1877.02.26(Mon)──ナープル

 私たちは遊覧を続けて、今日は古い修道院聖マルチノへ行った。私はこれほど心ひかれる物を見たことがない。博物館という物は一般に面白くない物である。けれども聖マルチノの博物館は非常に面白い。長官(シンダコ)の古い馬車とシャアル(カルロ)3世の遊船が私の首を振り向けさせた。それからモザイクの床になっている廊下と、壮大な繰り型になっている天井と、教会や礼拝堂も見事な物で、これらはあまり大きくないから細部まで良く鑑賞が出来る。どこを見ても隅から隅まで、天井から床まで、何というおびただしい立派な大理石と宝石とモザイクであろう。グイド・レーニ(サン・マルチノに未成品の「生誕」を残した書家/1575-1642/底本:「ギドオ・レニ」)の絵とスパニョレットオ(本名ジュゼッペ・リベラ/1591-1652(底本:「1588-1656」)/イスパニア(#スペイン/底本:「エスパニユ」)生まれであるがナープルに定住していた画家)の絵は例外として、私はこれまでにこれほど驚くべき物を見た記憶がない。例えば、フラ・ボナヴェントゥラ(フランシスコ派の学者/1221-1274/底本:「ヴエナヴェンツラ」)の労作、古代のカポディモンテ(サルジニア(底本:「サルデニア」)の一地方、この土地の工人を使ってカルロ3世が陶器を焼かせた/底本:「カポ・ヂ・モンテ」)の磁器、絹に描いた肖像画、ガラスに描いたプチファの妻の挿話の絵、など。60の円柱を持った白大理石の内庭に至っては希世の美観である。
 私たちの案内者は、ここに僧侶は5人きりいないと言った。そのうちの3人は教団僧で、2人は俗人僧で、この建物の中の翼のどこか人の行かぬ高いところに住まっているのだということであった。
 私たちは塔のようなところへ上がった。バルコンが2つ重なり合って出ているが、その上に立つとがけの縁から見下ろしたような気持ちを感じた。その眺めは驚くべきほど美しい。山も別荘も高原もナープルそのものも、遠く青いもやの中に包まれて見えた。
 ──今日はナープルの町に何かあるの? 私が尋ねた、その町から聞こえてくる騒がしい音に耳傾けながら。
 ──何にもありはしません。あれはただナープルの人たちの声です。案内者が笑いながら言った。
 ──それじゃ毎日あんな音がしてるの?
 ──毎日です。
 絶え間なき喧騒(けんそう)が下の屋根の集まりから起こってくる。ひっきりなしの人声で、それを聞いて町というようなことが思われる音ではなかった。それは実際一種の恐怖を起こさせたが、青いもやの底からわいてくるその音を聞いていると、幻惑の感じと共に、自分がどんな高さに登っているかということを意識させられた。
 大理石の礼拝堂は心行く限りのものであった。こんな宝を持っているイタリアの田舎は世界中で一番富んだ田舎である。イタリアを他国に比べると、壮麗な絵を白壁のそばに置いたようである。
 私は去年はナープルをどう思っていただろうか? そのころはまだ見ていなかった!
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by bashkirtseff | 2006-07-25 19:30 | 1877(18歳)
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