1878.02.12(Tue)

 私の席に着く時間を皆でだましておいて、1人のエスパアニュの娘とほかの2人の娘が、自分たちは私に何も言いはしなかった、間違えたのは私だと言った。このうそはすべてのうそと同様に私を憤慨させた。ことに私はスイスの娘たちのためにしてやったのに、彼らは私のために一言も口を利かなかったから、私は人道のためなおさら憤慨せざるを得ないのであった。
 私がそれを言うのは、それを知っておいてもらいたいからである。私自らは別に保護を受ける必要はない。私は自分が正しい時だけ抗議するのである。
 今朝は少しも仕事が出来なかった。ただ見ているばかりであった。午後はベルトが来たので私は休んだ。
 今夜はイタリア座で La Traviata(ラ トラヴィアタ)があった。アルバニ、カプウル、及びパンドルフィニ、皆大芸術家である。しかし私をば少しも満足させなかった。それでもさすがに最後の幕では私は死にたいとは思わなかったけれども、何もかも幸福になりつつあるのに自分だけはあんな風に苦しんで死ぬのだと思った。
 これは私の持っている1つの予感である。
 私は en bébé〔子どものように〕着物を着ていた。──やせて格好の良い体つきの者には似合わしい着物である。両肩に白いチョウ型の結びが付いて、首と両腕がむき出しになっているから、私はベラスケス(エスパアニュの肖像画家/1599-1660/底本:「ヴェラスケス」)の描いた子どものように見えた。
 死ぬ、と言うととっぴに聞こえるかも知れない。けれども私は自分でも死につつあると思っている。私は長生きをするはずはない。私は普通の型に従って作られた人間ではない。私はあるものをばかなりたくさんに持ち、あるものには欠乏している。これは続かない性格である。もし私が神であるならば、全世界が私に仕えているとしても、私は悪く仕えられていることを発見するはずだと思う。
 およそ私ほど気まぐれな、気難しい、性急な人間はないであろう。私の頭の中には、時々、いや、いつも、理性と平静の流れが通っている。けれども私にはそれを正確に説明することが出来ない。
 私の言いうることは、ただ私が長くは生きられないだろうということのみである。計画も希望も功名心もことごとく地に落ちてしまうのである。私はすべてのことにおいて自分を欺いてきた。
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by bashkirtseff | 2008-06-29 22:14 | 1878(19歳)
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