1878.04.20(Sat)

 昨夜私はこの手帳を閉じて62巻目を開けてみた。私はページをめくっているうちにA…の手紙のところが出た。
 私は長い間夢見たり微笑したりまた夢見たりしていた。寝るのは遅くなったけれども、別にぐずぐずしていたのではなかった。そういったような瞬間はいつでも来るものではなく、ただ若い時だけ来るのである。私たちはそれを神のたまものと同様にいかに利用し、いかに味わい、いかに楽しむべきかを知らねばならぬ。若い人は、どんな風にしたらば若さを正しく味わうべきかを知っていない。けれども私は、例えば年を取って、物の価値を知っていて、楽しみを1つも失うまいとする人に似ている。
 ロベール・フルリのおかげで私は今日ミサの前にざんげをしに行くことが出来なかった。それで正餐(せいさん)式を明日まで延ばさねばならなくなった。
 私のざんげは特殊なもので、こんな風である。
 ──あなたはきっと何かの罪を犯したでしょう? 型のごとく祈りが済むと牧師は言った。あなたは、怠ける癖がおありでしょう?
 ──決してありません。
 ──高慢は?
 ──いつもあります。
 ──断食はなさいますか?
 ──いたしません。
 ──人の感情を傷つけたことはありますか?
 ──あるとは思いません。でも、あるいは父の感情を傷つけたことがあったかも知れませんが、それとてもつまらないことなのです。
 ──神様はあなたをお許しくださいますように。うんぬん。うんぬん。
 私は気が落ち着いている。その証拠には、今夜冗談を交えないで話をしてみて分かった。私は今平静な心持ちで、精神的にも肉体的にも絶対に恐怖というものを持たない。私は時々こう言う、私はどこかへ行ったり、何事かをしたりするのが怖くてならなかったと。しかしそれは何人にも共通な、ものの言い方の誇張というものであって、何らの意味もないことである。私にとってうれしいことは、誰とでも話の出来るようになったことである。人が善良なサロンを持ちたいと望むのは本質的なことである。以前には私は一人の人だけに話しかけて、ほかの人をばほとんど全く等閑に付していたのである。
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by bashkirtseff | 2008-11-10 08:57 | 1878(19歳)
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