1878.05.27(Mon)

 7時前にアトリエに行ってスウェーデンの娘たちとあるクレムリ(#乳製品屋)で3スウ〔約6銭〕の朝食を食べた。労働者や仕事服を着た不良少年たちが私の飲んだと同じショコラを飲みに来るのを見た。
 ──あなたに取っては、マドモアゼル、静物の研究で絵を始めるというのは、例えば、力の強い人がこれを持つけいこを命ぜられたようなものです。(そう言ってジュリアンは彼のペン軸を上げたり、下げたりして見せた。)私はあなたが嫌な顔もしないで足を描いたり、静物の切れ端を描いたりしているのは賛成です。それより良いことはありません。
 彼の言ったことは完全に正しい。そうして私は今1本の足を描こうとしているところである。
 昼食はアトリエで食べた。毎日昼食を食べに帰っていると、1週間で6時間ないし1日の損失となり、1カ月では4日となり、1カ年では48日の損失となるから、うちの人に届けてもらうことにしたのである。
 夜は彫刻をしたいと思う。それをジュリアンに話すと、ジュリアンからデュボアに相談してくれることになった。
 私は自分に4年の月日を与えていた。7カ月はすでに過ぎ去った。多分3年で足りるだろうと思われるから、後2年と5カ月残っている勘定になる。そのときは私は20歳と21歳の間であるだろう。
 ジュリアンは12カ月もたてば私はかなり良く描けるようになるだろうと言う。しかし、まだ十分には描けないだろう。
 ──そんな勉強の仕方は自然じゃありません。彼は笑いながら言った。あなたは社交も散歩も馬車も、何もかも打ち捨てていらっしゃる。これにはきっと何か目的があることでしょう。人に言われない秘密の考えといったようなものが。
 彼はどうしても南方の人ではない。
 今日私とスイスの娘とのけんかのようなことがあって、私がブレスロオの役目を演じて、ある年取った夫人が私の役目を演じた。
 ──マダム、私は聞こえるような声で言った。私の方が正しいのです。もし私が教養ある人たちに迷惑をかけることを何とも思っていないならば、私はこの席を譲らないでしょう。しかしおかけなさい、マダム。礼儀によってそれはあなたのものといたしましょう。幸いにも私は相当の教育を受けています。それで作法というものを心得ないある動物たち(こんな言い方を許して下さい)とは少し違うのです。けれどもその気の毒な夫人はその席を取ろうとしないので、私は付け加えて言った。──どうかかけて下さい、マダム。私はあなたのためにお譲りするばかりではなく、私の名誉のためにもそうしているのですから、私は自分を尊重するからこんなことをしているのです。
 それは半ば愚弄しているのではあったけれども、1つにはまた復習のためでもあった。
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by bashkirtseff | 2008-11-14 08:55 | 1878(19歳)
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