1877.12.31(Mon)

 何だか気持ちがすぐれない。祭日を休まなかったから、それで私は気がすぐれないのであろう。スイスの娘たちの家へ降誕祭の木を見に行った。輝いて愉快であったけれども、私は10時まで仕事をしたので眠くてたまらなかった。私たちは運命を占わせた。ブレスロオは花輪をもらいだし、私はローマ賞をもらいだすということであった。そうしてその他の人たちは失敗するということであった。それにしても、全く不思議である。
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by bashkirtseff | 2008-04-26 20:26 | 1877(18歳)
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