1884.05.30(Fri)

 私はそれだけの苦労に値するただ一つの事柄に真剣になって没頭しない私を、かなりばかだと思う。一切の幸福を与えるようなただ一つの事柄に。それは一切の惨めさを忘れさせてくれる。恋愛を。そうだ、恋愛をも、もちろん。愛し合っている2人の人間は、彼らの絶対の完全について、心的な、また肉的な、ことに心的な、完全について、幻想を持っている。人を愛している人間は、正しくあり、善良であり、忠実であり、寛大であり、そうして最も英雄的な行為を単純な心を持って成し遂げようとしている。
 愛し合っている2人の人間は、世界は完全にして驚嘆すべきものであるという幻想を持っている。例えばアリストオトのごとき哲学者たちや私などが想像したごとき幻想を。そこに、恋愛の偉大なる牽引力をなしているものがある、と、私は思う。
 親戚間でも、友人間でも、社交界でも、至る所に、人間の様々な汚らわしさを発見する。そこに貪欲のひらめきがあり、そこに暗愚のひらめきがある。そこに、嫉妬があり、卑劣があり、不正があり、汚辱がある。これを要するに、最上の友も、隠れた思想をば持っている。モーパッサンも言えるがごとく、人間は常にひとりである。なぜと言うに、自分と向かい合って、自分を見つめていて、自分に誠実な打ち明け話をしている最上の友の、内心の様々な思想の中へ分け入っていくのは不可能であるから。
 ああ! 恋は魂を溶け合わせる奇跡を行う。……互いに幻想を抱いているのだというか、かまうものか? 信ずるものはすなわち存在している! 私はそう思う。恋は世界をかくあるべきようにと、見えさせている。──私はもし神であったなら……
 さて! それでは?
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by bashkirtseff | 2012-01-28 14:51 | 1884(25歳)
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