1877.12.22(Sat)

 ロベール・フルリが私に向かって言った。──誰だって自分で満足するということは決してないものです。
 そんなことをジュリアンも言った。実際私は自分で満足したことがないから、その言葉がまた考えられるようになった。ロベール・フルリはその他さまざまの喜ばしいことを言ってくれたが、その後で私はそう言って下さってありがとうと言った。その訳は、私はもう全く自分というものが嫌になって、気抜けして、失望していたところであるから。そう言うと彼はびっくりして目を見張った。
 実際私は気抜けしていた。私の描いたものが人を感心させなくなってから、私は気抜けしてしまった。これは甚だしく不幸なことである。
 事実は私は未聞の進歩をしたのである。彼はいつも私が異常の才能を持っているということを繰り返した。私の描くものは「よく似る」とか、「全体の調子がよい」とか、「線が正しい」とか言われた。「これ以上どうしたいというのです、マドモアゼル? あまり分からないことを言うんじゃありません。」彼はそう言って言葉を結んだ。
 彼は長い間私の画架の前に立っていた。
 ──もうこのくらい描けるようになれば、彼は言った、始めに首を指し、それから肩を指して、こんな風に肩を描くには及ばないのです。
 スイスの娘たちと私は変装してボナ(宗教画、肖像画家/当時44歳/底本:「ボンナア」)のところへ行って男性として画室に入れてもらえまいかと頼んでみた。もちろん彼は50人の若い男性は少しも監督の下に置かれていないのだから絶対に不可能なことだと言って断った。その次に私たちはムンカクシ(私はどうつづるのだか知らない)というウンガリアの画家のところへ行った。この人は立派な家を持っていて、非常に才能のある人だ。スイスの娘たちは12カ月前に紹介状を持って訪ねていったことがあるというので、彼は良く知っていた。
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by bashkirtseff | 2008-04-26 20:23 | 1877(18歳)
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