1877.11.27(Tue)

 ムッシュ・ジュリアンはムッシュ・ロベール・フルリ、ブーランジェ、及びルフェーヴルの決定に対して多少心を悩まされた様子で私たちのところへ来た。私は彼の言葉を出来るだけ正確にあなたに知らせましょう。
 ──皆さん、試験委員はマドモアゼル・デルサルト(フランス少女)に賞牌(しょうはい/メダイユ)を与えた後で、たった6名きり合格されませんでした。そのほかの方はこの次のコンクールを受けるという資格だけ与えられました。最後の3名はくじを引くことになりました。言うまでもなく、これは婦人の感情を害すまいとするためである。
 ある一つの声が私に向かって、お前もそのくじを引く1人だろうとささやいた。それは極めて当然のことかも知れぬ、けれども私は腹立たしくなった。
 ムッシュ・ジュリアンは皆に多大の感奮を与えたその話の後で、さらに続けていった。
 ──私は誰がその6名であるかということを言うわけに行きませんが、あなた方のうちで誰か私の言う通りをここに書いて下さい。1番は誰です?
 ──マドモアゼル・ウィク。
 ──2番は?
 ──マドモアゼル・バン。
 ──3番は?
 ──マドモアゼル・ブレスロオ。
 ──4番は?
 ──マドモアゼル・ノルトランデ。
 ──5番は?
 ──マドモアゼル・フォルシャンメエ。
 ──6番は?
 ──マドモアゼル・マリ! ポーランドの娘が叫んだ。
 ──私ですか、ムッシュ?
 ──そうです、マドモアゼル。
 ──でも、おかしいわ!
 私は最初の6名の中に入った。アメリもジラアルもポーランドの娘も私の下になった。私は一等後からアトリエに来た人間で、10月の3日から始めたばかりだのに。嫌になっちまう!
 皆が私のところへ喜びに来た。マドモアゼル・デルサルトはあらゆる種類のお世辞を並べ、彼女と妹のマリは私たちのことを今度のコンクールの障壁だと言った。
 ──あなたがわずかな時日の間になさったことは4年もかかってやっと賞牌をもらいだしたよりいくら良いか知れませんわ。
 成功、何といううれしいことだろう!
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by bashkirtseff | 2008-03-09 21:06 | 1877(18歳)
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