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日付なし

 夕方、ポオルとヂナと私と三人で一緒に駆けていたが、やがて二人とも去って私一人になった。月が部屋の中へ差し込んでいるので、私はろうそくをつけなかった。私がテラスに出ると、遠くでバイオリンとギターとフルートの音が聞こえた。私は急いで部屋に帰って窓の近くに腰掛けて、楽にして聞いていた。それは面白いtrio(トリオ/三部合奏)であった。私がこれほどの興味を持って音楽を聴いたのは久しぶりであった。演奏会では注意が音楽よりも聴衆の方に取られるものである。けれども今夜は月光の中にただ一人きりであったから私はこのsérénade(セレナード/夜間戸外で奏する音楽)をほしいままにむさぼり楽しむことが出来た。それは全くセレナードであったから。ニースの青年たちが私たちに聴かせようとするセレナードであったから。実にこの上もない心尽くしであった。不幸にして社会の青年はこんな楽しみを好まない。彼らはcafes chantants(カフェ シャンタン/音楽を聴かせるカフェ)に行きたがる。けれども音楽ということから考えてみると……例えば昔イスパニア(底本:「イスパニヤ」/#現在のスペイン)で行われていたようなセレナードほど高尚なものがあるだろうか? 私が男だとすれば、私は馬に次いでは、私の愛する女の窓の下に立って、それから女の足元に座って過ごすほど楽しいことはあるまいと思う。
 私は本当に馬がほしくてならぬ! 母様は私に一匹買って下さると約束したし、叔母様も約束した。私は母様の部屋へ行って熱心にお願いした。母様は買って下さると約束した。今夜は楽しく眠れるだろう。皆が私をきれいだと言う。けれども私は本当に自分ではそうは思っていない。私のペンが書くことを拒むが、私は優しいところがあるだけである。──そうして時々はきれいなこともある。私は幸福である! ……
by bashkirtseff | 2004-10-26 23:13 | 1873(14歳)
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