1884.05.25(Sun)

 私は5月1日以来何をしているだろう? 何にも。それはなぜか? ああ、みじめ! 今セーブルから帰ってきた。ああ! 嫌になってしまう。景色はもうどうすることも出来ないまでに変わってしまった。もう春ではない。そうして私のリンゴの花は黄色くなってしまった(絵の上で)。私はそれに油をむやみに塗ったのであった。しかし私はやはりばかである。またそれをやり直した。まあ見ていなさい。しかし、この絵はこれで仕上げにしなければならない。サロンと共に、新聞、雨、H…およびそうしたすべてのくだらない事柄で、私は25日間を無駄にした。それはあきれたことである。しかしそれも終わった。
 私の賞牌は今日票決される。今4時である。滝のような雨が降ってくる。去年は私は、それを得るものと確信していた。そうして私は確定した知らせの遅延で気を腐らしていた。今年は、確かでないのに、私はずっと余計落ち着いている。1年前に私はそれを得べきはずであった。しかし私は意外の結果を恐れていた。そうしてそれが私をひどく苦悩させた。私にはうれしくもないパステルのためにそれを得るというのは、得べくして得ざることである。でも今ではいかにそのパステルが美しいか私には分かっているので、私は喜んでいる。
 今年は、然か否である。非常に簡明である。もし然であれば、今夜の8時には分かる。さて私は窓のところにある大きなひじ掛けいすへ行ってトルコ風に座り込み、そのひじ掛けいすの腕にひじをついて、その窓から眺めていることにしよう。そうして4時間も!
 5時20分である。それでも私は、何を待つでもなく、何事もしないで、じっとしているときほどには退屈させられない。
 それから私の描いた花を台無しにしてしまったあの油のこと。それを見たとき、私は額がうるおった。どうかしてそれがあまり目立たないでくれると良いが。……2時間たつとわかるだろう。あなた方は多分は私がそのことで非常に興奮しているとでも思うでしょう。否、私は堅くお断りしておきますが私はただ1人で、神経をいらだてて、何にもすることなく午後を過ごすといたような場合ほどに興奮してはいないのである。
 どのみち明日の新聞は私に結果を知らせてくれるだろう。
 私は待つのに気病みして、汗で熱くなったり冷たくなったりして、少し頭が痛くなってきた。
 おお! 私には得られないであろう。そうして、そんなことで私が気を腐らせているのも、母の感情のためである。私は自分の私事に人を立ち入らせたり、自分の感情を人と分かったりすることを欲しない。それを苦痛に感ずる。たとえば、不作法な真似をされたかなんぞのように。よしんば。私は火のようになっていようとも、水のようになっていようとも、またはどうなっていようとも、他の人々は私を静かに放任しておいてもらいたい。私は母に苦しんででもいるように思い込まれているかと思うと腹立たしくてならない。
 天気が重苦し、もやがかかっている! 私は顎骨から耳の辺までもかけて、のどを締め付けられるようだ。
 7時35分。私は夕食に呼び立てられる。もうおしまいだ。
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by bashkirtseff | 2012-01-28 14:39 | 1884(25歳)
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