1877.10.13(Sat)

 土曜日はムッシュ・トニー・ロベール・フルリ(歴史画家、風俗画家、当時40歳/底本:「トニ・ロベエル・フリュリ」)がアトリエに来る日である。彼は政府が買い上げてルクセンブルク(底本:「リュクサンブゥル」)に陳列することになった「コリント最終の日」を描いた画家である。パリで一流の画家が時々アトリエに来て私たちに忠告を与えてくれるのである。
 私の始めたのは先週の水曜日であった。彼はその週の土曜日には見えなかったから、私にとっては今日が彼の最初の訪問である。彼が私の画架のそばへ来て批評を始めた時私は遮った。
 ──失礼ですが、ムッシュ、私は10日前に始めたばかりなのです。
 ──その以前はどこで描きましたか? 彼は私のデッサンを眺めながら聞いた。
 ──どこへも参りません。
 ──何、どこへも参りません?
 ──ええ、私は慰みに32枚課題を描いたきりです。……
 ──それは習作することではありません。
 ──それはそうでございます、ムッシュ、でも……
 ──あなたはここに来るまでデッサンをやったことはありませんか?
 ──ございません、ムッシュ。
 ──おかしいな。
 ──でも私は……
 ──あなたは誰かに助言されたことはありませんか?
 ──ありますわ。……4年前、まだ子供の時分、日課を教わりました。そのときは版画を写させられました。
 ──そんなことを聞いているのじゃありません。
 そう言って彼はまだ信じない顔つきをしていたので、私はこう付け加えねばならなかった。
 ──私はお誓いを致してもよろしゅうございます、お望みならば。
 ──もし、そうだとすると、あなたは非常に有望です。実際に才能を持っておいでです。これから忠告を与えてあげましょう。
 ──この10日間、私はこんな物ばかり描いていました。……この前に描いた首も見て頂けませんでしょうか?
 ──よござんす。しかしこの娘さんたちの分を済ませてからまた来ましょう。
 ──さあ、彼は3つ4つの画架を見回ってから、また私のところへ来て言った。見せてください、マドモアゼル。
 ──これです、ムッシュ。私は天使長(アルカンゼロ)の首を始めながら言った。そうして2枚だけ見せようと思っていると、彼は言った。
 ──否、否、あなたの描いた分を皆見せてもらいましょう。
 私は金曜日に描き始めたばかりの男の裸体習作の未成品と、下から見た歌うたいの娘の首、これは非常に特色があると言われたのと、それから一つの足と、一つの手と、オウギュスチイヌの裸体習作を見せた。
 ──この裸体習作はあなたが一人でやったのですか?
 ──ええ。私は実はこれまで一人で描いたこともなければ、裸体習作を見たこともありませんでしたの。
 彼は微笑したきりで、私の言うことを信じる風もなかった。それで私はいま一度そう言ってうそではないことを誓うと、彼はまたこう言った。
 ──驚きましたね。全く非常に有望です。この裸体習作なんかは少しもおかしくない。この辺などはなかなかうまい。うんと勉強しなさい。……うんぬん。
 それからまだいろいろ親切な忠告があった。それを聞いていたほかの人たちはねたましくなった。と言うのは、彼らは皆1年、2年、3年と研究していて、そうして立派なモデルを使って裸体習作を描いたり、ルーブルで模写したりしているけれども、自分たちのことに関してはそんな風に褒められたことがなかったから。もちろんそれ以上のことが彼らには期待されているのであろう。そうして別な褒め方をされていたのかもしれない。……
 してみると確かに……いや、私はもう何にも言うまい。……私は不幸な目を見るかもしれない。しかし、私は自分を神にささげる。私は心配でならぬ! ……
 私は、直接にではないけれども、それがためにひどくしかられた。エスパーニュ(底本:「エスパアニュ」)の娘──大体から言って良い娘で、物腰の親切な、絵に熱情を持ってる、しかしあまり正しくは見えない娘──そのエスパーニュの娘が、あるオランダの女の話をして、あなたはアトリエに入ると、急速な進歩で皆を驚かすでしょうと言った。そうしてそのわずかな進歩も何にも知らない人にとっては大した物であるが、その程度の進歩は容易に得られると言った。そうしてまた、それはあなたが一番よく勉強しなければならぬことが分かった瞬間であると言った。
 その話しぶりは例えばそこに2、3人の初歩の人がいるか何ぞのようだった! そうしてその人たちも私と同じように進歩するというのであろうか?
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by bashkirtseff | 2007-08-26 21:33 | 1877(18歳)
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