1877.08.07(Tue)

 私はボン・マルシェ(パリの町/底本:「マルセエ」)でわれを忘れて酔ったようになっていた。私たちは知り合いの人たちと晩さんを共にした。そうして笑って話をした。けれども……やはり……私は悲しくてならない。
 あり得べからざることである!! 恐ろしい、どうすることも出来ない、忌まわしい言葉!!! 死ぬるということ、私の神様、死ぬるということ!!! 死ねる!!! しかも後には何にも残されないで? 犬のように死ねる!! ただわずかにその墓石の上に名前を記されたばかりで死んだ10万人の女たちのように死ねる! ……
 神様のおぼしめしを知ることが出来ないとは、私は何という愚か者だろう! 神様は私に何もかも打ち捨ててただ芸術に一身をささげるようにとおぼしめしていらっしゃる! これから5年たっても、私はまだ若くて美しいだろう。……でも、そこいらにたくさんあるような平凡な芸術家になったらどうだろう?
 世間のことは心配することはない。けれどもそこに生涯を打ちはめて、成功しなかったら?
 パリにもよそと同じようにロシア人の植民地(コロニー)はある!! 私を刺激するものは、そういったつまらない考えからではない。なぜと言うに、彼らは私を失望させるのみで、彼らのことを考えていると、私は自分の偉大というようなことが、考えられなくなるから。
 仲間がなかったら人生はどんなだろう? 孤独だったら何が出来るだろう?_ この考えは、私をして全世界を、私の家族を、私自身をさえ汚さしめる! 生きる、生きる! ……神の母なる清きマリ、主イエス・キリスト、私をお助け下さい!
 それにしても一身を芸術にささげるためにはぜひともイタリアへ行かねばならぬ!!! そうだ、ローマへ。
 この花崗(みかげ)の壁、それに私は今額をたたき付けている! ……
 私はまだいつまでもここにいることになるであろう。
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by bashkirtseff | 2007-02-03 17:00 | 1877(18歳)
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