1884.09.17(Wed)

 私は父の思い出で苦しめられない日とてはほとんどない。私は出かけていって臨終まで父の看護をすべきはずであった。彼は何にも言いはしなかった。彼は私のような人だったから。しかし彼は私のいないのをつらく感じたに違いない。どうして私は行かなかったのだろう? ……
 そう思うのは、バスティアン・ルパージュがここにいるようになってからである。そうして私たちは実にしばしば彼の所へ行って、心配したり、邪魔をしたり、優しくしたり……
 それは実際非常に悪いことではないかしら?
 母は何年も別居していて、最近5年間の仲直りをしたばかりであるから、事情が違う。しかし私は、娘なる私は?
 それでは神が私を罰するであろう。しかしあなたがもし物事の奥底まで見極めるならば……あなたがこの世の中へ生まれ落ちて以来、もし親があなたにあふれるばかりの親切を尽くしてくれなかったなら、誰だって自分の両親に何の負うところもないのである。
 しかしそれも妨げにはならない。……それに私には、この問題を展開させている余裕がない。──バスティアン・ルパージュは私に様々の悔恨の念を起こさせる。──これは神の懲罰である。しかしもし私が神を信じないとしたら? 私には何にも言えない。それに、……私には良心がある。そうして私の良心は私のしたことについて私を責めている。
 それでもまだこうは言えない、──私は神を信じないとは。それは神によって私たちが何を理解するかということによって違う。もし私たちの愛している、また私たちの欲している神が存在しているとするならば、世の中はもっと別なものであったろう。
 私の夕べの祈りを聞いてくださる神とてはないのである。それでも私は理屈はさておき毎晩祈っている。
    Si le ciel est désert, nous n'offensons personne,
    Si quelqu'un nous entend, qu'il nous prenne en pitié.
   〔もし天国が砂漠ならば、我ら何人にか背かん。
    もし何人か我らが祈りを聞く者あらば、我らを哀れみ給え。〕
 とは言っても、どうして信じられよう? ……
 バスティアン・ルパージュは非常に悪い。私たちはボアで会ったが、彼は苦しそうに顔をしかめていた。……シャルコオ(有名な医者)家の人たちも皆いた。それは、もしかすると、近いうちに医者自身が偶然のごとく連れて行かれるためであろう。彼らが去ると、バスティアンは私たちに、こんなに2日も彼をうち捨てておくのはひどいと言った。
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by bashkirtseff | 2012-05-19 20:39 | 1884(25歳)
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