1878.01.12(Sat)

 ワリツキが今朝の2時に死んだ。
 昨夜彼に会った時彼は私に向かって、半ば冗談のごとく、半ば悲しそうに“Addio, signorina”〔さようなら、お嬢さま〕と言って、イタリアを思い起こさせた。
 私が自我主義もしくは怒りからでなくて涙を流したのは、おそらくは今日が初めてであろう。どこまでも無害で、どこまでも善良であった人の死には、特別に人を動かすあるものがある。彼は誰にも害を加えたことのない忠実な犬のようであった。
 1時頃に彼は少し快くなっていた。それで婦人たちは皆部屋に退いた。彼が息苦しくなった時は叔母だけがそばについていた。それで叔母が顔に水を吹いてやらねばならなかった。
 少し気持ちが良くなると彼は祖父様にぜひともおいとまごいがしたいと言って立ち上がった。けれども彼が廊下まで出ると、もう力がなくなって、わずかに3度自分で十字を切って、ロシア語で「さようなら!」と大きな声で言うだけのことが出来た。母様とヂナが目を覚まして、彼のところへ駆け付けてみると、彼は叔母とトリフォンの腕の中に倒れていた。
 私はそれを思い出してみることも出来ない。それは不可能に思われる。それはあまりに恐ろしい。
 ワリツキは死んだ。それは取り返しのつかぬ損失である。あんな性格の人を実生活において見いだすということは、ほとんど信じられない。
 私たちの家族の皆に対して、犬のように懐いていた。そうしてあくまでプラトン的であった。おお! 実に、どこまでも私というものの無かった人である。
 あなたは書物ではそういった種類の人のことを読んだでありましょう。私はどうかしてあの人に私の思っていることを伝えてやりたかった。神様が私たちのあの人について考えたり、話したりしていることを、どうにかしてあの人に知らせて下さることを私は望む。あの人は今どこにいるか知らないけれども、どうにかして私の言っていることを聞いてもらいたい。仮にあの人がこれまで私に対して不平があったとしても、今では私のこの深大な尊敬と友情と悲哀のために私を許してくれるだろう!
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by bashkirtseff | 2008-06-01 21:48 | 1878(19歳)
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