1884.05.26(Mon)

 だいぶ良い方である。あの重苦しい期待の代わりに、私は腹を立てている。それは外へ向かった感情である。と言うよりも、むしろすがすがしくなる感情である。36人の3等の賞牌が投票されて、6人残る。M…はジュリアンの肖像でそれを得た。
 この暴挙をいかに説明すべきか? と言うのは、要するに、比較的悪いものに授賞されたから。
 不公平? 私はこの理論をあまり好まない。それは低脳にふさわしいから。
 彼らは多少は私の絵を好ましく思うであろう。しかしなんと言っても、実物大の7人の子供の群像が相当に出来ている背景を持って、そこにあることはどうすることも出来ない事実である。多少とも価値ある意見を持っている者はすべて、それを非常に良い出来だとか、良い出来だとか思っている。中にはまた、私一人ではこうは描き得なかったと思っている者さえもある。そうかと思うと、また、かの老ロベール・フルリのごとき、何故に良いかをも知らないで、その絵を好いているような人もある。
 またブーランジェのごときは、こうした種類のものをば重んじないと第3者に向かって言っていながらも、しかしとにかくこれは力強い作で非常に面白いと言っている。
 それから? ……
 賞牌は低脳に与えられた! それがお決まりであることを私はよく知っている。しかしまた一方では才能ある芸術家にして賞牌を得ない者はない。かくて授賞された幾人ものペンキ家はあるが、授賞されたことのない才能ある画家はないのである。では? では? そういう私だって眼は備えている。私の絵は一つのコンポジションである。
 彼らに盛装させたとする、あの子供たちの群れに、中世期の衣装で。そうしてアトリエの中で(そうする方が戸外においてするよりもずっと易しい)、壁掛けの背景で描き上げたとする。
 しかしそうしたなら、私は、ロシアでは非常に賞賛されるかも知れないような一つの歴史画に仕上げたに相違ない。
 どちらを信じて良いか?
 またさらに、大出版業者バッセから、複製の許可を乞うてきた。
 これが私の署名する5人目である。この次は?
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by bashkirtseff | 2012-01-28 14:43 | 1884(25歳)
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