後にオルレアンの君主たちを。このオルレアンたちは私の趣味に合わない。人は卑しむべき私生児などを好むものではない。ナポレオン3世は永久に彼の家の機会を失ってしまった。今日の共和制〔1878年はフランスが2度目に共和制をしいて8年目である〕は本物である。──長い間待ち設けられていた本物の共和制で、天の宝冠授与式がついに来たのである。
 あらゆる régimes〔制度〕の元に見いだされるような少数の自由思想家などはどうだって良い。無法な思想などはどうだって良い。国家はサロンではない。
 党人は勝手にその客人を選択するが良い。共和制は党派ではない。彼女は1つの全体としての国家である。彼女の子どもたちが次第に彼女の方へ集まってくれば、彼女はその両手をますます広げるであろう。そうしてすべてが皆集まってきた時には、もはや権利を奪われる者もなければ、無視される者もなければ、恩寵を欲しいままにした者もなくなって、政党というものも存在しなくなる。しかしフランスは生きていくだろう。
 今日では共和制はなすべきことがあまりに多くて個人のことまで考えてはいられぬ。
 人は言う、共和国民の中には黒い羊〔持て余し者〕が混じっているからいけないと。けれどもどこの国民に黒い羊が混じっていないだろうか?
 もしフランスが皆正統派〔ルイ14世の後のブルボン王家を正統と認める論者〕もしくは帝国主義者になったら、果たして非難のない純粋な国民になれるだろうか?
 おやすみなさい。──私はあまりせき込んで少し気違いじみたものの言い方をしていました。
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by bashkirtseff | 2008-11-15 12:05 | 1878(19歳)
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