1884.07.14(Mon)

 私は自分の病気の治る治療を始めた。それで安心している。
 私の絵までが良くなったように思われる。
 バチニョオルの並木通りやワグラムの広小路にある善良な公衆!
 あなた方はそれを眺めてみたことがありますか? 町と行き交う人たちを。
 1つのベンチに含まれているものだけでも、何という小説でしょう! 何という戯曲でしょう! 片手をバンクの背にもたせかけ、他の手をひざに乗せている宿無し者。その目は所定めず見張っている。──女とそのひざの上の子供。忙しげに歩いている下層の女。──非常に快活そうな乾物屋の若者は、腰掛けて小新聞を読んでいる。労働者は眠りこけている。哲学者かそれとも失望者か、たばこを吹かしている。こうして私はおそらく際限もなくいろんなものを見る。……それにしても、夕方の5時か6時頃の光景をよく見てご覧なさい。……
 そこにある、そこにある、そこにある!
 私は見いだしたような気持ちがする。
 そうだ、そうだ、そうだ。あるいはそうはいかないかも知れぬが、それでも気は休まる。私は飛び上がって踊る。
 実に変わった気持ちになれるものだ!
 時として私は実際人生に何物も見えなくなることがある。また時としては……私はすべてのものを愛するように自分で改める! 自分の周囲のすべてのものを!
 それはちょうど上げ潮になってきた人生の波のようである!
 そうはいっても私には自ら享楽する手立てはない。
 ああ! 大丈夫、私は自分の死の床にあっても華やかな愛すべき一面をば見いだすであろう。私は非常に幸福であるために作られた人間である。しかし、……
    Pourquoi, dans ton œvre céleste,
    Tant d'éléments si peu d'accord? ……
   〔いかなればそなたの神聖ないさおしには、
    数多き要素はありながら和合に欠けたるぞ? ……〕
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by bashkirtseff | 2012-05-19 15:30 | 1884(25歳)
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