1877.11.10(Sat)

 ムッシュ・ロベール・フルリは健康がすぐれないで、疲れていて、私たちの絵を半分も直してくれなかった。誰も褒められたものがなかった。私でさえも褒められなかった。私の描いたものがよいとジュリアンは思っているのだから、私にはむしろ不思議に思われた。それは実際である。けれども私は内心不満な点があった。私は惑っていた。
 私たちは写生を何枚か描いたが、そのうちの1枚のカリカチュア風なのが成功した。ジュリアンが私に指図してそれを彼のアルバムの中に入れさせた。
 不快なことは愉快なことよりもどんなに多く人の心を感動させるものだろう!
 この1カ月の間、私はただ一度、2週間前に例外があったが、それを除けばいつも褒められてばかりいた。けさは小言を言われた。それで私は小言のことばかり忘れないでいる。しかしこれはいつでもそうである。千人の人が褒めそやして、ただ一人の人がつぶやくと、そのつぶやきが千人の人の声以上に良く聞こえるものである。
 午後と夜の裸体習作は直されなかった。ああ! 私はそれほどつまらなくもないのであろう! あなたもご存じの通り、私はモデルが気に入らなかったのである。そうして火曜日に描き出したばかりなのである。月曜日にはモデルのことから少しごたごたがあって、その上、私はその男のすぐ前にしかも接近して足元に座らされたのであった。それは一番骨の折れるくらいであった。心配しないでおいで、私の良い子、人が言い訳をしなければならぬというのは、良い兆候ではありません。
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by bashkirtseff | 2008-01-04 16:43 | 1877(18歳)
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